第10章 断罪された者達
「僕に後継の資格があったとしても、そもそも継ぐ家がなければ無理ですよね?」
アシュフォード様が淡々ととこう口にすると、子爵夫妻はポカンとした。息子の言っている意味が理解できなかったのだろう。
そのとき、応接間の扉を叩く音がした。側にいた執事のレックスさんが少しその扉を開けた。
「レックス様、騎士団の方がお見えになっております」
「ここへ来て頂きなさい」
「承知いたしました」
その会話が聞こえたのは一番近くにいた私だけだろう。レックスさんとアイコンタクトを取り、私は気を引き締めた。
「なんだ?」
「旦那様と奥様にお会いしたいとお方がお見えになりました」
「そんな先触れがあったのか?」
「いいえ」
「そんな無礼な者は断れ。今大事な話をしているのだから」
ロウランド子爵は不機嫌そうにそう言ったが、レックスさんは微笑みを浮かべながらこう告げた。
「そうはまいりません。こちらに拒否権はありませんから。それに、今なさっているお話にも関係している要件ですので」
執事の言っている意味がわからず、彼と夫人が再びポカンとしていると、いくつもの革靴の整然とした足音が聞こえてきた。
ノックの音がしたのでレックスが扉を開けると、三人の騎士が部屋の中に入り、残りの数名が廊下の端に立った。
「ロウランド子爵並びに夫人、第二王子であらせられるフランドル殿下の命により、この屋敷の査察に入る。
容疑は毒薬を含む違法薬物の密売、並びにその毒を使って人を殺めようとした殺人未遂だ!
この屋敷にいる者はここから一切外へ出てはならない」
王宮騎士団の副団長の言葉に子爵は驚愕の表情を浮かべた。
「何かの間違いです。私達は違法取引などしたことはありません。まして殺人を犯すはずがありません。そもそも一体誰を殺そうとしたというのですか!」
その表情から彼が嘘をついているようには見えなかった。ただただ戸惑っているだけなのだろう。
しかし彼の妻は違った。さぁーっと青ざめて夫の上着の裾を掴んだ。
「貴方のご子息ですよ」
「えっ? 息子が倒れたのはキノコの毒のせいです」
「いいえ。キノコの毒ではありません。この屋敷の主治医がそう証言していますよ。
夫人に嘘の診断をするように脅されたそうですよ。その医師は残された毒入りのお茶のポットをいざというときのために保存していました。
そのお茶を騎士団の医療班で解析した結果、間違いなく貴方方が流通させていた毒と同じものが混入されていたとね」
副団長の言葉に喫驚した子爵は妻の顔へ顔を向けた。
「お前がやったのか?」
「し、知らないわ。まるで私一人が悪いみたいに言わないでよ」
「お前こそ、私が関与しているようなものの言い方をするな!」
子爵は夫人に掴みかかろうとして騎士達に体を拘束された。
彼はまず副団長を見てから、その視線をアシュフォード様に向けて言い募った。
「私は関係ない。私はお前の実の父親だ。お前を害しようとするはずがない!」
アシュフォード様は何も言わず、厳しい顔で父親の顔を見た。実の父親が自分の殺害未遂に関与していなかったという事実には安堵しているだろう。
しかしその後にとった父親の態度を思い出せば、そう単純に喜ぶ気にはなれないのだろう。
その後第二王子フランドル殿下の指揮の下で密かに進められていた薬の密売組織が摘発され、裁判が開かれた。
組織のリーダー格の人間は全て処刑された。
つまり、元ロウランド子爵夫人及びその実家のカーラー男爵夫妻やその息子夫妻もそこに含まれていた。
彼らが扱っていたのは『エトバス』の毒だけでなく、多種多様な違法薬物を取り合っていた。
そのために、多くの人間を薬漬けにし、その上暗殺まで請け負っていたのだから当然の結末だった。
カーラー嬢達を含めた未成年の子供達は連座されることはなかったが、家の爵位と財産は全て取り上げられ、無一文で平民に落とされた。
犯罪者の貴族の子供が平民として生きて行くのは難しい。
彼らは第二王子の温情で修道院へ預けられ、平民として生きていけるように教育を受けることになった。
そしてイカサマ賭場で借金を背負わせられて、無理やりに密売組織とは知らずに、手伝わされていた者達がどうなったかというと……
ロウランド子爵本人は悪事だとは知らないで手伝わされていただけだったが、当主として監督不十分として罰金刑に課されて爵位を奪われた。そして十年の労働刑を言い渡された。
そして私の父とその愛人カリナも同じく罰金刑に課された。父も平民に落とされたのだが、牢獄から出された後に強制労働をさせられることはなかった。
もっとも私の父は犯罪が暴かれる前に伯爵家の当主ではなくなっていたが。
というのも、父親が今年の納税額をごまかしていたと査察で指摘され、領主としての能力が著しく欠如していることが露呈してしまったからだ。
これまで領地の運営は私や領地いる家令、執事によって行われてきた。
しかし、私は王都の屋敷を離れるときに、本来の義務ではない仕事をする必要はないと、彼らにそう命じたのだ。
そのため、これまではただ決裁書に判を押すだけで済んでいた父は慌てふためいた。
資料やメモ書き、契約書、領収書などが整理されていたとはいえ、机の上に山積みになっていったからだ。
家令はともかく執事に取引相手との交渉や契約など結ぶ権限などない。そしてそのお膳立てをする義務も。
これまではやってきたではないか!と主に言われてハリスンは静かにこう答えたそうだ。
「これまではシャーリーお嬢様の指示の下に補助作業をしてきただけです。旦那様が指示してくださるのでしたら、業務時間以内でしたらお手伝いいたします」
父に指示などできるはずがない。まともに書類一つ読めないのだから。
その後、私に帰るように手紙を出したようだが、それは私には届かなかった。子爵夫人が握り潰していたらしい。
そして体調が悪くて今移動するのは無理だと嘘を伝えたようだ。
ただでこき使える介護要員を失いたくなかったからだろう。
しかし、結局ただより高いものはないのよね。牢獄の中で彼女はそう思ったことだろう。
第二王子は犯罪が何故バレたのか、それをご親切にも詳しく教えてあげたそうだから。
まあ、それはともかく、父は私や執事に助けを求められなかったので、外部の税の専門家に納税に関する申告を依頼しようとしたらしい。ところが、なぜか誰からも引き受けてもらえなかったらしい。
おそらく第二王子が手を回したのだろう。
一見すると父達の罪の方が軽そうだ。しかし実際には、とりあえず寝食に困らないロウランド元子爵と比べて、彼らは自力で衣食住を手に入れなければならないのだ。
どちらが良かったのかは本人達に聞かなければ分からないことだろう。
しかし、若いときから破落戸のような真似をしていたのだから、何とか生き延びるのではないか、と思った私だった。
次章は今夜21時の予定です。




