48.百合と雲雀
百合と雲雀の精緻な刺繍、ふんだんに散りばめられた真珠。
目の前のそれを見て、ごくりと唾をのみ込む。
「お、重そう……」
「見事な出来だ。リーリエによく似合う」
「結婚式当日は、この重たい布の塊の下に、さらにコルセットとパニエを身につけるのよね?」
「いかにも。コルセットは私も苦手だったが、こればかりはしょうがない」
本縫いが終わり、子爵邸に運び込まれた私のウェディングドレス。
パパとグートが支払ったであろう金額よりも、その重量に慄く。
グートが結婚式タイムアタックで説明した「新婦入場は身体強化魔法をかけて」が、物凄いリアリティをもつ。
「これから試着して、特に問題がなければこれでドレスは完成だよ」
「え!? これから着るの!?」
「勿論。何の為に、結婚式の一月前に納品されていると思ったんだい?」
「う」
「僕は父上と、衝立の向こうで待っているから」
「レルヒェのウェディングドレス姿を一番に見るのは、父親である私だ」
「父上、それは夫である僕の特権では」
2人とも、いの一番に見たいらしい。
「……それなら、頑張るわ」
――1時間後。
仕立て屋の指示の元、お母さんも加わって数人がかりで完了した着付け。
「おお、レルヒェ! 完璧な淑女だ! 妻に見せたかった……!」
「……想像以上だ。君はとても美しいよ」
お母さんに促され、衝立からそっと姿を出した途端。
涙を浮かべたパパの絶賛。
目に熱を宿して褒めてくれるグート。
私はえへへ、とはにかむ。
お母さんを振り返れば、優しい微笑。
今の私は間違いなく、世界一幸せな花嫁のたまご。
「では、このままダンスの練習へと移るよ。新婦入場の練習だと思って、サロンまで僕と腕を組んで移動してくれるかい?」
「え!? 踊るの!? この格好で!?」
「当日の説明はしたはずだよ。ファーストダンスは、ウェディングドレスのまま踊る」
「そうだった!!」
確かに、この重量、トレーンの長さでは、練習なしには不可能。
私は体幹には自信があるけど、ステップはちょっと。
(結婚式って、こんなに大変なのね……)
遠い目になったまま、私はサロンへと連行されていった。
◇
結婚式は、私の3月の誕生日。
書類上では、グートと夫婦になってもうすぐ2年。
だけど、私たちが始まったのは、あの仮縫いの日。
今日、この日に――
私は18歳を迎え、グートの妻になる。
空高く鳴く雲雀たち。
祝福の声が降る賑やかな朝。
「リーリエ。今日はお寝坊は許されない」
「……うう。もう起きてるもん……!」
いつもより早く起こされて、地獄のヘアセットとメイクを施され、さらに時間をかけてされるウェディングドレスの着付け。
お母さんも同じ部屋で自分の身支度をしつつ、着付けを手伝ってくれている。
最後に私のベールをゆっくりと下ろしていくお母さんの指先。
ベール越しにもわかる、潤んでいる緑の目から零れ落ちた一粒の涙。
「……リーリエ、幸せに……」
「うん」
頷いたところでノックされる部屋の扉。
目に飛び込んでくる、グートの正装姿。
「……ちょっと待って」
聞いてない! 聞いていない!
「……グートが、カッコよすぎる……!」
グートが着ているのは、肩から金の飾り紐をつけた濃紺の軍服。
胸元に並ぶ色鮮やかな勲章。
肩から斜めにかけられる飾帯。
「白い礼服だと思っていたのに!」
無言で私を見つめていた表情がふっと緩む。
悪戯成功の顔。
「惚れ直して貰おうと思ったからね」
「またハメられた……!!」
◇
馬車で移動したカナーリエン領内の大教会。
扉が開けば、ステンドグラスから色鮮やかな光が降り注ぎ、鳴り響くパイプオルガンの厳かな音。
教会のベンチは両側とも、招待客で埋まっている。
「ふぅ。――よし、行くわよ」
「勇ましいね。君はとても美しいよ」
身体強化魔法をかけた、私とグートの入場。
バージンロードを滑らかかつ速やかに進み、あっという間に到達する祭壇。
頭の中で、既にタイムアタック開始のゴングは鳴っている。
聖典を片手に持つ司祭の朗読が始まった。
(早い。早すぎるっ……!)
体感で3倍速。
続く、司祭の見せ場である新郎新婦への説教。
早口言葉が一旦落ち着き、説き聞かせるものへと変わる。
「愛は罪深く、ゆえに尊いもの。かたちの見えぬものだからこそ、救済がある。このことを忘れぬように」
(1文じゃなかった)
この後は、誓いの言葉。
またしても光る司祭の高速朗読。
(え? お口に身体強化魔法をかけてるの?)
「それでは、愛を――」
「「誓います!!」」
2人同時に被せて誓い、説教が伸びた分の時間を削り取る。
「こほん、それでは指輪の交換を」
グートと私の薬指にずっとはまっていた結婚指輪。
小さい真珠と菫青石。
それは私たちの指から外され、預けられている。
グートの手が私の左手を恭しく取り、すぱんっ、と外されるロンググローブ。
ただの布切れと化したそれを、介添人が受け取る。
引き攣っている司祭の顔。
聖職者の矜持も限界が近いらしい。
私たちの薬指に戻ってきた結婚指輪。
指に感じるその存在がとても愛おしい。
「――神の前での誓いは立てられました」
私のベールを上げるよう、立ち直った司祭が促す。
誓いのキス。
人前では恥ずかしい! とごねた私の希望で、ほぼ寸止めで掠めただけの唇。
この後は、即退場。
私はさっと視線を走らせる。
最前列に座る、パパとお母さんたち。
正装したパパにある、当主としての格と威厳。
親馬鹿をしまってちゃんと貴族らしく振舞っている。
だけど、その目にあるのは光るもの。
ドレス姿のお母さんを見つけて、私の顔が綻ぶ。
(ん? お母さんの隣は誰?)
艶のある焦げ茶の髪と目をもつ男――
(フォアムントさん!?)
髪を撫でつけ無精髭を剃り、仕立てのよい正装に身を包んで、新婦両親席にお母さんと並んで座っている。
全然わからなかった。なんてこと。
(フォアムントさんの本体は、無精髭の方だったなんて!)
グートのエスコートで風の如く目指す扉。
目の端を流れる着飾った参列者たちの驚きと戸惑い。
わかる。
扉の外には、次期領主である若君の結婚式を祝いに集まった市井の人々。
最前列に目当ての2人を見つけて、ブーケを全力で投げる。
超高速ストレートの弾丸ブーケトス。
「フロイ、鼻血は我慢してて!!」
狙いが少し逸れたブーケ。
フロイの隣に立つスボルが難なくキャッチして、何かを言いながら手渡す。
感動の涙が引っ込んで、ぶわっと茹で上がるそばかすの散った頬。
(恋のキューピッド作戦、成功!!)
にんまりした灰眼が見つけた、見知った子どもたち。
私は軽く手を振って、グートと共に馬車へと乗り込み教会を後にした。
お読みいただき、ありがとうございました!
次回は明日、【夜20時20分】に更新します。




