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39.変わりゆくもの

 開けられた馬車の扉。

 グートが差し出す手に重なる私の手。

 エスコートを受けて馬車から降りると、お母さんとフロイは既に別の馬車から降りていた。


「ただいま!」

「おかえり。リーリエ、グリゼルダ」


 私たちを出迎えてくれるフォアムントさん、スボル。


 きちんとグートと挨拶を交わすフォアムントさんと違って、スボルは少し離れた所に立っている。

 グートを警戒しているのか、いつにも増して陰気臭い。


(10代の平民男性にとって、貴族とのご対面は地獄よね) 


「ここがお嬢様とグリゼルダ様との愛の巣なのですね! 風情があって素敵です!」

「……愛の巣?」


 フロイはたまに言葉のチョイスがおかしい。

 きらきらしている焦げ茶の目、そばかすの散る紅潮した頬。一瞬見えた、ぶんぶん振られる尻尾の幻覚。

 

(喜んでくれているなら、まぁいいか)


「……こいつ、何?」


 やっと喋ったスボル。

 長い前髪の隙間から覗く緑の目が、フロイを訝しげに映している。


「私の友だち! フロインディンよ。フロイ、こっちはスボル。ほら、私のもう1人の友だち! 本当はもっと長い名前だったわ」

「……よくわかったよ、お前がオレの名前を覚えきれてないことが。オレはスボルディナートゥス。スボルでいい」


 スボルディナートゥス。


(そうだったかも)


 グートは仕事を理由に黒い森の庵には立ち寄らず、子爵邸へと、とんぼ返りしていった。


 フロイは一時的な休暇扱いで来ているから、一緒に過ごせるのは、ほんの数日。

 

「フロイは何をしたい? どこに行きたい?」

「はい! お嬢様が大切にしている薬草畑を、ぜひ!」


 黒い森の奥にある、マンドラゴラとアンブロシアの薬草畑。


(フロイは魔力が弱いけど、身体強化魔法で行けるかな?)


 ぴこん! と閃く。


(そうだ、この手があるじゃん!)



「スボル、遅いってば」

「……おまっ、ふざけんなよ」

「あの、何というか……申し訳ありません……」

「ここはスボルの出番でしょ!」


 文句を言ってくるゼェハァゼェハァとした息遣い。

 猫背に背負われて恐縮するフロイ。


 魔力的には私が強いけど、体格的にはスボルが適当。

 細いけど身長はあるし、身体強化魔法も使えるし。



「スボル、お疲れさま! フロイ。この子たちが、ゴンちゃん、レムちゃん!」


 私の声に少しずれたタイミングで反応する、2体のゴーレム。


(――え? そんなまさか)

 私は、そっとゴーレムに呼びかける。


「……ゴンちゃん」

 マンティコラの魔石を使ったゴーレムだけが反応する。

「……レムちゃん」

 アラネアモドキの魔石を使ったゴーレムだけが反応する。


「……嘘」


 なんと、それぞれが勝手に、自分の名前はこちらだと決めてしまったらしい。


 お母さんが作ると、従魔まで優秀になる。

 お母さんは本当にすごい。


「……お前、本当に結婚したんだな」


 左手の薬指。

 フロイを降ろしたスボルの視線が注がれる、結婚指輪。


「……それで、良かったのかよ」

「うん」

「……そっか」


 1年前。

 ここでスボルに、『リーリエとして有名な魔法使いになる』と言ったんだった。


「お嬢様とグート様は、とっても! お似合いです!」

「……お前」

「フロイでいいですお前はやめてください」

 食い気味に早口で呼び方を訂正してくる。

 さっきまで恐縮していたフロイの豹変に、スボルはたじたじ。


「……こいつ、何?」

「私の友だちだってば」



 フロイがいてくれるのは数日間。


 一緒に黒い森を散歩したり、リンゴの皮むき競争をしたり。

 私はポーションの作り方を教えて、フロイは得意料理を作ってくれて。

 お嬢様とメイドではなく、友だちとして楽しく過ごしている。



「……なんでフロイが来てんだよ」

「採取依頼を受けてみたいんですって」


 冒険者ギルド。

 いつものごとく受付カウンターに座っているのは、くすんだ緑がかった茶髪。


「……冒険者登録証は」

「フロイは持っていないから、作ってあげて」

「……そっからか……」


 フロイとスボルが手続きをしている間、私は手持ち無沙汰。

 そこへ話しかけてくる、顔見知りになった冒険者。


「今日もデートの、って浮気されてるぞぉ?」

「友だちだから! もうっ、いい加減にしてっ」

「こんなの、挨拶だろぉ?」

「絶対、違う」

「……娘に嫌われる父親の気分だぜ……」


 頭を掻いて呟いた後に消えた、いつもの飄々とした表情。


「そういやぁ、黒い森の魔女について、探っている奴らがいるぜ」


 声を潜めて告げられた内容に、私の心臓が跳ねる。


「……どういうこと?」

「南部地方との往来封鎖が、解かれただろぉ? それから、嗅ぎ回っているみたいだぜ」


 なんだろう、胸騒ぎがする。

 南部地方は、お母さんの故郷。


「お嬢様! 手続きが終わりました!」

「あ」


 フロイに呼ばれて中断させてしまった思考。


「それじゃあ、行きましょうか」

「はい!」


 フロイが受けたのは、ごくごく初歩の採取依頼。

 なんだかんだで、スボルは面倒見がいい。



「……これが、今回の報酬。冒険者登録証は失くすなよ」

「はい!」


 日暮れも待たずに余裕で依頼を終えた私たち。


 自分の力で依頼を達成したフロイの、輝くような笑顔。

 胸に大切に抱えているのは、お小遣い程度の報酬と冒険者登録証が入った袋。

 自分の名前が記された登録証を、フロイは何度も見返していた。



 黒い森の庵への帰途。


 近づくにつれて感じる不穏な気配。

 聞いたことのない男の声。

 フロイの焦げ茶の目に、不安の色が浮かぶ。


 いつもの私なら、速攻で乗り込む。

 だけど、今はフロイが一緒。

 物音を立てぬように、フロイの手を引いてそっと近づく。

 2人で身を隠すには充分な茂み。


 黒い森の庵の前でお母さんと対峙していたのは、手勢を引き連れた男。



 ――お母さんと同じ鮮やかな赤髪の男だった。

お読みいただき、ありがとうございました!

次回は明日、【夜20時20分】に更新します。

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