第12章 因果応報
それにしても、側妃と第一王子は本当に愚かだったわ。
正しく「藪をつついて蛇を出す」を地で行ったわね。フランドル殿下は本当に王位なんて狙っていなかったのに。
第一王子に懇願された側妃は、第二王子の動静を探るために、実家の侯爵家の派閥の若者を密かに薬剤省へ潜り込ませた。
それが第一王子の側近候補のアルザス伯爵令息のハルトル。彼は側妃の命を受けて、薬剤省の若い研究員ガイスを賭け事に誘い込んだ。
そして、イカサマ博打をさせて多大な借金を作らせた上で、彼から第二王子の情報を得ようとした。
その結果『エトバス』という新しい毒の情報得たアルザス伯爵令息は、その毒で第二王子を暗殺するようにガイスに命じた。
しかし、この毒はまだ研究の途中であり、その効果や副作用はまだ実証されていない。
そんな不確かなものを人に使うわけにはいかないと断じて応じなかった。それは研究者として矜持だった。
そんな彼の意志を曲げるのは無理だと判断したハルトルは、さっさと人体実験でもなんでもやって結果を出せと命じた。
それゆえにガイスは、その指令通りに早速その人体実験を行ったというわけだ。
側妃は苺のショートケーキが大好物で、週に一度必ずお茶の時間に食べていた。
「端っこのほんの僅かしか食べられないのよ。毎週食べいらのだから、たまには食べてもいいわよ、くらい嘘でも言ってもいいのに。本当にケチくさいわ」
毒見役の侍女が庭で愚痴っていたのをガイスは偶然に耳にしていた。
彼女は毒見をしていたせいで、何度か危険な目に遭っていた。それなのに、側妃から労りの言葉をかけてもらったことなどは一切なかった。
それが任務だと分かっていても、それでも思うところがあった。誰もが嫌がる仕事を引き受けていたのだから。
そんな彼女にガイスは自ら声をかけたのだ。人の命をなんとも思っていない側妃に相応しい目に遭わせてやろうと。
「君が罪に問われることはない。君は何もしないのだから。
ただこのケーキを運んで、あの女のために毒見をするだけ。
そう、与えられた仕事を遂行するだけさ」
彼の言った通り、その毒味役の侍女が罪に問われることはなかった。彼女は毒の存在など全く知らなかったし、一切手を出していなかったのだから。
彼女はただ、側妃のティータイムのために運んでいたカートを、ほんの数秒通路の隅に一時停止させただけ。
ガイスがケーキの中央に飾られてあった苺を持ち上げて、それが乗せられてあったクリームの上に、何か粉のようなものをほんのわずか散らしたのを見ていただけ。
その粉は側妃が望んだ美肌効果のある粉薬だと説明されたし、実際にそんな薬を服用していることを知っていたから疑問も抱かなかった。(本人の説明)
そしていつものように側妃付き侍女が見つめる中で、いつものように、苺のショートケーキ端っこを銀のフォークで掬って毒味しただけだ。
ガイスが自分を罠に掛けた男の言いなりになるわけがなかった。彼はもう人生に絶望し、全てを諦めていたのだから。
それでも第二王子を尊敬していた彼は、第一王子派に仕返しをするために側妃を亡き者にしたのだ。
国王の寵愛を受けている側妃が亡くなれば、勢力図が変わるだろうと。
しかも彼はアルザス伯爵令息のハルトルを反対に脅したのだ。
「私はお前の命令で側妃を使って人体実験をしたのだ。それをバラされたくなかったら言いなりになれ」
と。
そしてお前が手を組んでいる密売組織へ『エトバス』を高く売りつけるように命じた。
イカサマ賭博で作った借金を返済しないと、家に借金取りが押しかけて来るからだ。そうなれば罪のない家族が路頭に迷ってしまう。
そもそも、盗人に追い銭をくれてやるなんてとんでもない。
『エトバス』はかなり希少な毒だ。大元の材料となる『ドラノミン』の生産量が少ない上に、毒になる部分は出荷前に我が家で切落として処分しているからだ。
それ故に根っこの方は、研究用にほんの僅か存在するだけだったのだ。
そのために、『エトバス』の毒の値段は目が飛び出すほど高い。
しかし無味無臭で銀にも反応せず、しかもかなり毒性が強い。欲しがる者は必ずいる。
そしてそんな高価な毒薬を買えるのは、おそらくかなり高い身分の者のみで、一般には流通しないだろう。
それにそんな毒を買う奴や使われる者もどうせろくな人間じゃないだろうと、研究員ガイスは思ったようだった。
それなのに、まさかその密売人が個人的に、しかも子供に使用するなんて思いもしなかったと、取り調べで項垂れていたという。そしてどんな罰でも受けると、ひどく後悔していたらしい。
騎士団が、これまでに『エトバス』の毒が使われたと思われる事件を調べ直した。その件数と横流しされた毒薬の量を照らし合わせてみると、すでに毒の在庫はほぼないのではないか、という結論に達したそうだ。
実際にこの半年の間、そんな不審死は起きていないという。
その後その研究員がどうなったのかというと、今、国の特別医療機関に入れられている。しかしもちろん入院しているわけではない。
本来なら裁判にかけられ、処刑の判決を受けていたはずだ。
側妃暗殺、毒の売買、職務違反、エトセトラ……
しかし今回の『エトバス』の毒の密売並びに暗殺補助事件は、裁判どころか公に公表されることはなかった。
国が毒薬を精製し、管理不足のせいでそれを流通させ、各国で暗殺に使われたことが知られたら、この国の信用は地に落ちる。
そして利用したその高貴な方々からは、陰から高圧的な脅しを受けることになるだろう。
そう、別件で国際問題になるような、変な言いがかりを付けられるに決まっている。
それ故にガイスの犯罪を表立って裁くことはできなかった。そこで病気療養という形で国の特別研究所に監禁されて、毒物の研究をさせているそうだ。
そもそも、ガイスは自分達の王位継承争いに巻き込まれただけだ。
最初は裏切り者に対して激怒していた第二王子だったが、捜査が進んで行くにつれて、彼に対して憐れみの感情が湧いてきた。そして寛大な処置を望むようになったようだ。
そして意外なことに国王もそれに同意したのだ。
国王は愛する側妃が病死などではなく、第一王子やその側近のせいで亡くなったことを知って衝撃を受けた。
しかも自分と側妃の息子が、側近を使ってフランドル王子を何度も殺めようとしていたという事実に、彼は茫然自失状態に陥った。
世間からは誤解されていたが、国王は二人の息子を同じくらい愛していたのだ。
だから、亡き側妃にも伝えていたのだ。母親を早くに亡くした哀れな子だから、自分の子と同じように面倒を見てやってくれと。
それなのに、国王は二人に騙されていたのだ。とはいえ、これまで何も見えていなかった己自身に嫌気が差したみたいだ。
しかし他責思考の国王はその怒りをかわいさ余って憎さ百倍とばかりに、第一王子と側妃の実家である侯爵家へ向けたのだ。
それ故にフランドル殿下は自分の手を一切汚さずに、天敵を追い払うことができた。
廃嫡された第一王子は王族の身分のまま、平民となった元側近や母方の親族と共に、王都から遠く離れた北の荒海に面した絶壁にそびえ立つ塔に幽閉された。
おそらく一生出てこられないだろう。
次章は今夜21時の予定です。




