表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/37

08.レルヒェ

 そのまま馬車に連れて行かれ、私は出立となった。

 グリゼルダは黒い森の庵で見張りをつけられている。


「……俺も、途中まででも一緒に」

「すぐ帰るから。()()()()()()()()は、お母さんの側にいて」


 立場上、見届け人をしているギルド長の、心配を隠せていない声。

 背中を向けたままの私が初めて呼ぶ、ギルド長の名前。


 ギルド長がぐっと言葉を詰まらせる。


「私は、カナーリエン子爵邸まで同行する」


 エルンストは、アインホルン公爵直属の騎士。

 私が子爵邸に到着するのを見届け、その後に報告に向かうらしい。




 カナーリエン子爵領。

 私が生まれ幽閉されていた邸に着き、私は馬車を降りた。


(……こんなところだったの)


 ちゃんと見るのは初めて。

 見上げるほどの大きさは、黒い森の庵の比ではない。

 だけど、ここには懐かしさも温かさも感じなかった。


 グートに邸の中を案内されて進む。


「……さっさと子爵に会って、帰りたいんだけど」

「旅の汚れを落とさずに会うつもりかい? それに、父上の体調もある。まずは、ゆっくりしてほしい」


 邸で私に与えられた部屋は、幽閉されていた所よりもはるかに上等なもの。


 小さな子が喜びそうな大きなぬいぐるみ。

 それが幾つもベッドやソファーに鎮座している。

 クッションや寝具はレースやフリルに溢れ、家具、調度品は小鳥モチーフの装飾で揃えられている。


 その小鳥は雲雀(レルヒェ)

 お前はレルヒェだ、と言われているようで気分が悪かった。


「気に入ってくれたかい?」

「全然」


 ニコリともしない私に苛立つ様子を見せることもなく、グートは勝手に説明してくる。


「僕は、子どもっぽすぎると言ったんだよ。だけど父上は聞かなくて」

「私は()()()()


 その一言で、グートは黙る。


 やがて溜め息と共に言葉を吐き出す。


「……君は信じないかもしれないが、僕と父上が君を探し始めたのは、昨日今日の話ではないんだよ」


 返事をしない私に構わず、グートは続ける。


「僕が子爵家の養子になって、後継教育が進んでからだから……もう、5年になる」


「……5年? もう死んでいるものだと諦めなかったの?」


 さすがに驚いた。


「そうだよ。カナーリエン領内を探し尽くして、アインホルン公爵を頼った。失って初めて気づく、ってやつだね。父上は失って初めてレルヒェを娘として受け入れられたんだよ。愛しい妻の忘れ形見。それを長年幽閉して、挙句失った。父上は、今度はその事実を受け入れられない」


 だからレルヒェを諦めることは絶対にない、と断言する。


 目眩がした。

 これは、相当に厄介な御仁じゃないの。


「僕はこれでも君に同情しているんだ。不要な者扱いは、僕も経験済みだからね」


「……だったら」


「僕は四男でね。跡取りの長男、スペアの次男、三男。両親は娘が欲しくて4人目まで頑張ったから、4人目の息子の僕は明らかに不要だったんだよ。養子の話がこなければ、下手をしたら路頭に迷ったかもしれない」


「……不幸の自慢大会をする趣味はないわ」

「君は年齢の割に大人びているね。ならば、自分が居るべき場所は理解出来ている筈だよ」


「私は――」

「君はレルヒェ。カナーリエン子爵令嬢だ」



 子爵に対面が叶ったのは、邸に到着した翌日。


 レースのカーテンを通った柔らかな光が差す、子爵の寝室。

 本来なら当主のものらしく重厚な雰囲気がある部屋。

 どことなく全てが色褪せて見える。


 そのベッドの上で身を起こし、私を見つめて体を震わせる、顔に深いしわが刻まれた男。


 グートも同席し、私が初めて見た実父の顔。


「……あぁ、何という事だ。(ブルーメ)に生き写しだ」


 私は亡き母に本当によく似ているらしい。


 子爵が流す歓喜の涙。

 白髪(しらが)交じりの琥珀色の髪に夜の青のような目。

 私よりも、グートの方が親子のように見える。


「今までつらい思いをさせて悪かった。愛している。これから仲良く暮らそう」

「すぐ帰る約束で来たの」


 ベッドの上から伸ばされる手。

 私に届く前に、ぴたりと止まる。


 正直に言って、私には何の感慨も湧いていない。

 目の前の(やつ)れた男が、実の父だという実感もない。


「……やはり、恨んでいるのか?」


 逆に、恨まれていないと思っていたのかと聞きたい。

 感動の親子の対面でも、夢想していたの?


「……恨みを抱えて生きてきたわけではないわ。ただ、赦せるかといえば、赦せない。貴方を父と思えるかと言われたら、思えない」


 私が吐き出す毒に、子爵の顔が歪んでいく。


「……だけど、私が苦しんだのと同じ5年間。貴方も苦しんだのなら、もういいわ」


 後悔、悲しみ。

 あらゆる負の感情は、抱き続けるのに思いの外エネルギーを使う。

 それに、私はグリゼルダと出会えて幸せだから。


 グートが現れなければ、一生、会うことはなかった父親。


「お元気で」


 扉へと一歩踏み出した私の背中に、荒らげられた子爵の声がぶつけられる。


「私の元を去ることは許さん! レルヒェを部屋から出すな!!」

お読みいただき、ありがとうございました!

次回は明日、【夜20時20分】に更新します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ