37.訪れ
「りーりっ、ええええぇ……っ」
私に懐いてくれているココン。
共に持つ白髪灰眼。
確かにある、お互いに感じ合うもの。
可愛い顔を涙でべしょべしょにして、リンドヴルム公爵に片手で抱えられている。
白蛇の紋章が入った修道服を着ている小さな姿。
御使いの名に相応しい神々しさ。
だけど、べしょべしょ泣く姿は、4歳児。
「また、会いに来るから」
「我らリンドヴルムは、いつでもそなたを歓迎する。道中の宿場町に、そなたが喜ぶものを用意している。必ず立ち寄るように」
手厚い慰労を固辞して選んだ帰還。
「自由でいるがよい」と言った通り、快く見送ってくれている。
可愛いココンと離れるのは寂しいけど、役目を果たした今――
1秒でも早く、大切な人たちに会いたかった。
北部地方からの帰路。
騎乗での強行軍ではなく、リンドヴルム公爵が用意してくださった4頭立ての馬車。
その豪華さは、乗るのをためらうほど。
(これは、絶対に汚せない――)
そっと清浄魔法の発動を確かめる。
中で寝落ちする自信がある。
むしろ、自信しかない。
ヨダレの染みは、清浄魔法で消すことに決めた。
◇
帰路の護りには、リンドヴルム公爵がつけてくれた騎士隊も加わった。
馬車の豪華さもあって、安心安全、快適そのもの。
「リーリエ。そろそろ公爵閣下から伺っている宿場町に着く。体につらいところはないだろうか」
「大丈夫」
馬車に騎馬を寄せて並走するエルンストの、低くよく通る声。
馬車のカーテンを開けて答えながら、公爵の言葉を思い出す。
(喜ぶものを用意している、と言っていた。ご当地限定のお菓子かな?)
到着した宿場町で、馬車が止まる。
北部地方と東部地方の境、途切れぬ人々の往来、賑わう大通り。
(北部地方へ向かうときには、町を見る余裕はなかったわ)
馬車の扉が開かれ、流れ込む乾いた冷気。
目の前には――
「グート!?」
カナーリエン子爵邸で私を待っているとばかり思っていたのに。
「リンドヴルム公爵には連絡をしてあるが……聞いていないのかい?」
「聞いていないけど……会えて嬉しいわ」
差し出される大きな手に重ねる、小さな手。
グートの顔には、私の無事を確認した安堵の色。
向けられるあたたかい笑顔。
私の顔が自然と綻ぶ。
「ただいま!」
「おかえり、レルヒェ」
どうやら、リンドヴルム公爵は人をからかうのがお好きらしい。
「寡婦」発言しかり、「喜ぶもの」発言しかり。
私のことをからかって遊んでいる。
エスコートを受けて馬車から降りれば、そこにはグートが連れてきたカナーリエン騎士隊。
その中に見つけた、見知った顔ぶれ。
討伐依頼を受け続けて顔見知りになった者たち。
彼らの目が泳いでいる。
なんなら、冷や汗も見える。
(――しまった)
これで完璧に、リーリエが子爵令嬢だとバレた。
だけど――
そろそろ頃合いだったのかもしれない。
私がグートの妻であることは、いずれ騎士隊には伝わるのだから。
(あれ? 私、グートの妻のままでいるつもりだったの?)
アインホルン公爵に目をかけられ、リンドヴルム公爵の後ろ盾を得た今。
(グートとの婚姻以上の盾を手に入れたのに)
気づけば薬指の指輪を大切になぞる自分。
(……あ。私……)
すとん。
膝から力が抜ける。
咄嗟にグートの腕が私の腰を支え、驚いた声が響く。
「レルヒェ!? どこか具合が悪いのかい!?」
「……ぃたの」
私の顔は、真っ赤になっているかもしれない。
頬が火照る。
「おなかが、すいたのっ!!」
渾身の言い訳。
グートが虚を突かれた顔を見せてから微笑む。
「それなら、君のメイドからお菓子を預かっているよ。一口大のアプフェルクーヘン」
「食べる!」
即答した直後にひょいと訪れる浮遊感。
私は横抱きにされてグートの腕の中。
「……な、な、な、っ」
「この方が早く馬車に乗れるからね」
リンドヴルム公爵の馬車はお返しして、ここからはカナーリエンの馬車で帰ることになる。
見られない。
恥ずかしくて、周囲を見られない。
私は前世と合わせれば、31年分の記憶がある。
だけど、今の私は16歳の女の子。
――それも、たった今、初恋を自覚したばかりの。
(このまま、意識を失ってしまいたい)
私の願いとは裏腹に。
豪華な馬車で散々惰眠を貪ってきた私には、睡魔さえも訪れなかった。
お読みいただき、ありがとうございました!
次回は明日、【夜20時20分】に更新します。




