第5章 毒の正体
なんと『ドラノミン草』は良薬の素だけではなく、毒薬の素にもなり得る植物だったのだ。
ところがあまりにも希少な植物であったために、それをわざわざ使って深く研究するも者がいなかった。それゆえに長いことその事実に気付く者がいなかったのだ。
『ドラノミン』という名の薬は、『ドラノミン草』の葉を乾燥してそれを粉末状にして作る。
収穫の際は、根を残して茎より上の部分からきり取っていく。なぜならその根から再び葉が出てくるからだった。
そして、その根に毒が含まれていたのだ。
母はその毒入りのシチューを飲んで亡くなった。
元々『ドラノミン薬』は水には溶け無い。たとえそれがお湯であろうと。そしてそれは毒も同じだった。
だからこそアシュフォード様はお茶を口に含んですぐにおかしいと気付けたのだ。
彼が一命を取り留められたのは、毒がお茶の入ったポットに入れられてあったために、そのほとんどが底に沈殿していたからだろう。
そして違和感を感じて彼がすぐに飲むのを止めた上に、たまたま側にいた執事のレックスさんが、吐き出させた。それ故に毒の摂取量がかなり少量で済んだからだろう。
しかし、母の場合はシチューに入れられていたために気付けなかったのだ。無味無臭で、色も薄黄色をしているからだ。
母親が亡くなったとき、私は瞬間的に父に殺されたのだと思った。
祖父が亡くなった以上、カリナとの仲をもう誰にも邪魔されることはない。だから母を邪魔だと考えて。
自殺、衰弱死、殺人……
すぐに騎士団と国の薬剤省が捜査してくれた。そして検証した結果、死因を中毒死としたものの、何の中毒で誰がどのように与えたのかを判明できずに終わった。
そして混乱を避けるために、ただの病死として発表された。
しかし、その後、当時時まだ十三歳だった私が、誰が何のために何の異物を混入させたのかを解明したのだ。
その人物は母親付きの侍女のメラニーで、結婚するときに実家のマンシーニ子爵家から一緒に来た女性だった。
母が妹のように可愛がり、彼女も母を姉のよう慕っていた。
だからこそ、嫁ぎ先の境遇に腹を立て、辛い思いをしている母を思い、心を痛めていたのだ。
舅である祖父は優しかったが、夫となったその父は外に愛人と子供がいて、ほとんど屋敷には戻らない。その上母は家政だけではなく、執務の多くを押し付けられていた。
そして……初夜で互いに媚薬と『ドラノミン薬』を飲んで無理やりに関係を持ったときに授かった、一粒種の私は生まれながら虚弱で手間がかかる子供だったのだ。
祖父が事故で急死した後、母の疲労は急激に加速した。痩せ細り、疲れやすくなり、時々寝込むようになった。
優秀な主治医に診てもらい、色々な薬を試してみたが、あまり効果はなかった。
そんな母を見続けていたある日、メラニーはついに決意したのだ。
マクレミアン伯爵家の庭園内にありながら、国の薬剤省が管理している、滋養強壮効果のある『ドラノミン薬』を試してみようと。
彼女は私の祖父である伯爵に、その薬を若奥様に飲ませてあげて欲しいと、以前から何度も頼んでいたようだが却下されたらしい。
しかしその祖父はもういない。メラニーは国から罰せられるのを覚悟で、こっそりと間引きされていた『ドラノミン』を盗み、それを乾燥させて粉にした。そしてシチューに混ぜ込ませたのだ。
毒を混入させた者に悪意があったわけではなかったことが判明した。
むしろ、良かれと善意でしたことが裏目に出たのだと。
なぜメラニーが異物を仕込んだ人物だと私が気付いたのかといえば、彼女が呟いたひと言だった。
「何が滋養強壮効果のある貴重な薬草よ。ちっとも効かなかったじゃない!」
その一言でピンときた私は、第二王子のフランドル殿下に『ドラノミン草』に毒が含まれているかどうかを調べて欲しいと依頼したのだ。
フランドル殿下は薬剤省の実質の責任者だったからだ。そして私の初恋の相手。
口に出すことはできないけれど、その思いを一生心の中にしまっておきたい人だった。
彼は第二王子だったが、国王陛下の正妻であった公爵家出身の元王妃殿下がお産みになった王子だ。
そして彼の兄である第一王子は側妃殿下のお子様だ。
因みに側妃殿下は王妃殿下が亡くなれた後も王妃にはならなかった。侯爵家の出だったので身分的には何の問題もなかったのだから、ご本人の資質の問題だったのだろう。
だって、息子の第一王子を王太子にしたいなら、普通陛下に王妃になりたいと懇願するだろうし、陛下だってあの方を溺愛しているのだからなおさらそのお願いを叶えてやりたいと思うはずよね?
でも、そうしなかったのはそうできなかったからとしか考えられない。侯爵令嬢だったのに、もしかして愛人体質だったのかしら?
もし側妃殿下が普通に王妃になってくれていたら、王位継承争いなんて起こらず、フランドル殿下はもっと平和で穏やかな子供時代を過ごせたのではないかしら。
まあそうなっていたら、私が殿下のお近付きになることもなったと思う。少年時代からマクレミアン伯爵家を度々訪れていたのは、薬草や毒に対する並々ならぬ熱意があったからだ。
そしてそれは、幼い頃から第一王子派から様々な方法で命を狙われてきたために、その対策のために色々と学んだせいだと聞いているし。
もし出逢えていなかったらと思うと胸がひどく苦しい。殿下と知り合えたからこそ実母を亡くし、父親に見向きもされない辛い子供時代を乗り越えられたのだから。
それでも、もしやり直しをすることができるとしたら、私は殿下が一番幸せでいられる世界を望むだろう。
継母に憎まれて命を狙われ、日々不安に怯える人生ではなく、平和で穏やかな子供時代を過ごし、王弟として兄を支えるそんな人生を。
あの殿下のことだからオタク気質は変わらないかもしれないけれど、その対象はきっと毒などではないはずだと私は思った。
侍女のメラニーは騎士団に捕まり一時牢に入れられたが、それは殺人罪ではなく、薬剤省の法令違反を問われたものだった。
『ドラノミン』の毒を公にするわけにはいかなかったので、裁判を開かれることなく、内々で処分が決まり、国が管理する医療施設での禁固刑となった。彼女には多少医学知識があったために、それを生かせということだった。
そして、中途半端な知識がいかに危険か、それを思い知らせるためでもあった。
次の投稿は明日の7時ころになる予定です。




