第11章 初恋の静かな終焉
ロウランド子爵家で逮捕劇があった翌週、私は王都へ戻った。
両家の父親達の後始末や、使用人の今後の身の振り方、領民への生活保障など、考えることややるべき課題が山積みだった。
そんな中で学園の卒業式に出席したその翌々日、私は王城内のとある建物の一室にいた。
シンプルな応接室のこれまたシンプルな一人用のソファーに腰を下ろし、フランドル殿下とテーブルを挟んで対面していた。
そこに従姉妹のセリーヌがわざとらしい微笑みを浮かべなから、お茶を運んできて「どうぞごゆっくり」と言ってすぐに出て行った。
一昨日卒業したばかりだというのに、すでに王城で勤務していた。
彼女は今回の事件解決に大きく貢献した立役者の一人だ。
しかし彼女は官吏試験をトップで合格し、その実力でこの職場に採用されたのだ。
「シャーリーが受験していたら、二番だったと思うけれどね」
彼女はそう言ったがそんなことはない。総合力は分からないが、薬草や医学的知識は彼女には到底及ばないのだから。
さすが老舗薬種商会を営むマンシーニ子爵家の令嬢だわ。
そんな彼女にとって、薬剤省は最高の職場だろう。
面倒くさいトップもいなくなることだし。
ちなみに、私は王都から遠く離れたロウランド子爵領で療養生活を送っていたために試験を受けられなかった。
まあ、たとえ受験して合格していたとしても勤務することはできなかったのだと、今になって思い知らされているのだけれど。
私は羨望の眼差しでセリーナの背を見送った後で、殿下の方へ視線を移して、少しばかり恨めしそうに睨んだ。
すると殿下が私に向かって
「君のところへ婿養子に行くためには、当主を犯罪者にするわけにはいかなかった。
だからね、捕まえる前にさっさと爵位を君に譲らせるために手を打っておいたのだ。
まあ、無駄になったけれどね」
と、わざとらしいため息をつきながら言った。
何が無駄になったのかといえば、殿下のマクレミアン伯爵家への婿入りの話だ。どこまで本気だったのかはわからないが。
超優秀でいわゆるパーフェクトな人物であったにも関わらず、フランドル殿下は元々王太子の座など狙ってはいなかった。
研究肌であったので、政治経済や外交よりも動植物の研究に興味があったので、単なる王族、あるいは臣下に下って薬剤省のトップの座に収まっていることを望んでいたらしい。
ついでに『ドラノミン』を含めて希少な植物の栽培をしているマクレミアン伯爵家へ婿入りすれば、道楽暮らしができて、彼にとってはととても都合が良かったらしい。
ところが、第一王子は例の違法薬物の密輸並びに暗殺事件に、直接ではなかったとして関与していたことが判明したことで失脚してしまった。
そのせいで、第二王子のフランドル殿下が王太子に指名されてしまったのだ。
優秀な弟に劣等感を持ち、王太子には弟が選ばれるのではないかと、常に疑心暗鬼になっていた第一王子は、母である亡き側妃に第二王子を亡き者にして欲しいと懇願していたらしい。
しかし何度か暗殺を試みたが全て失敗に終わった。
毒殺、事故死、暗殺……
私が外国の書物から得た知識で、色々と助言して防衛策を講じたことが功を奏したらしい。
私とフランドル殿下は似たような境遇だったので他人事とはとても思えず、彼のために何かをしたくて仕方がなかった。
それはアシュフォード様に対する思いと似ていた。けれど、決定的な違いは、彼に対しては弟を慈しむような気持ちだった。
しかし殿下への思いは上手くは言えないけれど、たとえ離れていても、隣に立っていられなくても、いつでも心が共鳴し合える相手のように感じていた。
以前、殿下との仲をセリーヌにからかわれたとき、そう語ったらこう言われた。
「シャーリーは本当に頭でっかちね。普通はそんな小難しい表現をしないで、好きのひと言で済む話でしょ。
自分の心にブレーキをかけているせいなのかもしれないけれど。
子どものころよりはかなり健康的になってきたとはいえ、現実的に考えれば妃として公務を熟すのは難しいものね。
健康に波があるせいでスケジュール通りに動けない場合を考えたのでしょう?
たとえそれを外交相手に懇切丁寧に説明しても、必ず理解してもらえるとは限らない。
だから貴女は王族としては務まらないと判断したのかしら?
なまじ頭がいいと自分でそれが分かってしまうから辛いところね。
もっとも、マクレミアン伯爵家の跡取り娘だし、最初から心に線を引いて諦めていたからなのかもしれないけれど。
ミリアンみたいに何も見えない、考えられない人間だった方が幸せなのかもね」
「そんなわけないじゃない。彼女の今の幸せは幻に過ぎないもの。すぐに厳しい現実と向き合うことになるわ」
「そうね。でも、あなたもこのまま好きだという気持ちをごまかしていたら、この後もずっと殿下のことを引きずるわよ。だから一度ちゃんと認めなさい」
まるで姉のようにそう強く言われて、私は逆らえずに頷いていた。
とはいえ、私は結局その後も殿下に好きだとは言わなかったし、思わせぶりな態度をとることもなかった。
いいえ、それどころか反対に憎まれ口をきいていた。
それでも、自ら進んで殿下に協力してきた。彼のことが好きで、彼の幸せを、身の安全を守りたかったから。
もし、私の体がもっと丈夫だったら、嫡女でなかったら、殿下が王太子にならなくて済んだら……
どれか一つでも可能だったら、私は自分の思いを告げたかもしれない。でも、タラレバを言っても仕方がないのだ。
これまで私は自分にできることを精一杯頑張ってきたつもりだ。
今回、フランドル殿下から生命を脅かす不安要素を排除することができた。
たとえわずかだったとしても、私もその一助になれたのではないかと自負している。
今はやり切った思いでいっぱいなのだ。
もう自分の初恋に思い残すことはない……そう思った。
次の投稿は明日の7時ころになる予定です。




