46.相談
「黒い森の庵へ帰るわ」
「そろそろ、そう言うと思っていたよ。ただ、年が変わる前にはもう一度帰って来てくれるかい」
「……そうだな。その時には黒い森の魔女殿も一緒に」
私を引き留めなかったグートとパパ。
グートは婚姻当初に交わした約束を、パパもアインホルン公爵に誓った言葉を守っている。
結局、私はグートに告白しないまま。
◇
黒い森の冒険者ギルド。
男たちの話し声、武器や防具の擦れる音の中、受付カウンターの整理をしている猫背。
「ねぇ、スボルはフロイに告白したの?」
ばさぁっ、と床に散らばる討伐依頼書。
手に持っていた紙の束を盛大に落とし、スボルが固まる。
私は大真面目。
「ねえってば」
「……………………」
スボルが貝になった。
全ての音が消えたギルド内を振り返り、灰眼が狙いを定めたのはいつもの冒険者。
「ねぇ、貴方は何て告白したの?」
「は、はは。何言ってんだぁ? 浮気されて乱心したかぁ? ……ぐっ」
笑って誤魔化そうとした男が床に沈む。
「じゃあ、次は――」
「「「……うわああぁっ!」」」
男を沈めて視線を動かすと、ギルド内にいた冒険者たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。
――相談相手がいなくなってしまった。
冒険者ギルドを出て、黒い森の庵に足を向ける。
(お母さんなら、絶対に相談に乗ってくれる……)
それは、わかっている。
(だけど……恥ずかしい)
そこで、ぴこん! と閃く。
くるりと向きを変えて、再び冒険者ギルドの扉を開く。
スボルがぎょっとした顔をするけど、無視してお願いする。
「魔力通話装置、貸してくれる?」
「……ギルド長室だから、勝手には」
「なんだ、どうした?」
タイミング良くフォアムントさんが出先から戻ってくる。
ギルド内を見て首を傾げる、無精髭。
「……なんだ? 今日はやけにすっきりしているな……」
「フォアムントさん。お母さんには、なんて告白したの?」
「こ!?」
「あと、魔力通話装置貸してほしいの」
「あ、ああ。それなら――」
フォアムントさんについて入る、ギルド長室。
「ほら、使っていいぞ」
「その前に、告白の仕方を教えてくれる?」
「なんなんだ、さっきから」
「……難易度が高すぎて」
「……そういうことか。成程な」
私の様子に、何かを察してくれたらしい。
フォアムントさんが、残念な子を見る目でつく溜め息。
「俺は一目惚れした直後に、呼び捨てで呼んでくれ、と頼み込んだな」
(ああ、だから)
お母さんは、フォアムントさんと出会った頃から呼び捨てで呼んでいる。
今日初めての、答えらしい答え。
さすがギルド長。
「じゃあ、魔力通話装置借りるわ。――もしもし、お母さん?」
ガタッ
ギルド長席に座るフォアムントさんが、視界の端でがくっとなっている。
「グートにかけるんじゃないのか!?」
「しーっ。面と向かって相談するのが恥ずかしいのっ」
「俺には聞いているのにか!?」
「静かにしてってば」
黒い森の庵と冒険者ギルドに、魔力通話装置があってよかった。
◇
季節はあっという間に過ぎてゆく。
カナーリエン領で霜が降りる前に行う、ブルーロータスの球根回収も無事に終わっていた。
「…………」
「年が変わる前には、もう一度帰って来てほしい」と言われた通り、私は子爵邸に来ている。
「…………」
「お嬢様、そのまま動かないでくださいね」
仕立て屋の指示に従い、2人のお針子がピンで留め、チャコペンで印をつけていく。
「…………」
私は、さっきから半目で無言。
今は、夏に採寸したドレスの仮縫いの最中。
付き添ってくれているのは、お母さん。
「リーリエ。既に1時間半は経つが、休憩を入れるか?」
「……だいじょーぶ。一気に終わらせるほうが楽」
私が半目で無言なのは、疲労のせいではない。
「お母さん。これ、本当にデビュタントドレス?」
私の疑問に、仕立て屋とお針子たちの手が一瞬止まって、また動き出す。
なんかもう、今のでわかった。騙された。
「……これ、ウェディングドレスよね?」
ドレスと揃いで誂えられるロンググローブとベール。
「いかにも。私から見ても、ウェディングドレスで間違いない」
「グート……ッ」
やられた。
まだ告白もできていないのに、外堀を埋め尽くされている。
「だが、リーリエはグートのことが好きなのだろう? ここは甘えてドレスを作って貰うといい」
「……でもっ。そうしたら結婚式になっちゃうっ」
「最短ルート攻略なのだろう?」
「――あああっ、違う名前のお披露目って!!」
完璧にハメられた。
「そういえば、デザイン画は見ていないが」
「デザイン画は、若君様と春先から詰めて既に決定済みでして」
春先って。
リンドヴルムから帰ってすぐじゃん。
いつから準備してたの怖い。
「今なら、少しの変更でしたらご相談承ります。例えば、お胸元のフリルを増やすとか」
「お願いします!」
仕立て屋の提案に食い気味に即答する。
結婚式が、避けて通れない道ならば――
せめて、1番可愛い私を見てほしかった。
お読みいただき、ありがとうございました!
次回は明日、【夜20時20分】に更新します。




