41.大切なもの
庵の中に入っても、えぐえぐ泣き続ける私とフロイ。
手を焼いたフォアムントさんは、スボルを黒い森の庵に呼び出した。
庵の扉を開けたスボルが目にする光景は――
頭を抱えるギルド長、お菓子をちらつかせる黒い森の魔女、座り込み抱き合って泣く白髪の美少女とそばかすの散った小動物のような少女。
少しの間の後、中に入らず扉を閉めようとしたスボルをフォアムントさんは逃がさなかった。
「待て、俺たちを見捨てるな」
「……どういう状況ですか」
「取りあえず、泣きやませてくれ」
「……無茶振り過ぎですよ」
「私からも頼む」
「……あー」
頭をがしがしして乱れる長い前髪。
くすんだ緑がかった茶髪が、ワイルドなことになっている。
「……わかった。今夜は夜営をする」
「夜営と言いましたか!?」
即座に反応したフロイの耳。
「……黒い森の中はフロイにはキツイよな。庵の前で飯食って外で寝る」
「やりますやりますやらせてください!」
瞬時に涙を引っ込めて、食い気味に早口で賛成する。
(……フロイは冒険者に憧れていたのかもしれない)
今日の採取依頼は、ごくごく初歩のもの。
それでも自分の力で依頼を達成して見せた、輝くような笑顔。
スボルはきっと、そんなフロイに気づいていた。
(あれ? 私への配慮はどこに?)
一瞬、よぎった疑問。
だけど、喜ぶフロイを見て私の涙も止まったから――
スボルは私のこともよく理解している。
3月の夜は、真冬と何ら変わらない。
フロイは、ちょっと上質な毛皮にくるまっている。
身体強化魔法で寒さ対策の底上げができないフロイに、フォアムントさんが用意してくれたもの。
毛皮に着られている状態だけど、それが可愛らしい。
そして止まらないフロイの興奮。
「こ、これが! 本当に一瞬でスープになるんですね!」
「……何回見ても、どうなってんだか」
「ふふーん、すごいでしょ!」
いつかの夜営でスボルに作った、フリーズドライのスープ。
こんなに喜んでもらえると、披露しがいがある。
スボルは今回も、食べながら首をひねっている。
マシュマロを溶かしたホットワインを飲みながら見上げる、満天の星空。
「星が降るってこういう夜空よね」
「きれいです……」
黒に近い焦げ茶の目に星をいっぱい映して、きらきらさせて。
白く染まる小さい呟きに込められた、フロイの感動。
そばかすの散る健康的な頬は、寒さとホットワインで赤く染まっている。
「最高の思い出です、一生大切にします! ありがとうございます、お嬢様、スボルさん」
「……よかったな」
フロイは明日、カナーリエン領の子爵邸へと戻っていく。
◇
賑やかさが去って、黒い森の庵に戻った日常。
お母さんが続けていた霊薬の研究。
調合する素材を変えることで、様々な病の後遺症へ効果が期待されることがわかった。
もちろん、今回の疫病にも。
そして、お母さんは未完成の霊薬のレシピも、アインホルン公爵へと献上してしまった。
「お母さんの大切な夢なのに……」
「リーリエ。私がここまで研究を進められたのは、いろいろな人たちの協力があってこそ」
悲願をやり遂げた凛々しさと清々しさがある、お母さんの優しい微笑。
「その恩返しにも、未来のためにも。1番相応しい場所に納めたまで」
「お母さん!」
(私のお母さんは、すごいひと)
ぎゅうっと抱きつくと、お母さんも強く抱きしめ返してくれる。
私が幼い頃からずっと変わらない。
それから、しばらくして。
お母さんの後ろ盾となっているフォアムントさんの実家。
ヴァルトバーデン男爵家経由で、お母さんはアインホルン公爵から褒賞の打診を受けた。
黒い森の庵へとやってきた代理人に対する、お母さんの返答。
「富も名誉も望みません。私が望むものは、ただ1つ。リーリエを私の手元に置いておける期間を過ぎても、私と娘の絆を断ち切ることはしないで欲しい。ただ、それだけです」
「お母さんっ……!!」
血が繋がっていなくても――……
あの日、一面に広がる鈴蘭の群生地で出会った時から、私とお母さんが紡いできた母娘の絆。
子離れ親離れの時が来ても、ずっと変わらない。
後日伝えられた、アインホルン公爵からの褒賞。
――それは、私の改名。
私は、リーリエ=レルヒェ・カナーリエンになった。
お読みいただき、ありがとうございました!
次回は明日、【夜20時20分】に更新します。




