↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/50

45.敵前逃亡

 遊戯室で興じる、グートとのチェス。


「あ、駄目! 待って!」

「レルヒェ、またかい?」


 私は弱い。

 どんどん消えていく、私の白い駒。


 グートは強い。

 私が白い駒を置き直すと、すぐに自分の黒い駒を進めてくる。


(これがオセロなら、もっといい勝負ができたはず……!) 


 次の一手を考えていた頭に浮かぶ、チェスとは全く関係ないこと。

 打開策が見えない戦況での、現実逃避。


「フェアケールスの魔法使いの名前がね、貴方によく似ていたの」


 刺青と目つきの悪いオッドアイ。

 見た目よりも優しい魔法使いの男。


「ヴートって名前。貴方とよく似てるでしょ?」

「そうだね」


 促されて動かす、白い駒。

 青い目はその白い駒を見つめて、手に取った黒い駒は持ったまま。


「……グート?」

「僕は、自分の名前が嫌いだったんだよ。兄3人と比べて、平民のような名前だ」


 グートが漏らすコンプレックス。

 いつも年上らしく余裕があるのに、珍しい。


「長兄は、富める者であれ。次兄は、勇敢な者であれ。末兄は、知恵が回る者であれ。――僕は良い子(グート)であれ。つまり、迷惑をかけるな、ってことだよ」


 グートは出会った頃、「不要な者扱いは、僕も経験済み」だと言っていた。

「養子の話がこなければ、下手をしたら路頭に迷ったかもしれない」とも。


「それなのに、君に初めて名前を呼んでもらえたときは、とても嬉しかったんだよ。それからかな、自分の名前を悪くないと思えたのは」


 進められる黒い駒。

 次の一手も、グートにかける言葉も八方塞がり。

 盤上の白い駒はまるで、私。


「だが、僕は、自分の子どもには貴族らしい名前を贈りたい。子どもが何人生まれても。全ての子どもに、平等に」


 グートの表情がふっと柔らかくなり、浮かぶ悪戯っぽい色。

 私を真っ直ぐに捉える青い目。


「レルヒェは、子どもは何人欲しいかな?」

「え!? 私!?  子ども!?」

「そうだよ。僕と君の子ども。何人――」

「知らないっ! ばかっ!!」


 私が立ち上がった拍子に倒れる椅子。

 盤面の横に綺麗に整列していた白い駒が乱れ、数個の黒い駒が転がり落ちる。

 それらの音を背中に飛び出す遊戯室。


 傍に控えるフロイが鼻血を流していたのは、見なかったことにした。

 


 雲雀の部屋に飛び込んで、その勢いのままフリル溢れるベッドへとダイブする。

 ぼふんっ、と私を受け止めたシーツの上に広がる白髪(はくはつ)


 そのまま手探りで大きなぬいぐるみを抱え込み、いつもいい匂いのするもふもふに顔を埋める。


(ああああああ……っ!!)


 グートは、()()を確信している。


 リンドヴルムからの帰り道。

 私がグートへの初恋を自覚した、あの時の馬車の中はよく覚えていない。


 子爵邸に帰ってからは、恋心を直視しないよう誤魔化していた。


「君が僕に恋をしていないことくらいわかっている」、「君の気持ちが僕に向くまで待つ」と、言っていたのに。


 ここ最近のグートの態度や触れ方は――

 絶対に、()()を確信している。



 入室を求める扉を叩く音。

 こたえると、フロイが静かに入ってくる。


「お嬢様、お茶をご用意しますか?」

「……お願い」


 グートに処置してもらったのか、フロイに鼻血の跡は全くない。よかった。


「……ねぇ、フロイ。私、グートのことが、その、す、好き、みたいで」

「わかっています知っています邸の者全員知っています」

「ぶっふぉお!」

「お嬢様!?」

 フロイの早口突っ込みに、私は盛大に紅茶を吹き出す。鼻が痛い。


 両手を振り回してあわあわと慌てるフロイを止めて、自分で清浄魔法をかけて綺麗にする。


「……私、どうしたらいいの?」


 道に迷った幼子のように小さな呟き。

 お母さんは、ここにはいない。

 今、頼りになるのは目の前にいるフロイだけ。


「そうですね……やっぱり、告白するのはどうでしょうか」

「告白?」

「お嬢様は、既にグート様の()でいらっしゃいます」

「ぶっふぉお!」

 

 わかりきったことを大真面目に言われて、逆に羞恥を煽られる。

 やめて、恥ずか死ぬ。鼻が痛い。


「でも、恋人をすっ飛ばしてご婚約期間も無いに等しいご婚姻ですから! ここは、初心に戻りましょう!!」


 きらきらしているフロイの目。

 私の目は死んでいる。


「無理」

「え!? なんでですか!?」

「キマエラ倒すほうが簡単だもん」

「お嬢様!? 言っていることがおかしいです!」


 やっと向き合った初恋。

 だけど、まだまだ前途は多難。

 苦難の末に辿り着いた魔王城の前で、踵を返したくなる勇者一行の気分だった。

お読みいただき、ありがとうございました!

次回は明日、【夜20時20分】に更新します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。