第一章3 『謎の集団』
そして、その集団の手によって知らぬ土地に運ばれている真っ只中。揺れ動く馬車の中で、私――レールカは曇りついた瞳をしながら目の前にいる女を見やる。
「……死ぬの、わたしは」
今にも死にそうな声をしているレールカからそれを問われた女は、もちろんレールカを攫った集団の一員である。この集団は全員が全員、白いローブに仮面をつけている不気味な人間だ。
「どうなるのでしょうね。ワタシたちは主人から言われるがままにアナタを攫っただけ。アナタがこれからどうなるのかは、その主人の判断と気分次第かしら」
であるならば、
――私は死ぬのだろう。
そんな考えがレールカの頭をよぎった。
確証はないが、大勢から見放された私が生きることは不可能なのではないか。
「…………」
「何にも期待をしていない――そんな瞳をしているのね、アナタ」
笑みを交えながら優雅に言ってくる目の前の女の人は、上品にも思える所作でレールカの顎を持ち上げてくる。まるで値踏みするような目つきで、彼女は言葉を紡いだ。
「身体に不自由があるからかしら?」
「…………!」
その人からの言葉に、レールカは不意に図星のような反応をみせてしまった。すると、女の人は「ふふっ」と笑い、婉麗な物腰で言葉を紡ぐ。
「『両脚が使えない』欠陥品。そんな蔑称で呼ばれているアナタは容姿共々巷で有名だもの。知っていても不思議はないでしょう?」
「……後天的なの、足の方は。先天的に不自由なのは心臓とかの方。私はそこが弱い。でもそれを知っておいて、私を攫ったの? なんのために……」
「さぁ? 主人が今日にアナタを攫ってこいと言ってきたんだもの。ワタシにも真意はわからないわ。けれど、面白いわね。アナタ」
「………なにが?」
「敬語を使わなくなったところよ。警戒しているのが見て取れる。でも、おかしいわね。何にも期待していない割に、ワタシをものすごく警戒しているわ。そんな瞳をしている割には生きのびたい意思はあるのね」
その人から述べられた言葉の数々に、レールカは胸のうちを曇らせながら眉を寄せる。牢に運ばれていたレールカを攫う――それは一見、救いの手に思えてしまうことだろう。
しかしながら、レールカの目には攫ってきた集団然り、目の前の女性も到底救世主には見えなかった。まさにその逆、悪魔にしか見えないのだ。
「私が生き延びたいなんて……あるわけない。そんな気持ち、昔に捨てたんだ。捨てたんだよ。皆んながそれを願ったから。だから、生き地獄を味わうことのほうが怖いんだ」
反抗的な目を見せるレールカだが、手首を硬く拘束されているために抵抗はできない。そして反抗的な目をしている割に、レールカの瞳には光も希望も宿っていなかった。
「そう。なら覚悟しておくといいわ。ふふっ、覚悟ね……なんていい響きなのかしら。好きな言葉辞典に登録しておきましょう」
◇◆◇
それから所々にある町で宿を取りつつ、数日が経過した頃だろうか。馬車の揺れが次第に止まり、外から誰かが扉を開けてきた。
「ついたぞ」
淡々としている男の声だ。
そこで差し込んでくる光はとても眩しく、眠気を覚まさせてくれる。すると、目の前にいる女の人は感謝の言葉を述べながら馬車を降りた。
そして私は苦い表情をしてその女の人を見つめていたのだが、その女の人は穏やかな物腰で私に手を差し伸べてくる。
「ずっと馬車の中に居座るつもり?」
私は彼女からの問いに答えず、その手をとった。
足が思うように使えないため、スムーズに歩く術を持たない私は苦い表情をする。
するとその女の人に優しく手を引っ張られ、されるがままに抱き抱えられた。思わず目を見開いていると、女の人はまた婉麗な態度で微笑む。
「ごめんなさいね。上手く歩けないのを忘れていたわ」
「…………」
――なんでそんなふうに謝るんだ。
――誘拐犯なんだろう?
不思議に思っていても聞くことはできず、私は目の前にある建物に目を向けた。
そこは洋館だった。森の中にある不思議な洋館――どこか魔女が住んでいそうな気配がある。
周りを囲う木々から聞こえてくる小鳥の囀りを心地よく思いながらも、私は警戒のままに辺りを見渡す。私を攫った集団は五名ほど。一緒に乗っていた女の人以外は箱の上にでもいたのだろうか。
しかし、人数や配置などどうでもいいことだ。
今はただ自分がどうなるのかを深刻に考える必要がある。逃げ出すことは出来ない。
そう決意めいていると、いつの間にか目の前に無人の車椅子が運ばれてきた。無人の車椅子を運んできたのは両目が包帯で巻かれている、丈が長いメイド服を着た女の人だ。
「主人より手配されました、ルーメル・レールカさま用の車椅子でございます。是非ともお乗りくださいませ。快適な乗り心地を保証いたします」
目隠しをして、メイド服を着ている女性は優しい表情をしながらそう言ってきた。私は思わず困惑ばかりに頭が真っ白になり、目を丸くさせる。
「え?」
そして、無意識のうちにそんな疑問符を声に出していた。理解ができない。それは今から殺そうと、少なくとも乱雑に扱おうとする相手にとる接待ではない気がしたのだ。
「……ありがとう、ございます」
この丁寧な接待には何か裏があるかもしれない。いや、絶対にある。
そう考えながらも、感謝だけは忘れずに述べた。
◇◆◇
それからレールカは車椅子に座らされ、一緒に馬車に乗っていた女の人に車椅子を押されて洋館の中に入った。洋館の中は昔に一度入ったことがある公爵邸よりも広々としているような気がする。
レールカの車椅子を押す女の人は他の人と別れても足を止めることなかった。それから辿り着いた先は、『応接室』と書かれている看板がかけられている部屋の扉の前だ。
「あくまでも、粗相のないようにね。ワタシ、前に宙吊りにされたことがあるから」
私が少し怖くなるようなことを言いつつ、女の人は空いている片手で部屋の扉を開ける。応接室――そこには、ソファに腰をかけている男性が一人。
「お疲れさま、ネリーハ。帰ってそうそう悪いとは思うんだが、チェスの相手をしてくれないか?」
冷たい声質で言いながら、彼は机の上に置かれているチャスの駒を一つ進める。そのチェスをする相手は不在であるのだが、盤の戦況はかなり動いているように見えた。
「あら、また一人でチェスを? 相変わらずボッチなのね」
レールカの車椅子を押している女――ネリーハは優美に笑みを交えながら、その男に向かって煽るような言葉を浴びせた。
「いや、今回は君たちをほぼ全員出払わせてしまったから一人でな。国の衛兵はしつこいものだ。しかし勘違いはしないでおくれ。あくまでもお友達は数百人単位でいる」
「ふふっ! 相変わらず、誰でもすぐわかるような嘘だけは上手なのね」
すると、ソファに座る男の人は私を抱き抱えてくれているネリーハを睨めつけた。その男は二十代前半ほどの若さがある割には無駄に貫禄がある。彼は黒が基調の制服を身につけていて、長い青髪に死んだ目が特徴的な人だ。
「君こそ口が達者なことで。……ところで、君の空気がいつもとは違う。私が頼んだ子を連れてきてくれているのかい?」
こちらを見ている割には不思議なことを言ってくるその男――彼こそが集団の長なのだろう。貫禄からレールカはそれを理解した。
「ええ、そうよ。ルーメル・レールカ、頼まれた子を誘拐してきたわ」
「……誘拐か。手段を選んでほしいと毎度毎度言っているはずなのだがね。まぁ私どもの挨拶が先か」
「――――」
「ようこそ、ルーメル・レールカ嬢。特に何もない平凡な屋敷へ。そして、かつて居場所をなくした私どもの居場所へ」
「……そんな大層な。だいたい、ようこそって言っても誘拐じゃないですか」
されどレールカは不思議と気負けしていた。
彼らに向けて放った言葉の声色すらも僅かに震えており、眉を寄せて目を丸くさせている。
「もちろん、私はお嬢さんの居場所をここに固定させるつもりはない。嫌ならば今すぐに出ていってもらっても構わないんだ」
「――――っ」
「私はお嬢さんに生存の手を差し伸べただけで、それをとるかとらないかはお嬢さん次第だ。――他人の意思を強制するなんて、私には到底出来やしない」
苦笑しながら言う男の物腰の柔らかい態度は、どこか不安と緊張を根絶やしにしてくる。
だからこそレールカは考えた。
ここから出た先の未来を。そしてそれが途方もなく、死に直結することくらい一瞬で理解できてしまう。
レールカの暮らしていたあの家には――味方なんて最初から居なかったのだから。それにレールカの世間から見た今の立場は、人攫いに誘拐された『咎人』だ。
困り果てた先に無言が続き、先に男の方が口を開く。
「答えが出ないか。皆を待たせている時間が惜しい。故に歓迎会を優先しよう。それ次第で、ここに残るか出るのかを選べばいいだろうさ」
これから先のことを考えるよりも――とりあえず、今し方この男が言ってきたことに対して疑念を持つべきだ。
「カンゲーカイっていうのは、私を殺す儀式のこと? それとも拷問の別の呼び名なの?」
それはレールカからすれば、至極真っ当な疑問である。
なんせ歓迎会なんて聞いたこともないのだから。
いつも邪険に思われていたレールカは誰かに歓迎されたことすら一度たりともないのだ。




