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42.君の名は、

 新しい名前で迎えた、リーリエの5月の誕生日。


 去年の16歳の誕生日と同じ。

 お母さんが黒い森のさくらんぼケーキを焼いてくれて、私が料理を作って。

 フォアムントさんとスボルも呼んで、黒い森の庵で囲む祝の食卓。


 幸福な時間。



 違ったのは、次の日。


「リーリエ。グートから魔力通話がきている」

「ひゃん!」


 変な声出た。

 ぎくしゃくとなる私の動き。


 魔力通話装置を受け取ると、お母さんは気を利かせて庵を出ていく。


「……も、もしもし」

「ああ、レルヒェ。突然で、驚かせてしまったかな。楽しく過ごせているかい?」


 久しぶりに聴く、グートの声。

 耳から聞こえる自分の鼓動がなんだか早い。


 どう受け入れたらいいかわからない初恋。

 こうやって話すなんて、子爵邸で共に過ごしていた時よりも意識してしまう。


「え? えっと……。昨日は、誕生日を祝ってもらったの」

()()()()の誕生日は、5月だったね。覚えているよ、おめでとう」

「……ありがとう」


 リーリエ。

 グートがその名を口にするのは、初めての気がする。

 

(改名について、グートやパパは、どう思っているのかな?)


「……私、名前が変わったのだけど、知っている?」


「勿論。今の君は、リーリエ=レルヒェ・カナーリエンだ」

「……パパは? 大丈夫?」


 パパの、レルヒェへの執着はとても強い。


「父上なら、心配は要らないよ」

「本当?」


「父上が連絡をしないのは、君の黒い森での時間を尊重して、我慢をしているからだよ」


 親馬鹿のパパにとって、それはとんでもない苦行。


「父上は、父上なりに気を使って、君の邪魔をしないようにしているんだよ。僕が魔力通話したと知ったら――うわっ!?」

「レルヒェ!!」


 魔力通話装置の向こうが騒がしくなり、無意識に押し付けていた耳を直撃する大きな声。


「おお、レルヒェ! 無事か? 寂しくないか!?」

「パパ!?」


 グートを押しのけて魔力通話装置を奪うパパの様子が、手に取るようにわかる。


「――パパ。私、リーリエ=レルヒェ・カナーリエンになったの」

「……そのことならば、連絡は受けている。黒い森の魔女が望んだ……」


(やっぱり、パパは――)


「……いや。私はアインホルン公爵には感謝しなければならぬのだ……レルヒェの名を残してもらったことを。私がレルヒェにしてきた所業を考えたら、レルヒェの名を消されても、おかしくはなかった」


「パパ……」


「――レルヒェの命が守られたのは、黒い森の魔女がいたからこそだ。レルヒェの名は、(ブルーメ)が考えたもの。女の子なら、大地に縛り付けられる花よりも、空高く自由に羽ばたく小鳥の方がいい、と」


 初めて聞く、レルヒェの名付け。

「レルヒェ」は、産みの母が私に贈ってくれた名前。


「……そうだ、レルヒェが、生まれた時。ブルーメはレルヒェを見て『可愛い』と言ったのだ。そのすぐ後に、意識を失ってしまったが……。何故、その言葉を忘れてあんな事を……」


 パパの後悔。

 だけど、私の胸の中に広がるあたたかい何か。


(私は、リーリエ=レルヒェ・カナーリエン)


「……パパ。少しずつでいいから、これからもお母様のことを教えてくれる?」


「おお、おお、勿論だとも! ブルーメは教養が豊かで刺繍や詩作も得意だがそれよりも早駆けが好きで令嬢なのに身体強化魔法を使いこなし容姿は完璧な淑女だからよく見た目詐欺と――」

「待って待って! 今度、また今度! ゆっくり!!」

 怒涛のごとく話し始めたパパにストップをかけて、終了した通話。


 パパの中にある愛しい妻の面影は、きっと永遠に色褪せることがない。

 今この瞬間も鮮明に、その在りし日の美しい姿が眼前に浮かんでいる。


(……なんか、聞き捨てならない言葉があったけど)



 いつものように依頼を受けに来た、冒険者ギルド。


 スボルがいる受付ではなく、ギルド長室でフォアムントさんと向かい合う。


「アンベーテンさんは、ドラゴン討伐させてくれたのに」


 私のむくれ顔とは対照的な、フォアムントさんの呆れ顔。


「アンベーテンの奴……。リーリエ、お前はアンベーテンに何をしたんだ」

「……足をちょっと治してあげただけよ」


 さすがに、その方法を詳しくは言いづらい。


(《生命の水(アクア・ウィータ)》をかける前に、ちょっと足を切り落としてみただなんて)


「それは知っているさ。なんで、あいつはあんなに気持ち悪くなったんだ」

「言わないでっ。私も同じことを思っているんだからっ」


 アンベーテンは、彼の足を治した私のことを「白百合の天使」と呼んで崇拝してくる。

 どんどん増していく、私に向けられる瞳の輝度。ぺかぺかときらきらしい。


「……そんな都合よくドラゴンがいるか。キマエラで我慢しておけ」


 溜め息とセットで出された代替案。

 キマエラも、ドラゴンのように炎のブレスを吐く。


(仕方がない。時には妥協も大切よね) 


「但し、今回はスボルは出せないぞ」

「それなら、ブリュンヒルトに頼むわ」


 ブリュンヒルトは、子爵家が私に付けている護衛。

 とても美人で優秀。

 ついでに、増やされた護衛もついてくるはず。


「それじゃあ、行ってくるわね!」


 私は足取り軽く、ギルド長室を後にした。

お読みいただき、ありがとうございました!

次回は明日、【夜20時20分】に更新します。

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