09.軟禁
カナーリエン子爵が私に伸ばした手。
その手を突っぱねて帰ることを、子爵は許さなかった。
軟禁。
幽閉の時とは違い、雲雀の部屋からは出られる。
グートが「それでは、あの時の繰り返しになります」と諌言したから。
ただし、監視付き。
「逃げるようなことはお勧めしないよ。その子が罰を受けることになるからね」
グートが警告しながら新たに追加されたメイドに目を遣る。
この男が持つ善人の顔の下には、冷徹な貴族の顔が隠れている。
追加されたメイドは随分若い。たぶん私と変わらない。
そして明らかに私に怯えている。
何でよ、と思って理解する。
(この白髪か)
ここでは、白髪は忌み子。
しかも、ここまで育った忌み子なぞ、滅多にお目にかかれないに違いない。
「君は何故、子爵令嬢という立場を受け入れないんだい? 悪い話ではない筈だよ」
「――私は、黒い森の魔女の娘」
私が居る場所は、ここではない。
あのメイド以外も、私を見る目は幽霊か幽鬼を見るよう。
歓迎なんてされていない。この数刻で、それは充分にわかっている。
私のおうちは、黒い森の庵。
「会うのは一度だけ。すぐに帰ると約束したわ」
「当主の意向には逆らえない」
詰める視線をぶつけても、グートは肩をすくめるだけ。
私は舌打ちをぐっと我慢する。
あぁ、だけど――
ここには、私の舌打ちにデコピンしてくれる優しい人はいない。
◇
私が逃げるとメイドが罰を受ける。
それなら一緒に逃げれば罰は受けない。
――私に怯えるあのメイドは嫌がるだろうけど。
(グートは、あのメイドの家族にまで手を出すかな?)
雲雀の部屋の扉を自分で開ける。
扉を開けたすぐそこには、子爵家の私兵が2人。
「お嬢様、如何なされましたか」
「暇なの」
私付きのメイドたちは話し相手にはならなかった。
逃げるのに有用な情報など、手に入るべくもない。
(ならば、自分で探すまで)
私兵を無視して、調度品が飾られた廊下を勝手に進む。
「お嬢様、どちらへ」
「私が昔いた部屋」
3階への階段を見つけ、上っていく。
目指すは、北の角部屋。
階段を上りきって、ふと見上げた壁。
「父上と――君の母上のマイブルーメン様だよ」
いつの間にか、グートがいた。
琥珀色の髪に夜の青のような目を持つ貴族男性と、淡い金髪に水色の目を持つ貴婦人の肖像。
絵の中の2人は、とても仲睦まじく寄り添っている。
そして、私の母だという貴婦人は、本当に私とよく似ていた。吐き気がするほどに。
(……これだけ似ていたら、白髪の私は、まるでこの人の亡霊のようでしょうね)
「ところで、君は何故、此処に?」
「……昔の私の部屋を見てみたくて」
「ああ、その部屋は封鎖してある。中には入れないよ」
封鎖。穏やかじゃない言葉。
私が逃げただけで?
「貴方、白髪の忌み子の由来は知っている?」
「由来? 魔力暴走を起こしやすいとか、あとは君と同じような理由じゃないかな」
白髪の忌み子は不幸を運ぶ。
私は、母の命を奪って生まれてきた。
「貴方は、白髪の忌み子を子爵邸に入れることに抵抗はなかったの?」
「抵抗よりも先に、同情が来たからね」
確かにグートは、私に同情している、と言っていた。
「明日からは、父上も食事を共にできそうだよ。父上の気力の宿った目を見たのは久し振りだ。君には感謝している」
「……」
グートの表情からは、私への感謝と子爵への親慕の情が読み取れる。
だけど、その気力とやらの使い道は、私の拘束ではないの?
「……僕は後悔する時もあったんだ。僕が、君が消えたことを暴いたが為に、父上は窶れてしまったからね」
知らないままの方が幸せなことも、あるにはある。
「君は此処で、父上と暮らすんだ。子爵令嬢としてね」
◇
(――そろそろ、暴れてもいいかな……)
そんな思いがよぎって、溜め息をつく。
「子爵令嬢として暮らしてもらう」と言った通り、グートは私に家庭教師を付けてきた。
スケジュールがぎっちり決められて、1人になる時間がない。ただ日々だけが繰り返し過ぎていく。
なるべく穏便に逃げたかったのに、これでは人質の懐柔も難しい。
単純に逃げるだけなら、いつでもできる。
人質の安全と、グリゼルダに手を出させないようにさせるのが難しいから、逃げ出せない。
眠れぬ夜が更けていく。
本来ならバルコニーへと出られるはずの、開かない硝子戸。
側に寄り、夜空に浮かぶ青い月を見上げる。
硝子戸に触れた指先から染み込んでくる、夜の冷気。
「リーリエ」
久し振りに呼ばれた、私の名前。
硝子戸越しに向かい合う銀髪碧眼の男。
全く気配を感じなかった。
「エルンストさん!? 何で」
「そろそろ、君が大暴れしそうだと判断した」
当たっていただろう? と見透かしたように笑う。
「よく、ここまで」
「私は、認識阻害魔法は得意な方だ」
エルンストは、アインホルン公爵直属の騎士。
子爵家の私兵よりも、優秀らしい。
「何度も、君への面会を申し込んでいるんだが。どうにも通らなくてこうなった」
「軟禁されているの。私が逃げると罰されるメイドがいるのよ。それに、グリゼルダだって――」
「黒い森の魔女殿ならば、心配ない。彼女はヴァルトバーデンの庇護下に入った」
「ヴァルトバーデン?」
どこかで聞いたことがある家名。
「領地に黒い森を持つ、男爵家だ」
「……ギルド長」
ギルド長の名前は、フォアムント・ヴァルトバーデン。
グリゼルダは、男爵家の三男、と言っていた。
見返りが何かはわからないけど、ギルド長はグリゼルダの為に実家の力を借りたらしい。
「よかった。グリゼルダが安全なら、それが聞けただけで充分」
「……逃げる気はないのか?」
「言ったでしょ。私が逃げると、罰される人質がいるの」
「君らしいな。君は魔物に襲われている冒険者を助けに行くし、他人を巻き込まないように魔力喰らいでさえ単身で渡り合う」
思いの外、優しい青い目。
「貴方は騎士なのに、私を逃がしていいの?」
「我が主は、カナーリエン子爵ではない。そもそも、君を子爵邸に連れて行くのも、まずは本当に君が子爵令嬢かの確認が目的だった。我が主へは、君がまた望まぬ拘束を受けていると、正式に報告する」
「……そうしたら、帰れる?」
いくら魔力が強くとも前世の記憶があろうとも。
本物の貴族相手に15歳の小娘ができることなど大してない。
「君の言質は取った。私は、騎士だ。己の正義に忠実であろうと思っている」
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次回は明日、【夜20時20分】に更新します。




