表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/42

38.夢叶う

 北部地方から帰還して、しばらく経った。

 陽射しにやわらかさと明るさが増えた子爵邸の庭。

 冬の冷たさは去りつつある。


「お母さん!!」

「リーリエ……!」


 ずっと会いたかったお母さん。

 飛び込む勢いで抱きつくと、すぐにお母さんの腕がぎゅうっと回される。


 ああ、お母さんの匂い。ふわふわな胸の感触。

 顔を見るのは、直接声を聴くのは、何ヶ月ぶりだろう。


「やっと会えた! 待っていたの! 心配していたの! お母さんが頑張っている間、ずっと……!」

「私もだ、リーリエ。――少し顔を見ない間に、随分綺麗になった」


 褒められて、えへへ、とはにかむ。


「お母さん。薬の完成、おめでとう!」

「ありがとう。だが、皆の協力があってこそ。感謝している」

「私たちも、いっぱい頑張っていたのよ! ね!」


 お母さんに褒めてもらいたくて、近くで見守るグートとパパに求める同意。

 頷く2人の顔は優しい。

 

「リーリエが本当に頑張り屋さんなのは、ちゃんとわかっている」


 私に回されていたお母さんの腕に再び、ぎゅうっと力が込められる。

 白髪(はくはつ)に寄せられた頬。


「……まだまだ、子どものままでいて欲しかった……」

「……お母さん……」


 抱きついている私にしか聞こえない、小さな声。

 

 私が成人するまで、あと1年。


 子離れ親離れの時が、きっと近づいている。

 


 私の《生命の水(アクア・ウィータ)》で咲き誇ったブルーポピー。


 本来の開花季節である夏よりも早く咲いた青い花。

 それはすぐに収穫され、特効薬へと姿を変えていった。


 南部地方の疫病は夏を待つことなく終息へと向かい始めている。

 疫病流行の中心地だった港町を除いて、そろそろ南部地方との往来封鎖も解かれるという。



「黒い森に帰るのは、レルヒェの17歳の誕生日を祝ってからにしてくれないか」


 お母さんが迎えに来てくれたけど、パパの希望でしばらくは子爵邸に留まることなっている。



 お母さんと一緒にフロイを連れて訪れた、厩舎の白い仔馬。


 リリーは、16歳の誕生日プレゼントに当歳馬で贈られたから、今は1歳。


 手綱をつけて一緒に歩く練習や、ブラッシングをしたり、おやつをあげたり。

 だいぶ私に慣れてくれたけど、乗れるようになるのは、まだ先。


「お母さんは馬に乗れる?」

「実家を出奔する時に乗って逃げたくらいには。今は、自信がないが」

「きっと乗れるもん! リリーが大きくなったら、一緒に遠乗りしてね!」


 お母さんの実家は、南部地方のわりと大きな商会で準男爵位を持つ。


 お母さんが所有していた馬は、その後、逃走資金として売ってしまったそう。

 私が拾われたときには、黒い森の庵に馬はいなかった。


 お母さんは何でもできる。

 創薬も、ダンスも、お菓子作りも。乗馬だってお手の物。

 お母さんは、やっぱりすごい。


「お母さん。特効薬のレシピ、アインホルン公爵に献上したって本当?」

「ああ、そのことか。未完成の万能薬(パナケア)のレシピと共に、献上した」

「万能薬まで!?」


 お母さんは生涯をかけて、全ての病気を治す万能薬と、肉体の時を戻す霊薬を研究し続けている。

 

 私はずっと、お母さんの夢が叶うように祈ってきた。


「……なんで?」

「私の夢は、既に叶っていたらしい」


 特効薬を完成させたお母さんが、フォアムントさんに言われた言葉。


『貴女の創った鈴蘭の薬も、今回の特効薬も。元になっているのは、()()()()万能薬だろ。それは、つまり――その未完成なものこそが、あらゆる可能性を秘めた万能薬ということだろ』


 なかなか格好いいことを言っている。


『貴女の夢が叶って良かったな』


 そこまで言われて、お母さんは気づいたという。


「リーリエに使った鈴蘭の薬は、未完成の霊薬(エリクサー)と鈴蘭を調合したものだったのだが――」

「格好いい台詞が台無しじゃん」


 思わず飛び出した前世の口調。

 フォアムントさんは、万能薬と霊薬の区別がついていない。


「――それはいいとして。私は、別に富を目指していたわけではない。多くの命を救える選択肢をしたまで」


 優しくて、どこか清々しさがあるお母さんの表情。

 お母さんに抱きつくと、ぎゅうっと回される両腕。


 仔馬のリリーがぶんぶんと首を振り、フロイが抱えるおやつの籠はみしみしと限界を訴えている。


 厩舎には穏やかな時間が流れていた。



 迎えた3月の誕生日。

 子爵邸でレルヒェの誕生日を祝われるのは2回目。

 

 1年前は、グートに恋をするなんて思ってもいなかった。

 そして、フロイと友だちになって、ちょうど1年。


「お嬢様。またしばらく会えなくなるのですね……」


 ごく内輪での誕生祝いが終わった夜。

 雲雀の部屋で、フロイがしょもしょもと眉を下げる。

 私とお母さんは明日、黒い森の庵へと帰る。


「じゃあ、一緒に来る?」

「……はい?」


「黒い森の庵に、一緒に来る?」

「お嬢様!?」


 フロイは私付きのメイド。

 特別扱いが過ぎるのは良くない。


 だけど――


 管理はきっとグート。

 恥ずかしいけど可愛くおねだりすれば、同行を許可してくれるはず。


「私の、もう一人の友だちにも会ってくれる?」

「はい、喜んで!」


 フロイはまた、両手を組んで涙を流している。

 本当にフロイは感動屋。

 見ていて飽きない。

お読みいただき、ありがとうございました!

次回は明日、【夜20時20分】に更新します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ