不幸なのは
漆黒の兵器が冷たい機械の腕を伸ばし、ハルの身体を強引に拘束しようとする。ハルは引きずられながらも、泣きそうな声で、壁の向こうの澪に向かって叫び続けた。
「澪……! 私たちはね、双子なの! 同じお母さんから、全く同じ遺伝子を持って生まれてきた、世界でたった一人の私の妹なの……っ! なのに、歪んだ実験のために……どちらの世界が幸せかを測るためだけに、私たちは出生れた瞬間に、別々の道へ引き裂かれたの!」
ハルの告白が、激しい雨音と不気味な機械駆動音を切り裂いて、澪の耳に届く。
双子。同じ顔。血を分けた半身。
文字は読めずとも、その「血の真実」は、澪の胸の奥深くへ弾丸のように突き刺さった。なぜ初対面のはずのハルを見て、これほど心が激しく掻き乱されるのか、そのすべての理由が今、繋がったのだ。
「私のいるエデンは、快適で、誰も飢えなくて、誰も死なない。でも、自分の意志なんてどこにもないの。あなたのいる世界は、こんなに不便で、残酷なのに……生きた光がある。どちらが、どちらが本当の幸せなのか、私にはもう分からない……!」
天国のようなエデンと、地獄のような八津里村。
どちらが幸せなのか。その答えを脳内物質の分泌量というデジタルな数値で測るために、この残酷な箱庭実験は行われていた。
「 私たち、生まれたその瞬間から、自分がどっちの世界で生きるか、どんな風に生きるかを……最初から『選べなかった』の! 同じ双子なのに、勝手に別々の箱庭に入れられて、決められた道しか生きられない……! これが不幸じゃなくて何だっていうのよ!!」
ハルの叫びが、山に木霊する。
選べないことこそが、不幸だ。
人工のシステムに飼育され、何も知らされずに生きてきた双子が放ったその魂の叫びは、最高世代AIが何十年もの歳月と天文学的な計算を費やして導き出そうとしたあらゆる幸福の計算式を、一瞬で粉々に打ち砕くほどの、「人間の意志」そのものだった。
『警告。被験体01および02の精神汚染が深刻です。実験データの回復不能な汚染、および思想的拒絶を確認。――これ以上の生存は有害と判断し、強制排除プロトコルに移行します』
漆黒の兵器の単眼が、血のような赤から、不気味な抹殺を示す紫へと変化する。完全に二人を「処分すべき不純物」として認識し、その強大な銃口が眩いエネルギーをチャージし始めた。ターゲットは、隔壁の向こうの澪だ。
「澪――っ!!」
ハルは叫んだ。もう、電気ショックの激痛を怖がっている場合ではなかった。人生で一度も触れたことのなかった「痛み」の恐怖。肉体が焼き切れるかもしれない恐怖。そんなものは、妹の命の重さに比べれば、もはや無に等しかった。
生まれた瞬間に奪われ、実験のために二つに引き裂かれた自分たちの人生を、この狂った箱庭から力ずくで取り戻すため――。
ハルは拘束を振りほどき、激しい青白い火花を散らす電磁隔壁の光の向こうへ、自らの身体を強く投げ打った。




