表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/14

魔法の道具

 それから数日。ハルは隔壁のすぐ近くにある、薄暗い岩の洞窟を隠れ家にしていた。


「――おーい、いるか?」


 草木を分ける音と共に、隔壁の向こう側から澪が顔を出した。ハルはホッとして、洞窟の奥から這い出る。二人はこの数日間、誰の目にも触れないこの境界線の境目で、静かに密会を重ねていたのだ。


「澪! 今日も来てくれたんだね。……これ、お腹空いてない?」


 ハルがポケットから取り出したのは、手のひらサイズの金属製の筒――エデンの『携帯用分子収束プリンタ』だった。

 ハルがボタンを押すと、筒の先端から青い光が放たれ、空間に1個の美しい立方体が出現する。それは、完璧な栄養バランスと、人工的なストロベリーの香りを放つ、エデンのジュレフードだった。


「な、なんだそれは……!? 光の中から食べ物が出た……!?」


 澪は電磁隔壁の向こう側で、腰を抜かすほど驚いて目を見開いている。あまりの衝撃に、尻餅をつきそうになりながらクワを落とした。

「これはプリンタ。そのへんの空気の成分を組み替えて、食べ物を作る道具だよ。あげる、隔壁の隙間から……あ、ダメか」


 ハルはハッとして手を止めた。隔壁に物を近づければ、分子レベルで焼き切られてしまう。渡してあげることも、食べさせてあげることもできないのだ。


 しかし、澪は怖がりながらも、ハルが繰り出す未来の「魔法」に興味津々だった。

 ハルが次にポケットから取り出したのは、父のガレージで見つけた、エデンでは一世代前の携帯情報端末だった。薄いガラス板のようなデバイスにハルが触れると、画面が鮮やかに発光する。


「うおっ! 板が光った!?」

「これは端末だよ。驚くのはまだ早いよ、見てて」


 ハルが画面をスワイプすると、端末のスピーカーから、エデンで流行している美しい電子音楽エレクトロニカが流れ出した。透き通るような歌声と、聞いたこともない楽器の複雑な旋律が、静かな森に響き渡る。

 澪は耳を限界までそばだて、驚きと感動が混ざり合ったような顔で固まった。


「……綺麗な音だな。箱の中から人が歌ってるのか? 妖精か?」

「ふふ、違うよ。データが再生されてるだけ。あと、こういうこともできるの」


 ハルがカメラ機能を起動し、隔壁の向こうの澪にレンズを向けてシャッターを切った。チカッと小さなフラッシュが光る。

「なっ、今度は何だ! 目がくらむ!」

「ほら、見て」


 ハルが画面を隔壁に押し当てるようにして見せると、そこには、驚いて間抜けた顔をした自分自身の姿が、寸分の狂いもなく鮮明に映し出されていた。それどころか、ハルが画面をピンチアウトすると、澪の顔が立体的なホログラムとして空間に浮かび上がる。


「わあああっ!? お、俺が、俺がもう一人いる……! 呪われるのか!? 魂を抜かれたのか!?」

 澪は本気でパニックになり、頭を抱えて数歩飛び退いた。その野生動物のような素直なリアクションが可笑しくて、ハルはエデンにいた頃には決して見せなかったような、お腹の底からの笑い声を上げた。


「あはは! 呪われないよ! 写真っていうの。あなたの姿を、そのまま記憶しておく道具。ほら、私とあなた、本当にそっくりでしょ?」


 怯える澪に、ハルは身振り手振りで優しく説明を続けた。

 超小型のLEDライトが太陽のように闇を照らす様子や、すり傷に吹き付けるだけで一瞬で痛みを消し去るスプレー式のナノ医療薬――。


 ハルが一つガジェットを動かすたびに、澪は「お前は天界の神様か何かなのか」と、子供のように純粋に目を輝かせた。エデンでは誰もが持っている退屈な日用品の数々が、この過酷な箱庭で生きる澪にとっては、世界の理を覆すほどの奇跡の塊だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ