08.レルヒェ
そのまま馬車に連れて行かれ、私は出立となった。
グリゼルダは黒い森の庵で見張りをつけられている。
「……俺も、途中まででも一緒に」
「すぐ帰るから。フォアムントさんは、お母さんの側にいて」
立場上、見届け人をしているギルド長の、心配を隠せていない声。
背中を向けたままの私が初めて呼ぶ、ギルド長の名前。
ギルド長がぐっと言葉を詰まらせる。
「私は、カナーリエン子爵邸まで同行する」
エルンストは、アインホルン公爵直属の騎士。
私が子爵邸に到着するのを見届け、その後に報告に向かうらしい。
◇
カナーリエン子爵領。
私が生まれ幽閉されていた邸に着き、私は馬車を降りた。
(……こんなところだったの)
ちゃんと見るのは初めて。
見上げるほどの大きさは、黒い森の庵の比ではない。
だけど、ここには懐かしさも温かさも感じなかった。
グートに邸の中を案内されて進む。
「……さっさと子爵に会って、帰りたいんだけど」
「旅の汚れを落とさずに会うつもりかい? それに、父上の体調もある。まずは、ゆっくりしてほしい」
邸で私に与えられた部屋は、幽閉されていた所よりもはるかに上等なもの。
小さな子が喜びそうな大きなぬいぐるみ。
それが幾つもベッドやソファーに鎮座している。
クッションや寝具はレースやフリルに溢れ、家具、調度品は小鳥モチーフの装飾で揃えられている。
その小鳥は雲雀。
お前はレルヒェだ、と言われているようで気分が悪かった。
「気に入ってくれたかい?」
「全然」
ニコリともしない私に苛立つ様子を見せることもなく、グートは勝手に説明してくる。
「僕は、子どもっぽすぎると言ったんだよ。だけど父上は聞かなくて」
「私はリーリエ」
その一言で、グートは黙る。
やがて溜め息と共に言葉を吐き出す。
「……君は信じないかもしれないが、僕と父上が君を探し始めたのは、昨日今日の話ではないんだよ」
返事をしない私に構わず、グートは続ける。
「僕が子爵家の養子になって、後継教育が進んでからだから……もう、5年になる」
「……5年? もう死んでいるものだと諦めなかったの?」
さすがに驚いた。
「そうだよ。カナーリエン領内を探し尽くして、アインホルン公爵を頼った。失って初めて気づく、ってやつだね。父上は失って初めてレルヒェを娘として受け入れられたんだよ。愛しい妻の忘れ形見。それを長年幽閉して、挙句失った。父上は、今度はその事実を受け入れられない」
だからレルヒェを諦めることは絶対にない、と断言する。
目眩がした。
これは、相当に厄介な御仁じゃないの。
「僕はこれでも君に同情しているんだ。不要な者扱いは、僕も経験済みだからね」
「……だったら」
「僕は四男でね。跡取りの長男、スペアの次男、三男。両親は娘が欲しくて4人目まで頑張ったから、4人目の息子の僕は明らかに不要だったんだよ。養子の話がこなければ、下手をしたら路頭に迷ったかもしれない」
「……不幸の自慢大会をする趣味はないわ」
「君は年齢の割に大人びているね。ならば、自分が居るべき場所は理解出来ている筈だよ」
「私は――」
「君はレルヒェ。カナーリエン子爵令嬢だ」
◇
子爵に対面が叶ったのは、邸に到着した翌日。
レースのカーテンを通った柔らかな光が差す、子爵の寝室。
本来なら当主のものらしく重厚な雰囲気がある部屋。
どことなく全てが色褪せて見える。
そのベッドの上で身を起こし、私を見つめて体を震わせる、顔に深いしわが刻まれた男。
グートも同席し、私が初めて見た実父の顔。
「……あぁ、何という事だ。妻に生き写しだ」
私は亡き母に本当によく似ているらしい。
子爵が流す歓喜の涙。
白髪交じりの琥珀色の髪に夜の青のような目。
私よりも、グートの方が親子のように見える。
「今までつらい思いをさせて悪かった。愛している。これから仲良く暮らそう」
「すぐ帰る約束で来たの」
ベッドの上から伸ばされる手。
私に届く前に、ぴたりと止まる。
正直に言って、私には何の感慨も湧いていない。
目の前の窶れた男が、実の父だという実感もない。
「……やはり、恨んでいるのか?」
逆に、恨まれていないと思っていたのかと聞きたい。
感動の親子の対面でも、夢想していたの?
「……恨みを抱えて生きてきたわけではないわ。ただ、赦せるかといえば、赦せない。貴方を父と思えるかと言われたら、思えない」
私が吐き出す毒に、子爵の顔が歪んでいく。
「……だけど、私が苦しんだのと同じ5年間。貴方も苦しんだのなら、もういいわ」
後悔、悲しみ。
あらゆる負の感情は、抱き続けるのに思いの外エネルギーを使う。
それに、私はグリゼルダと出会えて幸せだから。
グートが現れなければ、一生、会うことはなかった父親。
「お元気で」
扉へと一歩踏み出した私の背中に、荒らげられた子爵の声がぶつけられる。
「私の元を去ることは許さん! レルヒェを部屋から出すな!!」
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次回は明日、【夜20時20分】に更新します。




