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09.軟禁

 カナーリエン子爵が私に伸ばした手。

 その手を突っぱねて帰ることを、子爵は許さなかった。


 軟禁。


 幽閉の時とは違い、雲雀の部屋からは出られる。

 グートが「それでは、あの時の繰り返しになります」と諌言したから。

 ただし、監視付き。


「逃げるようなことはお勧めしないよ。その子が罰を受けることになるからね」


 グートが警告しながら新たに追加されたメイドに目を遣る。

 この男が持つ善人の顔の下には、冷徹な貴族の顔が隠れている。


 追加されたメイドは随分若い。たぶん私と変わらない。

 そして明らかに私に怯えている。

 何でよ、と思って理解する。


(この白髪(はくはつ)か)


 ここでは、白髪は忌み子。

 しかも、ここまで育った忌み子なぞ、滅多にお目にかかれないに違いない。


「君は何故、子爵令嬢という立場を受け入れないんだい? 悪い話ではない筈だよ」

「――私は、黒い森の魔女の娘」


 私が居る場所は、ここではない。

  あのメイド以外も、私を見る目は幽霊か幽鬼を見るよう。

 歓迎なんてされていない。この数刻で、それは充分にわかっている。

 私のおうちは、黒い森の庵。


「会うのは一度だけ。すぐに帰ると約束したわ」

「当主の意向には逆らえない」


 詰める視線をぶつけても、グートは肩をすくめるだけ。

 私は舌打ちをぐっと我慢する。


 あぁ、だけど――

 ここには、私の舌打ちにデコピンしてくれる優しい人はいない。



 私が逃げるとメイドが罰を受ける。

 それなら一緒に逃げれば罰は受けない。

 ――私に怯えるあのメイドは嫌がるだろうけど。


(グートは、あのメイドの家族にまで手を出すかな?)


 雲雀の部屋の扉を自分で開ける。

 扉を開けたすぐそこには、子爵家の私兵が2人。


「お嬢様、如何なされましたか」

「暇なの」


 私付きのメイドたちは話し相手にはならなかった。

 逃げるのに有用な情報など、手に入るべくもない。

 

(ならば、自分で探すまで)


 私兵を無視して、調度品が飾られた廊下を勝手に進む。


「お嬢様、どちらへ」

「私が昔いた部屋」


 3階への階段を見つけ、上っていく。

 目指すは、北の角部屋。

 階段を上りきって、ふと見上げた壁。


「父上と――君の母上のマイブルーメン様だよ」


 いつの間にか、グートがいた。


 琥珀色の髪に夜の青のような目を持つ貴族男性と、淡い金髪に水色の目を持つ貴婦人の肖像。

 絵の中の2人は、とても仲睦まじく寄り添っている。

 そして、私の母だという貴婦人は、本当に私とよく似ていた。吐き気がするほどに。


(……これだけ似ていたら、白髪(はくはつ)の私は、まるでこの人の亡霊のようでしょうね)


「ところで、君は何故、此処に?」

「……昔の私の部屋を見てみたくて」

「ああ、その部屋は封鎖してある。中には入れないよ」


 封鎖。穏やかじゃない言葉。

 私が逃げただけで?


「貴方、白髪の忌み子の由来は知っている?」

「由来? 魔力暴走を起こしやすいとか、あとは君と同じような理由じゃないかな」


 白髪の忌み子は不幸を運ぶ。

 私は、母の命を奪って生まれてきた。


「貴方は、白髪の忌み子を子爵邸に入れることに抵抗はなかったの?」

「抵抗よりも先に、同情が来たからね」


 確かにグートは、私に同情している、と言っていた。


「明日からは、父上も食事を共にできそうだよ。父上の気力の宿った目を見たのは久し振りだ。君には感謝している」

「……」


 グートの表情からは、私への感謝と子爵への親慕の情が読み取れる。


 だけど、その気力とやらの使い道は、私の拘束ではないの?

 

「……僕は後悔する時もあったんだ。僕が、君が消えたことを暴いたが為に、父上は窶れてしまったからね」


 知らないままの方が幸せなことも、あるにはある。


「君は此処で、父上と暮らすんだ。子爵令嬢(レルヒェ)としてね」




(――そろそろ、暴れてもいいかな……)


 そんな思いがよぎって、溜め息をつく。


「子爵令嬢として暮らしてもらう」と言った通り、グートは私に家庭教師を付けてきた。

 スケジュールがぎっちり決められて、1人になる時間がない。ただ日々だけが繰り返し過ぎていく。


 なるべく穏便に逃げたかったのに、これでは人質(メイド)の懐柔も難しい。


 単純に逃げるだけなら、いつでもできる。

 人質(メイド)の安全と、グリゼルダに手を出させないようにさせるのが難しいから、逃げ出せない。


 眠れぬ夜が更けていく。


 本来ならバルコニーへと出られるはずの、開かない硝子戸。

 側に寄り、夜空に浮かぶ青い月を見上げる。

 硝子戸に触れた指先から染み込んでくる、夜の冷気。


「リーリエ」


 久し振りに呼ばれた、私の名前。

 

 硝子戸越しに向かい合う銀髪碧眼の男。

 全く気配を感じなかった。


「エルンストさん!? 何で」

「そろそろ、君が大暴れしそうだと判断した」


 当たっていただろう? と見透かしたように笑う。


「よく、ここまで」

「私は、認識阻害魔法は得意な方だ」


 エルンストは、アインホルン公爵直属の騎士。

 子爵家の私兵よりも、優秀らしい。


「何度も、君への面会を申し込んでいるんだが。どうにも通らなくてこうなった」


「軟禁されているの。私が逃げると罰されるメイドがいるのよ。それに、グリゼルダだって――」


「黒い森の魔女殿ならば、心配ない。彼女はヴァルトバーデンの庇護下に入った」

「ヴァルトバーデン?」


 どこかで聞いたことがある家名。


「領地に黒い森を持つ、男爵家だ」

「……ギルド長」


 ギルド長の名前は、フォアムント・ヴァルトバーデン。

 グリゼルダは、男爵家の三男、と言っていた。

 見返りが何かはわからないけど、ギルド長はグリゼルダの為に実家の力を借りたらしい。


「よかった。グリゼルダが安全なら、それが聞けただけで充分」

「……逃げる気はないのか?」

「言ったでしょ。私が逃げると、罰される人質(メイド)がいるの」


「君らしいな。君は魔物に襲われている冒険者を助けに行くし、他人を巻き込まないように魔力喰らいでさえ単身で渡り合う」


 思いの外、優しい青い目。


「貴方は騎士なのに、私を逃がしていいの?」


「我が主は、カナーリエン子爵ではない。そもそも、君を子爵邸に連れて行くのも、まずは本当に君が子爵令嬢(レルヒェ)かの確認が目的だった。我が主へは、君がまた望まぬ拘束を受けていると、正式に報告する」


「……そうしたら、帰れる?」


 いくら魔力が強くとも前世の記憶があろうとも。

 本物の貴族相手に15歳の小娘ができることなど大してない。


「君の言質は取った。私は、騎士だ。己の正義に忠実であろうと思っている」

お読みいただき、ありがとうございました!

次回は明日、【夜20時20分】に更新します。

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