40.決別
「グリス! 何度も同じことを言わせるな!」
後ろ姿では、顔が見えない。
だけど、お母さんと同じ鮮やかな赤髪、お母さんを愛称で呼ぶこの男は――
「お兄様こそ、いい加減同じことを言わせないでもらいたい」
(やっぱり……!)
お母さんを探っている奴ら、ってこの人たち。
お母さんの、お兄さん――
「その変な口調もやめろ! 子どもが望めない体でも、お前が女であることは変わらないんだ!」
心臓が跳ねる。
フロイが、ぎゅっと私の手を握る。
「さっさと研究の成果を持って商会に戻れ! 今なら、それなりの嫁ぎ先を用意してやる」
「私をどこぞの後妻として売りつけるつもりか?」
「その変な口調をやめろと言っている!」
激昂した男が連れていた手勢に向ける合図――
「俺の婚約者に手荒な真似は許せんな」
颯爽と割って入った無精髭。
私が飛び出すよりも早く、お母さんを守るように赤髪の男の前に立つ姿。
(フォアムントさん!!)
いつからいたの? 全然、気づかなかった。
「――な!? 婚約者だと?」
「いかにも。彼は、この黒い森の魔女の婚約者。お兄様、私は実家には戻らない」
「……会長は、件の疫病で身罷った。お前は今まで会長のお陰で好き放題生きてきたんだ。そのお前の自由も、ここまでだ!」
「……お父様が」
男の叫びは死刑宣告。
いつも冷静なお母さんの声に混じる、父親の死への微かな動揺。
今すぐにお母さんに駆け寄りたい。
だけどその役目はフォアムントさんのもの。
「グリゼルダ、気にするな。貴女の父君が疫病で亡くなったのは貴女のせいではないし、貴女が黒い森の魔女として地位を築いたのは、間違いなく貴女の実力だろ。冒険者ギルド長が言うんだから間違いない」
「冒険者ギルド長、だと?」
色が変わり、今にも血が流れ出そうなほど握りしめた拳。
黒いオーラが立ちのぼるさまが見えるような背中。
男の体がぶるぶると震えているのは、怯えではなく底知れぬ憎しみ。
「――お前は、いつも、全てを手に入れる」
男から絞り出された、まるで呪詛のような声。
「会長は出奔したお前を探すことを許さなかった! 私は会長の言うとおりに好きでもない女と結婚して子どもを作って! それなのに、結局はお前の方が可愛いんだ!」
男が言い募る様に見え隠れするのは、会長と呼ぶ父親の愛を求める姿。
「お前は、いつも! 後からやってきて何食わぬ顔で追い抜いて全てを奪っていく!」
男の声に宿る、血を分けた妹へと渦巻くどす黒い感情。
「大っ嫌いだ!!」
後戻りできないほどに吹き出す、蓋を開けられた憎悪。
血が滲むほどに叫ぶ喉。
「あの幼い頃の流行り病で! お母様ではなく、お前が死ねばよかったんだ!!」
私に向けられたものではないのに、涙が滲み、心臓が痛い。
大切な人の心が傷つけられるのは、こんなにもつらい。
フロイの涙腺は完全に決壊し、声を立てぬように必死で口を押さえている。
「実家とはとっくに縁を切ったつもりでいたが。お兄様、今この瞬間をもって、私たちは完全に他人だ」
これ以上ない悪意を浴びせられても、凛と立つお母さんの姿。
告げられる決別。
「私に死んで欲しいのだろうが、私にはまだ、やるべきことがある。私は完全に貴方たちとは縁を切る。死んだと思えばいい」
「簡単に……!」
「簡単なことだ。今まで、できていたのだから」
「……グリス。お前が出奔したのは――」
「私には私の道があった。それだけのこと」
お母さんに寄り添うフォアムントさんの目が、男を真っ直ぐに捉える。
「これ以上、事を荒立てるなら――」
「いや、いい。わかった」
男がお母さんに背を向ける。
やっと見た男の顔。
「……会長の隣に、お前の墓も用意してやる。お前は、死人だ」
言い捨て、手勢を連れて去って行く。
足を止めることも振り返ることもなかった後ろ姿。
完全に見送って、お母さんが息をつく。
フォアムントさんの無骨な手がそっと取る、細い指先。
「震えているな。凛としている貴女も素晴らしいが、たまには素直に頼ってもらいたいものだな」
「――ありがとう、フォアムント。恩に着る」
2人の視線が向けられる、私とフロイが隠れる茂み。
「お前たち、さっさと出て来い」
フォアムントさんに呼ばれて、しおしおと茂みから出る。
私は歯を食いしばって泣くのを堪えているし、フロイに至っては滂沱の涙。
「よく、飛び出さなかったな。えらいぞ」
フォアムントさんに頭をぽんぽんされたら――
私とフロイが抱き合って泣く姿。
お母さんとフォアムントさんは、きっと困り果てた優しい顔をしていたに違いない。
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次回は明日、【夜20時20分】に更新します。




