第3章 療養先の人々
ロウランド子爵夫妻は時折、王都郊外にある夫人の実家の男爵家へ出かけて屋敷を留守にすることがある。
そんな主夫妻がいない日には使用人全員が狭い食堂に集まる。自家製ドリンクとつまみで和気あいあいと宴会を始めるのだ。日ごろの子爵夫妻への不満を吐き出すことで、皆で盛り上がるのだ。
実家にいた時は酒が振舞われるパーティーが苦手だった。
この国では十五になれば飲酒が解禁になるため、飲兵衛から強引に酒を勧められることが多かったからだ。
そう言えば、私がアルコールを飲めない体質だと分かったとき、父親からはこう言われた。
「ご馳走だけでなく酒が飲めないなんて、お前の人生は本当につまらないな。
これじゃあ社交も満足にできない。貴族としては終わりだな」
つまらない人生か。
たしかに父からすればそうだろうな、と思った。彼は酒、煙草、贅沢なご馳走、賭け事、女遊びが学生時代から大好きだったのだから。
けれど、生憎私はそんなものに全く興味がないので、不幸だと馬鹿にされても困るわ。
まあ、たしかに生き辛さがあることは否定しないけれど、誰だってそんなものでしょう。自分勝手に好きなことをして生きて行けるわけじゃないのだから。
そもそも、貴族の義務を何一つ果たしていない人間に、貴族としては終わりだなと言われる筋合いはないと思った。
貴族としての特権は、その義務を果たしている者だけが享受できるのよ。
それなのに責任を負わずに、特権だけを使おうなんて本当に図々しいわ。
しかもその資格がないのにも関わらず、当主としての権限を行使しようとすれば、それなりの罰を受けなければならないのよ? 僭越ながら、いずれそれを分からせてあげるわ。
父はまだ自覚はしていないかもしれないけれど、私を追い出した時点で、じわじわと自分で自分の首を絞め始めているのよ。
彼がそのことに気付くのは、いつなのかはわからないけれど。
話は横道にそれたけれど、以前の私はお酒を飲む場が好きではなかった。
しかし、ロウランド子爵家の食堂で催される宴会は楽しかった。たとえ酔っぱらっていても、飲みたくない人にまで無理矢理酒を勧める人などいなかったからだ。
アルコールの好きな人は葡萄酒、林檎酒、ブルーベリー酒などを飲むが、酒が好きではない人は果実水を飲む。どちらも庭に植えられている果物で作った自家製だ。
アルコールが含まれていないジュースを飲んでいる人も、まるで酔っぱらっていているかのように明るくなるのが不思議だった。
そしてそんな彼らの会話から、自然とこの家の実態が見えてきたというわけだ。
子爵夫妻と私の父と愛人は、先妻の子供を蔑ろにしているところまで、本当にそっくりだと思ったわ。
誰もはっきりとは口にしなかったが、ロウランド子爵家には令息が一人いたのだ。
先妻の夫人が産んだアシュフォード様で、現在十三歳。私より四歳年下だった。
この使用人達がいなかったら、今ごろ彼は寝たきりくらいじゃ済まなかったに違いない。
お節介だとは思ったけれど、この屋敷の跡取り息子のことを知ったとき、ほっとけないと思ってしまった。
彼を助けたい。そのためにも使用人達全員と一致団結し、情報を共有しなければいけないと思った。だから、まず料理長にこう振ってみた。
「私、これでもずいぶんと丈夫になったのですよ。幼いころはベッドに寝ている時間の方が多かったくらいだったから。
でも、そのベッドの中でたくさんの医学書や健康ハウツー本を読みましたの。
母が医師や薬師を数多く輩出しているマンシーニ子爵家の出だったので、病気や運動に関する本を多く所有していましたので。
そして、医療の専門家の伯父や伯母達からも直接アドバイスをもらうことも多かったので、私は色々と独自で健康法を開発して試してみたのです。
その結果、こうやってそこそこ普通の日常生活が送れるようになったのです。
今回は婚約者を妹に奪われて婚約破棄されるというショッキングなことが起きたので、体調を崩してしまったのですが……
(本当は、異常気象のせいで婚約破棄の痛手は全くないのだけれど)
ですから、学園では体のあまり丈夫でない方々からのご相談を受けることも多くて、多少アドバイスをさせていただいたのですが、皆様に以前より元気になったと言ってもらえましたわ。
ですから、ロバーツさんも健康面で何かお悩みがあったら、是非お声をかけてくださいね。いつも色々とお世話になっているのでお返しがしたいので。
私、学園在学中に薬師の資格をちゃんと取りましたから素人ではありません。ですから、そこは安心してくださいね」
自己アピールするのって、こんなに恥ずかしいことだとは思わなかったわ。
貴族令嬢として顔の表情や声には現れなかったとは思うけれど、内心は信じられないくらい心臓がバクバクしていた。
でも頑張った成果はあったわ。その翌日にはロバーツさんから話を聞いたと言って、執事のレックスさんとメイド頭のマーサさんから、アシュフォード様に関する相談を持ち込まれたのだから。
アシュフォード様は私に会う半年ほど前に一度死にかけたという。どうにか一命を取り留めたけれど、その後寝たきりに近い状態が続いているそうだ。
彼の食べた食事に毒キノコが混ざっていたせいだとされて、料理を作った若い料理見習いが逮捕されたが、その後証拠不十分で釈放され、今は別の場所で働いているという。(料理長のロバーツさんが紹介したらしい……)
しかしそれが夫人の仕業だということくらい、妻を溺愛している主以外、誰の目にも明らかだったらしい。
アシュフォード様が倒れたその日に、それまで厨房になど訪れることがなかった夫人が入り込んでいたところを使用人に見られていたのだから。
それでも誰もそれを指摘しなかったのは、言っても無駄だと分かっていたからだ。
そして、逆らってクビになったら、それこそアシュフォード様を守れないと思ったからだそうだ。
しかし彼らはただ手をこまねいていただけではなかった。これ以上夫人が手を出さないようにすぐさま手を打った。
「アシュフォード様にもしものことがあったらこの家はどうなるのかしら?」
「親類から誰か養子をもらうのでしょうね」
「そうよね。旦那様にはアシュフォード様しかお子様がいらっしゃらないのだから」
「でもこれから奥様にお子様が生まれるかもしれないじゃない」
「生まれるわけがないじゃない。あなた、知らなかったの?
大声じゃ言えないけれど、前の奥様が亡くなったとき、旦那様も同じ流行り病にかかったでしょ?
その時旦那様はどうにか一命を取り留めたけれど、高熱が出たせいで子種が作れない体になったのよ」
「まあ! 今の奥様はそれを承知で結婚されたの? 愛の力ってすごいわね」
「そりゃあそうでしょう。学生時代からずっと恋仲だったというのだから、一緒になれただけでお幸せなのでしょう」
メイド達はわざと夫人に聞こえるようにそんな会話をして、主の秘密を暴露したのだ。
夫人がアシュフォード様を亡き者にして、自分がこれから産む予定の子供を後継者にしようと目論んでいることを知っていたからだ。
しかし、それが無駄だということを教えてやれば、これ以上手を出さないだろうと考えたのだ。
夫人が妊活に励んでいることを皆知っていた。いざとなったら他所の男と関係を持つ可能性だってあると疑っていたのだ。
しかし、托卵などしたらお家乗っ取りだ。妊娠した時点でさすがに追い出されるだろう。むしろそうなってくれた方が都合はいいのだが、その前にアシュフォード様が殺されてしまったら元も子もない。
ロウランド子爵家の使用人全員が、前夫人が実家から連れてきた者や、結婚後に彼女が雇った者だった。
皆優秀であり、この子爵家というよりはアシュフォード様のことを一番に考えていた人々だったのだ。
アシュフォード様を殺しても何も意味がない。いや、それどころか将来的には自分が不利になると分かった夫人は、彼を生かさず殺さずの状態にして、自分の言いなりになるよう仕向けることにしたらしい。
そしていずれ自分の身内から嫁を取らせよう、という作戦にシフトチェンジしたようだとレックスさんは言った。
読んでくださってありがとうございました。
明日も同じ時間に投稿します。




