43.それぞれの討伐
「お嬢様、こちらはお気になさらずに」
ブリュンヒルトの剣が、私が風魔法で切り落とした大蛇の頭にとどめを刺す。
切り落とされた頭だけでも素早く動く毒蛇にみる、この魔物が災害級と分類される一端。
(キマエラの頭は切り落とすだけでは無力化できない、それならば!)
《フルミナーレ》
機先を制して放った鋭い雷撃が、ヤギの頭を焼け焦げた粉微塵に変える。
炎のブレスを吐く前兆行動が終わらぬうちに討ち取る2つ目の頭。
これで、災害級の所以たる炎のブレスの半分は封じた。
(不意打ちできていれば、一撃で倒せていたかな?)
ライオンの頭と頑強な胴体、背中から生えたヤギの頭、そして尻尾にあたる部分は猛毒の大蛇。
ライオンとヤギの頭が吐く炎のブレスは、周囲を灼熱の地獄に変える。
(炎のブレスを避けながらでは、なかなか手強い)
森の地面は剥き出しの木の根や石が、足元の邪魔をする。
(だけど、そろそろ隙ができるはず)
毒蛇とヤギの頭を失って、1つだけになったライオンの頭。
憎しみに燃える赤い目が光る。
大きく開いた口の奥。
灰眼が捉えた渦巻く最大火力のブレス――
《アクア》
大きく開いた口の最奥に叩き込む水魔法。
ウォータージェット。
消防車の放水圧力を遥かに超える水流。
吐き出さんとする炎のブレスを押し返して、そのままライオンの頭を貫通する。
(念には念を)
《フルミナーレ》
最後に残った胴体に雷魔法を撃ち落とす。
キマエラの巨体は霧と化して、雷撃の煙が立ちのぼるあとに残るのは魔石だけ。
キマエラ討伐は、これで完了。
「お見事でした、お嬢様」
「ありがとう、ブリュンヒルト」
ブリュンヒルトの手は、乱れた私の髪を整えている。
丁寧に切り落とされていく、炎のブレスが掠めてちりちりになった毛先。
――……ッ!
遠くから微かに聞こえた不穏な音。
「魔物と戦闘が始まっています」
「――近いの?」
「領地境を越えた辺りです。いかがいたしますか?」
顔色一つ変えずに報告するブリュンヒルト。
周囲を警戒しながら私の返答を待つ、他の護衛たち。
彼らは、私の意思を尊重してくれる。
「行くわ」
◇
他領の討伐依頼は関知していないけど、人命には代えられない。
(魔物に襲われているなら、助けないと!)
キマエラは、初恋を持て余す私の尊い犠牲。
次の魔物は――
身体強化魔法をかけ、森の中を最短ルートで駆け抜けた先。
途中から折れたり切断された木々、焼け焦げた臭い、割れた地面。
戦闘の残滓。
「あれ? 終わっちゃった?」
「ああ? 終わっちゃった、ってなんだよ、お前」
「魔物に襲われているから、助けに来たんだけど」
割れた地面に片膝を立ててどさりと座り、両手を後ろについて空を仰ぐように脱力している魔法使いが振り返る。
青みがかった黒髪は無造作に掻き上げられて、首元や腕先など、服から覗く肌には不思議な模様の刺青。
タレ目なのに目つきが悪い若い男。
車輪の紋章が入ったローブを纏っている――
「あ! 貴方、ワイバーンの!」
「お前、カナーリエンの……。なんで男爵領から――ああ、あの腰抜けどもに見切りをつけたってことか。正解だと思うぜ」
彼の方も、私を覚えていてくれたらしい。
「彼らを侮辱しないで。私が行ったり来たりしているだけよ」
カナーリエンの騎士隊は、もう私自身を知ってくれている。
「そうだ、私はリーリエ。貴方は?」
「俺はヴート」
「グート?」
聞き返すと、ほんの少しだけ嫌そうな顔をする。
「誰が良い子だよ。ヴート」
「ヴートね。貴方の名前、私の――」
夫と似ているわ、と言おうとして襲ってくる、突然の羞恥心。
「わ、私の、お、おっ……、ぎ、義理のっ」
要領を得なくなった私を怪訝そうに見るオッドアイが、私の左手に光る指輪に留まる。
「なんだよ、お前の旦那と名前が似てるって話かよ?」
「う」
「何をそんなに照れてやがる、既婚者だろうが」
「うう」
「変な奴」
怠そうに立ち上がり、少し離れた所で様子を窺う仲間のところに戻って行く。
ヴートを取り囲み、ちらちらとこっちを伺う3人の若い騎士たち。
「うわ、本当に指輪してる!」
「おおっ、人妻という響きの破壊力っ」
「何でもいいから、紹介しろよ」
(フェアケールスの騎士たちも大概よね?)
ヴートの舌打ちが大きく鳴る。
「お前らがアラネアの罠にかかったことをまずは反省しやがれ! クソどもが!」
(アラネア!?)
上半身は美しい人間の女、下半身は巨大な毒蜘蛛。
糸や毒、多数の脚を用いた攻撃は、アラネアモドキと変わらない。
だけどこいつは知能を持つ。
比べ物にならない凶悪な魔物。
ヴートの青と紫のオッドアイ。
さっき見た紫の目は、ワイバーン戦の時よりも赤かった。
(もしかして、1人でアラネアと殺り合ったの?)
ヴートに近づいて、振り返った彼の額に――
ビシィッ!
「いってぇな! 何しやがる!」
「舌打ち1回で、デコピン1回」
私がお母さんとしていた約束。
私の舌打ち癖は、今はない。
「ああ!? わけわかんねぇことを――」
「うわ、ヴートに触った!」
「おおっ、手を伸ばせば触れられる距離!」
「何でもいいから、手を握らせてくれ」
わちゃつく騎士たちを見るヴートの額に立つ、はっきりとした青筋。
「黙りやがれ、3馬鹿ABC!」
(あほ、ばか、チキン……ってところかな?)
エルンストに聞かれたら、「令嬢がする言葉遣いではない」と、たしなめられる考え。
(ん?)
マントの下に見えた、3馬鹿Aの腕の違和感。
「3馬鹿Aさん。その腕」
「うわ、バレた? これはさぁ。アラネアの糸に、持っていかれちゃったんだ」
「俺の《サナーレ》じゃ、切断された腕の再生まではできねぇよ」
アラネアの糸は鋼鉄並みに強靭。
巻き付かれたら、そのまま切断される。
「う。……オレ、もう、騎士できないよなぁ」
それまでの明るさが目の光と共に消え失せる。
真っ暗闇の目。
誰であっても、こんな顔は見たくない。
(せっかく、ここまで来たんだし)
《サナーレ》
「……うわ? ええ!?」
私の白い魔力の光に包まれて、完璧に再生する3馬鹿Aの切断された腕。
(うん、上出来)
人差し指を唇に当てて、片目をつぶってみせる。
「内緒よ?」
「……お前、化け物かよ」
「失礼ね! 白衣の天使、って言いなさいよ!」
感謝ではなく、ドン引きして呟くヴート。
思わず前世の単語が出る私。
この後――
冷たい空気を纏ったブリュンヒルトが、笑顔でヴートたちに口止めを約束させていく。
その姿を、私はあたたかく見守った。
お読みいただき、ありがとうございました!
次回は明日、【夜20時20分】に更新します。




