【無能の極致】魔法不能と蔑まれた僕の禁忌知識が、卒業式を蹂躙する古龍を『論理』で解体する件〜今さら縋られても計算外です〜
魔力値ゼロ。十年間、誰からも名前を呼ばれず「空気」として生きてきたアルス。だが彼は、世界に溢れる魔力の「数式」をすべて脳内に構築していた。卒業式、突如現れた伝説の古龍。天才たちが絶望し、泥水を啜る中、無能とされた少年が静かに本を開く。
視界の端で、埃が舞っている。
それと同じだ。僕は、誰の瞳にも映らない。
「……あ、すまない。そこにいたのか」
ぶつかってきた教師の目は、僕を見ていない。床に落ちた僕の教科書は、誰かの靴に踏みにじられ、無残な足跡が刻まれた。謝罪はない。そもそも、認識されていないのだから。
胃の腑の底で、鉛のような重みがトグロを巻く。
十年間。僕が図書室の隅で、指先をインクで真っ黒に汚し、世界の理をノートに書き殴り続けた時間は、この学園では「無」に等しい。魔法が使えない。その一点だけで、僕は人間ですらなくなった。
空気が薄い。
冷たい嘲笑の響きが、鼓膜を薄く削り取っていく。
「卒業試験を開始する!」
教壇で、傲慢な顔をした学園長が吠えた。
選ばれた「天才」たちが、華々しい炎や雷を放つ。拍手。歓声。僕の順番など、最初から名簿にすらない。
その時だった。
空が、腐った果実のように裂けた。
「……ッ、なんだ、あれは!」
叫び声。
裂け目から這い出したのは、白銀の鱗を持つ古龍だった。
存在自体が災厄。周囲の魔力が、古龍の咆哮一つで霧散する。
「火球ッ! なぜだ、発動しない!」
学園一の天才、レオンが顔を青白くさせ、杖を振る。だが、火花すら出ない。古龍が周囲の魔力ベクトルを「強制置換」しているのだ。
無知な連中。
術式の構築理論も知らず、ただセンスという名の「甘え」で魔法を振り回していたツケだ。
「……あ、いや、逃げ……助けてくれ!」
さっきまで僕を踏みつけていた教師が、腰を抜かし、股間を濡らして這いずり回る。
泥水に顔を突っ込み、ガチガチと歯を鳴らす音が聞こえる。
滑稽だ。
死の匂いが、広場に充満する。
僕は、ゆっくりと歩き出した。
「おい、無能! 逃げろ、死ぬぞ!」
誰かが叫ぶ。僕の名前すら知らないくせに。
僕は古龍を見上げ、手垢で黒ずんだノートを開いた。
魔力がない?
違う。
この世界そのものが魔力の記述体だ。僕が持っているのは「出力」する力ではない。世界という「記述」を、直接書き換える知識だ。
「……座標固定。ベクトル、反転。因果律のバイパス接続、完了」
ボソリと呟く。
古龍が僕を認識し、その巨大な顎を開いた。
極光。
すべてを消し飛ばすブレスが放たれる。
「……消えろ」
指先で、空間の「糸」を一本、弾いた。
轟音。
だが、光は僕の数センチ手前で、まるでガラスの壁にぶつかったように霧散した。
いや、違う。
ブレスを構成する術式を、その場で「解体」し、無害な酸素分子へと還元したのだ。
「え……?」
レオンが、間抜けな声を漏らす。
絶望に染まっていた広場が、一瞬で静まり返った。
僕は歩みを止めない。
古龍が焦燥に駆られ、爪を振り下ろす。
重力操作。
ノートのページをめくる。
古龍の巨体が、自身の重さに耐えかねて地面にめり込んだ。
ミシミシと、骨が砕ける嫌な音が響く。
「グ、ガ……ッ!?」
伝説の生物が、僕の足元で、ただのトカゲのようにのたうち回る。
「……あ、あぁ……アルス、君、なのか……?」
学園長が、震える声で僕を呼ぶ。
初めて、僕の名前が正しく呼ばれた。
だが、遅すぎる。
僕は、泥を啜る彼らの視線を、ただの背景として処理した。
「計算終了」
パチン、と指を鳴らす。
古龍の身体が、末端から「文字」へと崩れていく。
この世界を構成する純粋な情報体への還元。
肉も、血も、魂も。
すべては僕の知識という檻の中に収穫された。
静寂。
舞い上がる銀色の塵が、陽光に反射して美しく輝く。
さっきまで僕を無視していた生徒たちが、一人、また一人と膝をついた。
それは敬意ではない。
理解不能な「化物」に対する、本能的な恐怖だ。
「……すごい、アルス! さすがだ、俺は信じていたよ!」
レオンが、顔にこびりついた泥を拭いもせず、媚びるような笑みを浮かべて近づいてくる。
その瞳の奥には、汚らしい羨望と、自分だけは助かりたいという卑屈な欲望が透けて見えた。
僕は、彼を通り過ぎた。
かつて彼が僕にしたように。
視界にすら入れず、ただの空気として。
「……あ。待っ……」
レオンの声が、虚しく空に溶ける。
僕は校門へと向かう。
背後では、国中の騎士団や魔導師たちが駆けつけ、僕を「聖者」として、あるいは「新時代の覇者」として迎え入れようと騒ぎ始めていた。
だが、どうでもいい。
僕の努力は、僕自身のためにあった。
他人の承認など、今さら。
あんなものに、僕の十年間を安売りするつもりはない。
門を出る瞬間、一度だけ振り返った。
学園長も、教師も、天才たちも。
誰もが、僕の背中を、縋るような目で見つめている。
その滑稽な姿は、僕が図書室で見てきたどんな古い文献よりも、退屈な喜劇だった。
「……あ、そうだ」
僕は、足元に転がっていた「レオンの杖」を、軽く踏みつける。
パキリ、と乾いた音。
それは、この学園の、そしてこれまでの僕の「停滞」が終わる音だった。
僕は、まだ誰も知らない知識の続きを書き込むため、新しいノートを広げた。
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数日後、王都の広場には「救世主アルス」の銅像が建ったが、その足元には、なぜか誰からも踏みつけられるように「レオン」にそっくりな道化師の彫刻が、密かに添えられていた。




