第4章 両家の意外な繋がり
アドバイスをするためには正確な情報が必要だと伝えたら、執事とメイド長は現在の厳しい状況について詳しく説明してくれた。それらを聞いた上で私は彼らに向かって
「これまで私は健康になるために色々と学んできたので、それなりの知識があります。ですから少しはお役に立てると思いますよ」
と言った。そうしてこう続けた。
「ロウランド子爵家の主治医は信用できませんね。一度マクレミアン家の主治医に診察してもらった方がいいと思います。
ですから、子爵夫妻が完全に留守にする日時を教えて下さい」
と。
普通ならそんなお願いをするなんてとんでもない話だ。非常識過ぎる。しかし、アシュフォード様が健康になっていく過程を彼らに知られると、おそらく妨害されるだろう。
夫人は自分の立場を守るために彼を死なせたくはないが、かといって健康体にはなってもらいたくはないはずだ。だからこそ、こちらとしては秘密裏に彼を回復させないといけないのだ。
そう説明すると、主夫妻に対して不信感を持ち、このままではアシュフォード様に未来がないと不安になっていた彼らは、私の願いをすぐに聞き入れてくれた。
しかも私がお願いしなくても、今後は夫妻の行動予定を前もって知らせてくれる言ってくれた。
「どうかアシュフォード様を助けて下さい。そのためならどんな協力も致します」
二人から深く頭を下げられ、他の使用人からも後から手を合わされてしまった。アシュフォード様は両親以外の皆さんからは深く愛されているらしい。
一体どんな子なのかしら。彼に対する興味がますます高まっていった私だった。
結論を先に述べれば、アシュフォード様はまさに天使だった。
サラサラとした淡い金髪に、鮮やかな青い瞳、そして真っ白な肌。半年以上ベッドの上の住人だったせいか、十三歳にしてはかなりほっそりとして幼く見えた。
虚弱でアレルギー体質のため、日には焼けてはいないが、白いというより不健康そうな青白い肌をしている私とは大違いだった。
私のチョコレート色をした髪は重たげに見えてしまうので、人に辛気臭いイメージを与えてしまう。薄い茶色の瞳はいかにも影が薄そうだし。
正直自分と同じような弱々しい少年を想像していたので意外に思った。とはいえ、少し安心したのも事実だった。
「シャーリー様。僕はこの屋敷の皆のおかげで生きてこられました。ですから早く元気になって、今度は皆のために立派な当主になりたいのです。
そのためなら何でもします。どうかご指導よろしくお願いします」
彼は深々と頭を下げた後で、私の瞳をしっかりと見つめた。
彼の青い瞳は力強く輝いていた。そこには生き抜こうとする強い意志が感じられた。
彼は諦めてはいない。大丈夫。そう確信したわ。
私は自分の主治医と密かに連絡を取り、アシュフォード様を診察してもらった。その際に、彼の乳母が記していた病状の経過記録を見せた。
するとドルドス医師はそれを熱心に読んだ後で言った。
「おそらく『エトバス』という無味無臭の毒薬を使われたのでしょう。
ここ数年、国内外で不審死が相次ぎ問題になっていたのですが、ついこの間、ようやくその死因が毒殺だと特定されたのです。
そしてその新種の毒に付けられた名が、『エトバス』なのです。
しかしその精製方法やどこで作られているのか、そしてその流通経路は未だに不明なので、多くの国が頭を悩ませているのです。
この薬で一命を取り留めたのは奇跡に近いです。適切で素早い処置をしたおかげでしょう」
ドルドス医師の言葉を聞いたアシュフォード様は天使の微笑みを浮かべると、執事に向かってこう言った。
「レックス、やっぱり君は僕の命の恩人だ。ありがとう」
アシュフォード様の部屋の中は和やかな雰囲気に包まれた。
しかし、私は顔には出さずに済んだとは思うけれど、内心かなりの衝撃を受けていた。
というのも、私は『エトバス』の流通経路や売買元は知らないが、その材料がなんであるか、そしてどこで作られているのかは知っていたからだ。
そしてその毒の命名者も。
その毒の原料となるのは『ドラノミン草』という、本来は毒とは無縁の安全で非常に効果の高いとされてきた薬草なのだ。
しかも特定の地域でないと栽培できない、なかなか手に入れられない希少植物だ。
国の農業試験場で栽培の研究が色々と行われたが、繁殖どころか移植さえ成功しなかった。
そしてその唯一繁殖している場所というのが、なんと我がマクレミアン領にあるのだ。というか、そこは広い屋敷の隅にある畑だったのだ。
その草で作られた『ドラノミン薬』にどのような効能があるかといえば、滋養強壮と……
『ドラノミン草』の通称である『子作り草』とか『子宝草』という呼び名を知れば、自ずと分かるだろう。
男性が服用すれば、元気一杯になるし、女性が服用すると、体調が整って生理不順も治る。その結果、子宝に恵まれるというわけだ。
身分に関係なく、結婚すれば夫婦が子を望むのは普通のことだ。しかし、王侯貴族は平民と比べるとその重さが違う。それ故に、呑気に天の采配を待っているだけでは済まない者達も多い。
だからこそ『ドラノミン草』の需要は高いのだ。
それなのに栽培に適している場所が非常に限定的であるために、収穫量を増やすことができない。そのせいで値段は高止まりのまま推移し、安くなる可能性は極めて低いのだ。
どうしても欲しがる人々が奪い合う可能性もあるので、生産地は秘匿されている。
つまり、我が家の領地の一部だけが国の管理下にあるようなものだったのだ。
実際のところ、国はマクレミアン領を直轄領にしたかったのだろうが、そんなことをしたら却って『ドラノミン草』を栽培していることがバレて、狙われてしまうだろう。
そのため、国の薬剤省が秘密裏に管理しているのだ。
まあ、当主であるのに父はその事実を知らされていないが。
だってそれは当然でしょ? 学生時代から愚か者で遊び人の烙印を押されていた人間に、そんな重要な秘密を教える訳がないじゃない。
こっそりと横流しをしてボロ儲けしようと考えるに違いないわ。それとも配当金の値をつり上げるとか。
ところが不幸なことに、マクレミアン伯爵家にはあいにく父しか子供がいなかった。
『子宝草』があるのに? と思われるかもしれないが、祖母は父が五歳の時に馬車の事故で亡くなっていた。その後愛妻家だった祖父は再婚しなかった。
そのため父は一人っ子だったのだ。そして、溺愛され、甘やかされたいで、あんなわがままでろくでもないクズが誕生したのだ。
生前、祖父は幼い私に薬草畑で作業手順を指導しながら済まないことをしたと、何度も謝っていた。
本来孫じゃなくて、息子にこうやって家業を教えるべきだった。後悔先に立たずだと言いながら。
全くその通りだったので、私は何も言わなかった。
マクレミアン伯爵家の後継者は、国からその資格があると認められた者しかなれない。
それはもちろん『ドラノミン草』を栽培しているからだ。
『ドラノミン草』の秘密は教えてもよい人間だと判断され、実際にそれを教えられた者だけが後継者になれる。
それが分かっていながら祖父は息子を甘やかしてしまった。途中でまずいと気付いたときには手遅れだったのだ。
ただし、今になってこう思うのだ。案外祖父のその後悔は必要なかったのではないかと。
あの性根の腐った人間にたとえ根気よく教育していたとしても、時間と労力の無駄になっていたはずだから。
性格や素行が悪かったのは、躾や教育のせいだけではなく、持って生まれたもののように思えた。祖父が何をしたとしても結局は正式な後継者になんて認めてはもらえなかっただろう。そんな気がするわ。
結局祖父は国王の命令で、名門薬師の家柄であるマンシーニ子爵家の娘である母を息子の嫁として迎え入れた。孫に期待したのだ。
つまり政略結婚だったわけだが、恋人のいた父は猛烈に抵抗した。
ところが、普段自分に甘い父親からいやなら出て行けと毅然とした態度で言われて、父が本気なのだとわかって絶句した。そして従うしかないと思ったらしい。
ああ。本当にあの人が好きだったなら、迷わずにさっさと家を出て結ばれて欲しかった。
そうすれば、私は生まれてこられなかったかもしれないけれど、母はあんな家に嫁ぐこともなく、今も元気に過ごせていたかもしれないのに。どうしてもそう思ってしまう。
だって、私の母親は我が家の畑で栽培されている、その『ドラノミン草』によって命を落としたのだから。




