第一章4 『全盲の元公爵』
すると、歓迎会に対して誤りすぎた勘違いをしているレールカに向けて、攫ってきた集団を束ねている男から驚愕の目を向けられた。
「……ヤバいな、これは相当な重症じゃないか。今すぐに医者に診てもらった方がいい。頭がおかしいぞ、その子」
そして心無い言葉を浴びせられ、レールカは困惑のあまりに眉を寄せる。それに続いて、横にいるネリーハまでも穏やかなまま言葉を紡いできた。
「そう、本当に頭がおかしいのよ、この子。だって私が誘拐しようとした時に自分から進んで手錠をされにきたの。『誘拐するなら身動きを取れなくした方がいい』って。ワタシは別に逃げられても良かったのだけれど、そこまでいうならマゾの可能性も捨て切れないでしょう?」
散々な言われようをされても尚、レールカは困惑のあまりに言葉を失っている。レールカはただ、用心深くいろ――という意を込めて手錠を提案しただけなのだ。何もマゾ、ドMというわけではない。断じて違う。
しかし、
「ほう。つまりマゾということか。なるほど……お嬢さんに心ゆくままの生活を送らせるのは少しレベルが高くなりそうだ。人を傷つけるなんて、生まれてこの方やったことがない」
この集団を率いている男にもそんな解釈をされた。
ここまでくると自分が極端に口下手なのでないか――そんな考えがレールカの脳裏をよぎる。
「傷ついてばかりだものね。万年ボッチさん」
「よし、ネリーハ、貴様は表に出とけ。私は出ないがな」
ネリーハは君呼びから貴様に変わるまでにその男の人を怒らせてしまったらしい。それよりも、ここで話を遮って訂正しておかないとマゾという変に誤った認識が彼らに定着してしまう。
――いや……いいか、別に。
――どうせ死ぬんだ。殺されても殺されなくても私の命はどっちみち長くない。
――生き地獄だっていつかは終わる。
そんなことを考え、無意識に表情が曇りつていたレールカを見てネリーハは少しばかり驚いた表情をみせた。
しかし、すぐに穏やかな表情をしてレールカの横に立つとその場でしゃがむ。目線を合わせたのだ。
「レールカ、少し謝らせてほしいの」
「…………?」
「ワタシ、本当は知っているの。彼がどうしてアナタをここに連れてくるように命令をしてきたのか。詳しくは彼の口から聞くべきだけど、アナタを守るためなのよ」
そんなネリーハの言葉に対して、レールカはもちろん男の人も目を丸くさせる。しかし、男の人はすぐに穏やかな表情を浮かべてソファから腰を上げた。
「なにか気を害してしまっていたのか……気づかなかったな。すまなかった。ともあれ、大丈夫だ、ルーメル・レールカ嬢。ここには君を鬱陶しがるような人間はいない」
彼は下に置いていた長身の杖を手に取り、手探り見つけ出そうと床を叩く。そして、ゆっくりとレールカのいる方に足を進めてきた。その所作と言葉を見て、レールカはある程度その男の人がどういう人なのかを理解する。
「目が……見えていないのか」
「……! 驚いたな。私の目が見える演技をこうも簡単に見破ってくるなんて」
「誰でもわかると思う」
レールカに冷たく返された男は、物腰柔らかい態度のまま微笑んだ。
「そうか! 誰でもわかるのか、わかってしまうのか。ははっ! 私もまだまだだね」
そして杖で地面を叩きながら、レールカのちょうど目の前で足を止めた。
「自己紹介が遅れてすまない。私の名前はイリオス。君が元いた国とは馴染みのある、とある国から追放された元公爵さ」
「……もと?」
「ああ。色々とあってね。だが安心してくれて構わない。ここには理不尽に世の中から冷たい視線を浴びせられたような、先ほども述べたのだが、お嬢さんと同じように居場所をなくした人間しかいないからね」
そう言ってイリオスは胸に右手を当て、レールカに深い敬礼をみせた。その所作や言葉の数々にレールカの心の内では困惑が生まれている。
――なんだ。なんなんだ?
――わからない。慈善家……なの? いや、それなら私を攫うはずがない。
――でも、この女の人に攫うなって言ってたみたいだから……
色々と難しく考えながら、レールカは小難しい顔をした。
すると謎の集団を束ねている男――イリオスは優しい顔をしながらレールカの前に足を止める。すると肩にそっと手を置いてきて、そして手探りでレールカの手を探した。
そんなぎこちない所作を前にして、レールカは心配するように眉を寄せながらイリオスの手に自分の手を重ねる。すると彼はレールカの手首をたどり、安心したような表情を浮かべた。
「ああ、よかった。もう手錠はされていないようだね。跡も残ってはいないようだ。お嬢さんが傷ついていては気が気ではないからなぁ……」
「……? 私を身売りするの?」
「しないよ? バカを言わないでおくれ。こちらの心臓に悪いだろう」
イリオスは苦笑半分に安心したような顔をしつつ、ゆっくりその場で片膝をつけてしゃがむ。
「どうか、お嬢さんを心配することに悪意を疑わないでほしいんだ」
そう言うイリオスは物腰柔らかい姿勢のままで、どこか安心感まで覚えるのだが――、
それよりも目の前に来られると圧がすごい。
美形の暴力だ。高身長イケメンのナイスガイ――なんだ、無敵なのかこの人は。されど命の危機がまだ隠れているかもしれないこの状況――頬を赤く染めることなど出来るはずもない。
「……貴方はどうして私を助けたの? どうして、あんなピンポイントで私を助けられたの?」
警戒したら敬語がなくなる。レールカのクセだ。
「ははっ! 良い勘をしているな、お嬢さん。私はね、定期的に予知夢を視るんだ」
訝しみながら聞いてみれば、イリオスは予知夢なんて変なことを言い出した。昔に聞いたことがある。予知夢というは神からの信託であり――神に愛されている者が稀に見るような夢なのだとか。未来予知に近いものらしい。
「予知夢……ですか」
警戒が解けたせいか思わずまた敬語になり、レールカはそれでも形だけでも身構える。
「ああ。その夢ではね、無罪で牢に連れていかれそうになったお嬢さんを私の部下が救い出し、そして私と生涯を共にすることを誓って、熱い口づけをするまでの物語があったんだよ」
「失礼ですが。その、頭がイカれてるのでしょうか……?」
「はは! よく言われるよ」
笑って返してくるあたり、イリオスという人間は本当に頭がおかしいのかもしれない。されど、レールカは無意識ながら既に目の前の男を信用してしまっているらしい。そのせいで無意識のうちに敬語が染み付いている。
「それで、何が冗談でどこからが本当なのですか?」
「全て本当さ。私は君を必要としている」
「…………私は貴女の期待に応えられません。残念ですが、価値がないものを手元に置くバカはいないでしょう」
「まさか! お嬢さんには多くの価値があるさ! なんせお嬢さんと婚姻を結ぶために、わざわざ攫うよう指示を出したんだから。それに、私がこんなにも君を欲しているんだ」
涼しい微笑みをみせてくるイリオスは頭がおかしいだけでなく、話が通じない人なのかもしれない。そう考えながらレールカは顰めっ面をしていた。
「でも」
「――それに、君には戻る場所がないんだろう? 何があって山奥にある牢へと行かれていたのか。それを考えれば、とてもお嬢さんを家に帰そうとは思えなくてな」
レールカが反論の言葉を紡ごうとした途端に、イリオスが真摯な眼差しを向けてきながら説得の言葉を口にしてくる。確かに今更あの家に戻ったところで、厳重に拘束されて、凄腕の衛兵に連れて行かれるだけだろう。
――そうだ。私はただ、生きているうちに誰かを愛したくて……愛されたくて……それだけを願っていたのに……
――何も叶わないんだ。きっと……
されどレールカはそんな自分が苦しくなるだけの無意味な思考を振り払い、真面目な顔をしてイリオスと向き合う。
「そっちが本音ですか。私が恋に飢えている獣だとでも勘違いなさっていたようで」
「まさか。全て本音だ。それに嘘はない」
それを即答してくるから返答に困る。だからこそ、レールカは不意に顔を赤くしていた。
そのためレールカは助けを求めるべく、ちらりとネリーハの方を一瞥する。彼女は未だに優美な笑みを浮かべたまま、冷たい目でイリオスを見つめていた。
「レールちゃんからの答えが出ないなら、それまで待ってあげなさいな。恋に飢えた獣さん」
レールなんて変な略し方をされたレールカと、『恋に飢えた獣』呼ばわりされたイリオス。双方共にジト目でネリーハを見やる。
「それにきっと皆んな、もう地下に集まっているはずよ。彼らを待たせているのも悪いわ。早く行きましょう? レールちゃん」
されどレールカは何も言わずに頷いた。この人たちが悪人であれ善人であれ、今は付き従うが吉だと判断したからだ。




