38.夢叶う
北部地方から帰還して、しばらく経った。
陽射しにやわらかさと明るさが増えた子爵邸の庭。
冬の冷たさは去りつつある。
「お母さん!!」
「リーリエ……!」
ずっと会いたかったお母さん。
飛び込む勢いで抱きつくと、すぐにお母さんの腕がぎゅうっと回される。
ああ、お母さんの匂い。ふわふわな胸の感触。
顔を見るのは、直接声を聴くのは、何ヶ月ぶりだろう。
「やっと会えた! 待っていたの! 心配していたの! お母さんが頑張っている間、ずっと……!」
「私もだ、リーリエ。――少し顔を見ない間に、随分綺麗になった」
褒められて、えへへ、とはにかむ。
「お母さん。薬の完成、おめでとう!」
「ありがとう。だが、皆の協力があってこそ。感謝している」
「私たちも、いっぱい頑張っていたのよ! ね!」
お母さんに褒めてもらいたくて、近くで見守るグートとパパに求める同意。
頷く2人の顔は優しい。
「リーリエが本当に頑張り屋さんなのは、ちゃんとわかっている」
私に回されていたお母さんの腕に再び、ぎゅうっと力が込められる。
白髪に寄せられた頬。
「……まだまだ、子どものままでいて欲しかった……」
「……お母さん……」
抱きついている私にしか聞こえない、小さな声。
私が成人するまで、あと1年。
子離れ親離れの時が、きっと近づいている。
◇
私の《生命の水》で咲き誇ったブルーポピー。
本来の開花季節である夏よりも早く咲いた青い花。
それはすぐに収穫され、特効薬へと姿を変えていった。
南部地方の疫病は夏を待つことなく終息へと向かい始めている。
疫病流行の中心地だった港町を除いて、そろそろ南部地方との往来封鎖も解かれるという。
「黒い森に帰るのは、レルヒェの17歳の誕生日を祝ってからにしてくれないか」
お母さんが迎えに来てくれたけど、パパの希望でしばらくは子爵邸に留まることなっている。
お母さんと一緒にフロイを連れて訪れた、厩舎の白い仔馬。
リリーは、16歳の誕生日プレゼントに当歳馬で贈られたから、今は1歳。
手綱をつけて一緒に歩く練習や、ブラッシングをしたり、おやつをあげたり。
だいぶ私に慣れてくれたけど、乗れるようになるのは、まだ先。
「お母さんは馬に乗れる?」
「実家を出奔する時に乗って逃げたくらいには。今は、自信がないが」
「きっと乗れるもん! リリーが大きくなったら、一緒に遠乗りしてね!」
お母さんの実家は、南部地方のわりと大きな商会で準男爵位を持つ。
お母さんが所有していた馬は、その後、逃走資金として売ってしまったそう。
私が拾われたときには、黒い森の庵に馬はいなかった。
お母さんは何でもできる。
創薬も、ダンスも、お菓子作りも。乗馬だってお手の物。
お母さんは、やっぱりすごい。
「お母さん。特効薬のレシピ、アインホルン公爵に献上したって本当?」
「ああ、そのことか。未完成の万能薬のレシピと共に、献上した」
「万能薬まで!?」
お母さんは生涯をかけて、全ての病気を治す万能薬と、肉体の時を戻す霊薬を研究し続けている。
私はずっと、お母さんの夢が叶うように祈ってきた。
「……なんで?」
「私の夢は、既に叶っていたらしい」
特効薬を完成させたお母さんが、フォアムントさんに言われた言葉。
『貴女の創った鈴蘭の薬も、今回の特効薬も。元になっているのは、未完成の万能薬だろ。それは、つまり――その未完成なものこそが、あらゆる可能性を秘めた万能薬ということだろ』
なかなか格好いいことを言っている。
『貴女の夢が叶って良かったな』
そこまで言われて、お母さんは気づいたという。
「リーリエに使った鈴蘭の薬は、未完成の霊薬と鈴蘭を調合したものだったのだが――」
「格好いい台詞が台無しじゃん」
思わず飛び出した前世の口調。
フォアムントさんは、万能薬と霊薬の区別がついていない。
「――それはいいとして。私は、別に富を目指していたわけではない。多くの命を救える選択肢をしたまで」
優しくて、どこか清々しさがあるお母さんの表情。
お母さんに抱きつくと、ぎゅうっと回される両腕。
仔馬のリリーがぶんぶんと首を振り、フロイが抱えるおやつの籠はみしみしと限界を訴えている。
厩舎には穏やかな時間が流れていた。
◇
迎えた3月の誕生日。
子爵邸でレルヒェの誕生日を祝われるのは2回目。
1年前は、グートに恋をするなんて思ってもいなかった。
そして、フロイと友だちになって、ちょうど1年。
「お嬢様。またしばらく会えなくなるのですね……」
ごく内輪での誕生祝いが終わった夜。
雲雀の部屋で、フロイがしょもしょもと眉を下げる。
私とお母さんは明日、黒い森の庵へと帰る。
「じゃあ、一緒に来る?」
「……はい?」
「黒い森の庵に、一緒に来る?」
「お嬢様!?」
フロイは私付きのメイド。
特別扱いが過ぎるのは良くない。
だけど――
管理はきっとグート。
恥ずかしいけど可愛くおねだりすれば、同行を許可してくれるはず。
「私の、もう一人の友だちにも会ってくれる?」
「はい、喜んで!」
フロイはまた、両手を組んで涙を流している。
本当にフロイは感動屋。
見ていて飽きない。
お読みいただき、ありがとうございました!
次回は明日、【夜20時20分】に更新します。




