閉じ込められた部屋で
「ハル、深呼吸をしてください。あなたの幸福指数が危険域まで低下しています」
天井から降り注ぐ微細なリラクゼーション・ミストが、ハルの肌をひんやりと濡らす。パノプティコンが起動した強制鎮静プログラムのせいで、身体が鉛のように重い。
部屋のドアはロックされたままだ。エデンにおいて「精神の乱れ」は伝染病のように扱われる。数値が安定するまで、彼女はここから出られない。
(でも……好都合。誰も入ってこないなら、邪魔はされない)
数時間が経ち、パノプティコンの警戒レベルが下がった深夜。ハルは再びベッドから這い出し、メディアの解析を再開した。
父・和真が遺したデータは、動画だけではなかった。厳重なプロテクトの奥に隠されていたのは、大量の「成長記録」だった。
ハルは、ある一つの画像ファイルを展開し、息を呑んだ。
それは、16年前の古い写真データだった。
真っ白な無菌室のような場所で、簡易的なベビーベッドに、二人の赤ん坊が並んで寝かされている。その胸元につけられたネームタグには、それぞれこう記されていた。
『MIYASHIRO HAL』
『MIYASHIRO MIO(澪)』
「……澪」
ハルはその名前を、声に出してなぞった。
ハルは一人っ子として育てられた。母親からも、きょうだいがいたなんて一度も聞かされたことはない。
さらに父の残した研究ログを読み進めるうち、ハルはエデンという都市の、底知れないおぞましさに突き当たることになる。
『……エデンの出生管理システムにおいて、双子の出生は「エラー」とみなされる。均一な幸福を配分するため、リソースの重複は許されない。そのため、双子が生まれた場合、片方は存在を抹消され、外周の実験施設「八津里村」へと送られる規則になっている……』
指先が、冷たく凍りついていくのを感じた。
つまり、自分と澪は、生まれながらにして「天国」と「地獄」に割り振られたのだ。
父のログには、江戸時代の農村を再現したというその村で、澪が強引に「生」を営まされている記録が克明に残されていた。
5歳の頃の記録。澪はすでに、小さな体でカゴを背負い、山で薪拾いの手伝いをさせられていた。
10歳の頃の記録。冷たい川の水に手を浸しながら、ひたすら洗濯物を洗っている。
16歳になった今では、学校へ行くこともなく、本一冊与えられず、文字の読み書きすら教わらないまま、夜明けから日暮れまでクワを振るい、生きるためだけに働かされている。
「うそ……こんなの、地獄だわ……」
ハルは目元を覆った。
自分は温かい部屋で、AIが最適化した美味しいストロベリーフードを食べ、ただ座ってオンライン授業を受けているだけなのに。血を分けた双子の片割れは、学ぶ機会すら奪われ、人間らしい生活すら知らずに搾取されている。
父は知っていたのに黙っていたのだ。そして母は……夫の死後、この残酷な真実と悲しみに耐えかねて、AIによる「記憶消去(精神最適化)」を受け入れ、夫も、奪われた娘・澪のことも、すべて忘れて上の部屋で笑っているのだ。




