第一章2 『連行、そして――』
今日、ルーメル・レールカは十六歳になった。成人の仲間入りだと祝われ、その祝いで開かれた夜の舞踏会。
――公衆の面前で連行を言い渡された。
夜の舞踏会、その終盤に当たるところで婚約者からの婚約破棄を告げ――られる前に告げたのだ。しかし、それと同時にありもしない罪を数多とでっち上げられており、史上類をみない最悪の誕生日となる。
しかし無罪を主張できる証拠がなく、誰もレールカを庇う証言をしてくれず、レールカは一夜にしてルーメル伯爵家の決定的な汚点となった。その最中、両親さえも不適に微笑んでいたのを善明に覚えている。わけがわからないが、親にはレールカにありもしない罪をきせることに利があったのだろう。
そして――衛兵に牢に連れらようとしていた。
このままいけば免罪をきせられたまま、永遠に牢屋で過ごすことになる。
「私は本当に……何もやってないんだ。私に『何か』が出来るわけないでしょ?」
最初こそレールカはそう言って無罪を主張したのだが、衛兵は聞く耳を持ってくれなかった。段々とレールカも訴える気力を失い、夜中ということもあって重くなるままに瞼を下す。瞼の裏には何も存在せず、ただ暗闇が広がるばかり――これからのレールカの未来のように。
がたん、がたんと馬車が揺れる。
もう何時間が経過しているのかもわからない。ずっと馬車の中にいるような気がする。
手首を拘束され、死んだ瞳ながら馬車の扉に肩を寄せた。
――もし私が死んだら……今度こそ父様と母様は私を見てくれるのかな?
――ねぇ、誰か。答えてよ……私を一人にしないで……
そんな思いを馳せるルーメル・レールカは物心ついたときから心のどこかで生の幸福を諦めていた。
ゆえに大勢から見放されて死罪になったところで、ミリ単位である救いの紐が切れたような感覚しか襲ってこなかったのを今にも覚えている。
愛している素振りをみせるその裏で、親も婚約者も使用人も皆んなが皆んな、レールカの存在を鬱陶しがっていたのを知っているから。
「お、おい、あれ……なんだ?」
レールカを連れている馬車の中で――目の前にいる衛兵が突然そんな声を上げた。その衛兵の目線の先、そこには道の中央に堂々と佇んでいる人影が確認できる。決して見間違いではない。
このまま馬車が進めば、その人は轢かれることだろう。
「おい! 馬車を止めろ!! 今すぐに止めるんだ!! 人を轢く気か!?」
ドアを開けて叫ぶ衛兵の声が周りを囲う森に響き渡る。
辺りは陽が沈んでおり、森の中というのもあって一層と幽霊が出そうな雰囲気が漂っていた。
しかし、馬車は止まらない。
減速をするでもなく、前へと突き進む。まるでその人を轢こうとしているかよような勢いで――、
「馬が! 馬が暴れています!! ――言うことを聞きませんッ!!」
馬の操縦者が青ざめた表情で叫んでいた。
その人を轢いてもなお止まらなければ、この馬車に居座る全員が命を落とすのではないだろうか。
前方には崖があったような気がする。
しかし、結論からいってしまうならば――馬車はその人影の前で止まることになった。と、いうよりは無理矢理にでも止まらされたと言った方が適切だろうか。
人影――その人が暴走して走っている馬の頭に手をつき、後ろへ馬車を転倒させたのだ。四人の衛兵は息を呑み、狭い馬車の中で受け身を取ろうとしている。
――ああ、このまま倒れてしまえば私は死ぬな。
――今日は厄日か……でも、このまま牢に連れて行かれたって死も同然だったから……
――最初から、一縷の望みなんてなかったんだから。
誕生日なんてクソ喰らえだ。なんて最後に胸の中で呟きながら、レールカはそっと瞼を閉じる。鍛えあげられた身体を持っている衛兵はともかく、レールカの『この身体』では受け身なんてとれやしない。
だがしかし、転倒していく馬車の開いた扉――そこから室内へと腕が伸ばされる。刹那、その者は神業とも呼べるものを披露した。レールカの手首のみを掴みきって、転倒し終える前に外に引き摺り出したのだ。
レールカは瞼を閉じたまま、その手首の感覚と一向に痛みが襲ってこないことに疑念を寄せる。そして、眉を寄せながら恐る恐る瞼を開けた。
「ルーメル・レールカ――元伯爵令嬢で間違いないか?」
男の人だ。レールカの手首を掴んで身体を支えてくれているその男性は仮面をつけている。そのため素性はよくわからないが、馬車の前方からもまた声が聞こえてきた。
「間違いがあったら大問題よ。それ以外の生殺は自由と言われているけれど、彼女に傷でもつけたらアナタの首が飛ぶわ」
女の人だ。その人もまた男の人と同じ仮面をつけている。
「いや、お前が馬車を転ばせたんだろ? なにも強襲しろなんて言われてなければ、出来るだけ武力行使はやめろとも言われていたよな?」
「知らないわよ。簡単に転ぶお馬さんが悪いの」
優雅な所作を見せるその女性は、どこか人の視線を惹きつけた。
「あら? お馬さん……ね……。ふふっ! イイことを思いついたわ! お馬さんが主役の物語を書きましょう! お馬さんによる、お馬さんのためのラブロマンスよ!!」
「お前はまた急に何を言い出したんだ?」
男の人と女の人がそんな会話を弾ませて、いつしか喧嘩までも進み行くその最中。その他にも同じ仮面をつけている者が三人ほど木々の中から姿を現した。
仲間なのだろう。衛兵と、その衛兵に連れられている私が乗っている馬車を襲った集団。彼ら五人はレールカを差し置いて、次々に喧嘩を勃発させていた。レールカは口を挟む間もなかったため、困惑ばかりに倒れている馬車を見つめる。
馬車を襲った賊の集団。だが、なぜかその集団からは穢さを感じなかった。謎の人攫いの集団は衛兵が使っていた馬を治療すると馬車ごと武器まで全てを奪い、私を乗せるとその馬車をどこかに進めている。




