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36.愛のかたち

「「「ワアアァッ!!」」」


 歓声が高山に響き渡る。


 ワーム討伐後の慌ただしさを忘れたリンドヴルム騎士団。

 私を守り北部地方へと駆けてくれたアインホルン騎士隊。


 今まさに奇跡を目の当たりにした者たち。


 私の腕からひょいっと重さが消える。

 可愛らしい顔をしかめて両耳を塞いだココンが、リンドヴルム公爵の片腕に収まっている。


「見事だ、レルヒェ嬢。リンドヴルムを代表して礼を言う。これで多くの尊い命が救われることだろう」


 威厳たっぷりに話す北部地方の覇者。

 片腕に抱えた幼女に頬擦りをする大男の姿はシュール。


 ぞりぞり頬擦りされているココンの可愛い顔は、虚無の顔。


(こういう顔、前世でなんて言ったっけ? ――あ、アレだ) 


 チベットスナギツネ。



「リーリエ。つらいところはないだろうか?」


 大丈夫、と言う前に私を包むエルンストの青い《サナーレ》。

 

「帰りは私が君を背負って下山する。ココンはこのまま、公爵閣下にお任せして問題ない」

「え、でも――」

 

 左手の薬指に触れる私の手。

 その動きに、エルンストが目を留める。


「私は今回、護衛騎士の筆頭を任されている。君の名誉は、傷つかない」


 エルンストは、どこまでも完璧な騎士。

 はっきり言って、魔力に余裕があっても私の体力はそろそろ限界。


 素直に頷き、その背中に身を任せた。



 あの後、すぐにエルンストの背中で意識を手放した。


 目覚めて見たのは見知らぬ天蓋。

 リンドヴルム公爵の城。


 アインホルン公爵の邸も然り。

 なぜ、かくも公爵の邸は城なのか。

 

「りーりえ、あーん」


 身支度を整え、リンドヴルム公爵と向き合う私の口元。

 せっせとお菓子を運ぶココンの手が、次に口が開くのを待ち構えている。


「レルヒェ嬢。そなたにはココンが随分懐いている。此の地に留まる気はないか?」

「――むぐっ」


 私の口にお菓子を突っ込むココンを、目を細めて見ている公爵。

 その提案は、政治的なものも勿論、含まれている。

 だけど、ココンに向ける眼差しは優しい。


 ココンは、白蛇(リンドヴルム)の御使いだから尊重されるのではなく、1人の子どもとして愛されている。


「んんっ――恐れながら、私には待ってくれている人たちがおります」


 左手の薬指にある結婚指輪。

 そこに嵌まる2つの石は、真珠と菫青石。

 私とグートの色。


「ああ、そなたは婚姻済みだったな。だが、それは夫がいればこそ。寡婦ともなれば、話は別だ」

「グートに手を出したら許さないわ!」


 グートは、「この結婚は君を守るためだ」と言った。

 だけど、私を守るためにグートが傷つくことは許さない。


「そなたは存外、激しい気性だな。夫への愛の重さか? さすがカナーリエンの血を引くだけのことはある」 


 きゅっ、と私の服を掴む小さな手に、我に返る。

「あ」


 失敗した……!

 他領の公爵相手にとる態度ではなかった。


「そういうこともあるという話に過ぎぬ。そなたの夫でいるのは命懸けだ」


 公爵の大きな手が、ココンの小さな手が持つお菓子を要求する。

 素直に置かれたお菓子は一口で消える。


「カナーリエンの血を引く者は、愛が重い。白髪(はくはつ)の忌み子を知っているな?」


 知っているも何も――

 私がそのもの。


「かの迷信は、カナーリエンの愛の重さが生み出したもの。昔、白髪の赤子を産んだ妻が命を落とし、己の悲しみと憎しみ全てをその赤子に向けた男がいた」


 これは――

 かつてグートに尋ねた時に濁された、白髪の忌み子の由来。


「男の悲しみと憎しみは、我が子を自ら殺めただけでは終わらなかった。男は、領内に生まれた全ての白髪の赤子を殺すように命じた。男にはその権力があったからな」


 権力者が狂えば、その悲劇は大きくなる。


「白髪の赤子など、そうそういるものではない。被害は小さいと思うだろう。当時殺されたのは白髪だけではない。灰色も、銀髪もだ。その狂気が形を変えながら残った迷信が、白髪の忌み子だ」


 残っているのは迷信だけではない。

 

「愛の重さに、覚えがあるだろう?」


 私を産んで死んだ産みの母。

 パパは、妻の命と引き換えに生まれてきた私を赦せず、幽閉した。


 グートも――


 私を見送る時の言葉は、重かった。



「ココンの為にそなたを手元に置いておきたいのは山々だが。ヒルデガルトのお気に入りを力尽くで奪うほど、我は愚かではない」


 アインホルン公爵ヒルデガルト閣下。

 豪奢な金髪に真実を見抜くような青い目を持ち、自ら剣を取る女傑。

 閣下は私に目をかけてくださっている。


「そなたは、野に咲く白百合のように、天高く囀る雲雀のように。自由でいるがよい。万が一、王家がそなたを望んだ時には、我の力を貸そう」

「!!」


 リンドヴルム公爵の言葉は、私の後ろ盾になってくださるということ。

 《生命の水(アクア・ウィータ)》でブルーポピーを救った私へ、最大の感謝を示してくれている。


「みんな、りーりえに、ありがとしてるの」

「ココン――むぐっ」


 私を見上げるココンの、舌足らずな可愛い声。

 私の口に押し込まれるお菓子。


 ココンは、喋れないのでも喋らないのでもなく、じっと言葉を蓄えていただけ。

 何年もかけて栄養を溜め込み、時期が来たその時に開花するブルーポピーのように。

 

 今まさに、言葉の花を咲かせ始めたココン。


 これこそが()()()()()と思える、最高に可愛らしい笑顔が輝いていた。

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!

これにて、【第2部】『愛が重いです!』は完結です。

明日からの【第3部】『カナーリエンの愛し子』では、フィナーレに向かってラブコメ要素がぐんぐん上がって駆け抜けます!

「白髪の忌み子」と呼ばれた少女が掴み取る、本当の幸せの結末とは――? 最後までどうぞお付き合いください!

明日からも変わらず、毎日【夜20時20分】に更新していきます。

「リーリエを応援したい!」「見届けたい!」と思ってくださった方は、ページ下部から【ブックマーク登録】【☆評価(星)】をして応援していただけると、とても励みになります!

本作は既に完結まで完成しております。

それでは、明日の第37話『訪れ』もよろしくお願いいたします。

※いただいた感想へのお返事はシステム上お約束できませんが、すべて大切に読ませていただいています。

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