第13章 元婚約者
私はゆっくりと従姉妹の淹れてくれたお茶を飲み終えてからこう言った。
「王太子殿下、婿入り先が不要になったのならば、何もマクレミアン伯爵家を残さなくてもよかったのですよ。
私はあの家を継ぎたいと言った覚えはないのですから」
まるで「自分のおかげで爵位を譲ってもらえたのだから感謝しろ」とばかりに恩着せがましい発言をした、王太子となられたフランドル殿下。
そんな彼に対して、私がはっきりとそう言ってやると、なぜが彼は嬉しそうな顔をした。
「相変わらずだね。儚げで愛らしい顔をしているくせに、そんな可愛くないセリフを吐くなんてさ。
普通のご令嬢なら涙しながら感謝するところだぞ。お家断絶を免れたのだから」
「あんな面倒な家なんていりませんよ」
「だが、妹や元婚約者にギャフンと言わせたかったのだろう?」
「ええ。でもそれは、あの二人には家を継げないことを思い知らせて、絶望のどん底に落としてやりたかっただけです。
だからといって、私自身が後を継ぐつもりなんて最初からなかったのです。
ですから感謝しろと言われると少し複雑な気持ちです」
それは嘘偽のない正直な私の気持ちだった。
マクレミアン伯爵家の秘密を何も知らないで、何の努力もせずに呑気に後継者になれると思い込んでいたあの二人に、ギャフンと言わせたかった。
それに、特殊事情がなくてもあんなのが当主になったら使用人も領民もたまったものじゃないと思っていたし。
両親同様に仕事もしないで遊び呆けていては、いくら優秀な家令と執事がいたって伯爵家は守れない。
まあ、王家との密約があるから、あの二人が当主になることは不可能だったのだけれど。
私と婚約破棄をしたハリトン伯爵家は、すぐさま息子ギュスターヴとミリアンを婚約させようとした。
しかし、あの父親から、姉との婚約を破棄してすぐ妹と婚約したのでは世間体が悪いから、婚約は彼が学園を卒業してからと言われて彼らは困惑した。
向こうの要望で姉と婚約破棄したのに、もし妹と婚約できなければ、ギュスターヴは婿入り先を失ってしまう可能性があるのだから。
不安になった彼らは、公表は卒業でもいいが、婚約だけはきちんとしておこうと主張した。
しかしひと月経っても良い返事がないことに疑問を抱いたハリトン伯爵は、調査機関に調べさせたのだが、その報告書を読んで絶句した。
ミリアンがマクレミアン伯爵家の籍に入っていないことがわかったからだ。
彼女は伯爵令嬢などではなく、マクレミアン伯爵の庶子であり、身分は母親同様にまだ平民だったのだ。
カリナはともかくミリアンを早く伯爵家の籍に入れて欲しいと、彼らは要求した。
しかし、父はしどろもどろになりながら、誤魔化し続けた。それを不審に思ったあちらは、さらに調査をして絶望した。
カリナとの結婚及びミリアンを籍に入れることを国から容認される可能性が、限りなくゼロに近いことがわかったからだ。
しかも、マクレミアン伯爵だと思っていたあの人が、単なる伯爵代理だったと知り、絶望したようだ。
「騙された! 近寄るな」
ギュスターヴは学園の食堂で、急によそよそしくなった彼に縋ろうとしたミリアンを、こう言って追い払ったそうだ。
「何が自分の方が父親に愛されているだ!
当主代理に愛されていたって、後継者になれるわけがないじゃないか!
君の嘘のせいで、私は当主補佐として研鑽を積んできた五年間を無駄にしたのだぞ。どうやってその責任を取る気なのだ!」
「嘘なんてついていないわ。お父様が当主代理だったなんて知らなかったもの。それに伯爵家の籍に入っていなかったことも」
ミリアンは泣きながらそう言ったが、周りの者達は驚いたよう顔をした。そしてその中の平民の女生徒がこう言ったそうだ。
「そんなはずないでしよう?
あなたはマナーの習熟度別クラスで私達と一緒だったじゃないの」
「それは先生が意地悪したからよ」
「そんなわけないでしょう。平民と貴族では学ぶべきマナーが違うから元々別々よ。
いくら拙くても貴族令嬢が平民のマナークラスに入るわけがないじゃない」
「それに、あなたはまだデビューしていないでしょ? 貴族令嬢ならありえないことだわ」
別の女生徒もこう言った。するとミリアンは両手を組み、いつもの儚げで可哀想な少女(十八にもなって無理があるでしょ!)の振りをして訴えたらしい。
「それはシャーリーお姉様が意地悪をして、私のデビューの邪魔をしたからですわ」
それを聞いてセリーナは思わず笑ってしまったそうだ。
「あら? お父様はシャーリーよりあなたを愛しているのでしょう? それなら誰に邪魔をされてもあなたをデビューさせるはずでしょう?
おかしいわね」
「そうよね。貴族令嬢は普通十七歳まで社交デビューする決まりになっているのだから」
女子生徒達がクスクス笑うと、男子生徒達もギュスターヴを見て哀れむような顔をしてこう訊ねた。
「シャーリー嬢のデビュタントのパーティーで、エスコートしていた君は散々彼女を罵っていたよね?
自分ばかり飾り立てて、妹のデビューの準備はしてやらないなんて、なんて心の冷たい姉なのだろうって。
あのとき不思議に思ったんだよね。なぜ平民である彼女にデビュタントの準備が必要なのかってさ。
まさか、ミリアン嬢が平民であることを知らなかったとは思いもしなかったよ」
「そうそう。伯爵家の後継者であるシャーリー嬢と婚約破棄してまで平民のミリアン嬢と結ばれて平民になるなんて、すごい覚悟だなと称賛していたんだ。だが、単に勘違いしていたなんてがっかりだよ」
「それに、婚約期間を無駄にしたというけどさ、ミリアン嬢と芝居だ、カフェだ、買い物だと楽しく愉快に過ごしていたじゃないか。自分は一銭も金を出さないでさ」
「そうそう。自分は贈り物一つ贈ったことないくせに、二人から高価な贈り物や手作りをもらっていたよな。みんな羨ましいと思っていたんだぞ」
令息達がそう冷やかしながらも、侮蔑のこもった目をしてそう言っていたそうだ。そして
「あなたはいつもミリアン嬢と遊び回っていたのだから、どうせマクレミアン伯爵家の仕事なんて学んでいなかったでしょう?
それなのに課題まで全部シャーリーにやらせていたのだから、損どころか得しかしていなかったのではないの? それなのに文句を言うなんておかしいわ」
セリーナが私の気持ちを代弁してそう言ってくれたそうだ。
それを聞いたギュスターヴはしどろもどろになったという。しかも
「勘違いだろうが、知らなかっただろうが、創立祭の衆人環視の中で、ミリアン嬢を選ぶと言ったのだから、男ならちゃんと責任を取れよ!」
と回りから言われると
「私はミリアンを選ぶとは言っていない!」
そう叫んで食堂を飛び出して行ったそうだ。
まあ、たしかに私と婚約破棄するとは言ったけれど、ミリアンと婚約するとはあの時点では言ってはいなかったわね。
でもそれは、ミリアンが先に自分がギュスターヴの婚約者になると宣言したからよね?
彼女が言わなかったら彼だって絶対にそう言ったはずよね? 否定しなかったわけだし。
それなのに今さらあの婚約宣言はミリアン一人が勝手に言ったことにするなんて、卑怯過ぎるわ。
まあ、そんなギュスターヴに新たな婿入り先が見つかるはずもなく、彼は父親の商会の一介の職員として働き始めた。
しかし、おそらく今後もまともな結婚はできないだろう。
なぜなら、貢いだものを全部返してもらうまで絶対に離れないと、ミリアンがギュスターヴを追い回しているらしいから。
彼女もさすがに百年の恋から目を醒ましたのだろう。
なにせ父親が平民になった上に、家族三人で屋敷から追い出されたせいで、今生活をするのに困っているのだから。
次の投稿は明日の7時ころになる予定です。




