36.愛のかたち
「「「ワアアァッ!!」」」
歓声が高山に響き渡る。
ワーム討伐後の慌ただしさを忘れたリンドヴルム騎士団。
私を守り北部地方へと駆けてくれたアインホルン騎士隊。
今まさに奇跡を目の当たりにした者たち。
私の腕からひょいっと重さが消える。
可愛らしい顔をしかめて両耳を塞いだココンが、リンドヴルム公爵の片腕に収まっている。
「見事だ、レルヒェ嬢。リンドヴルムを代表して礼を言う。これで多くの尊い命が救われることだろう」
威厳たっぷりに話す北部地方の覇者。
片腕に抱えた幼女に頬擦りをする大男の姿はシュール。
ぞりぞり頬擦りされているココンの可愛い顔は、虚無の顔。
(こういう顔、前世でなんて言ったっけ? ――あ、アレだ)
チベットスナギツネ。
「リーリエ。つらいところはないだろうか?」
大丈夫、と言う前に私を包むエルンストの青い《サナーレ》。
「帰りは私が君を背負って下山する。ココンはこのまま、公爵閣下にお任せして問題ない」
「え、でも――」
左手の薬指に触れる私の手。
その動きに、エルンストが目を留める。
「私は今回、護衛騎士の筆頭を任されている。君の名誉は、傷つかない」
エルンストは、どこまでも完璧な騎士。
はっきり言って、魔力に余裕があっても私の体力はそろそろ限界。
素直に頷き、その背中に身を任せた。
◇
あの後、すぐにエルンストの背中で意識を手放した。
目覚めて見たのは見知らぬ天蓋。
リンドヴルム公爵の城。
アインホルン公爵の邸も然り。
なぜ、かくも公爵の邸は城なのか。
「りーりえ、あーん」
身支度を整え、リンドヴルム公爵と向き合う私の口元。
せっせとお菓子を運ぶココンの手が、次に口が開くのを待ち構えている。
「レルヒェ嬢。そなたにはココンが随分懐いている。此の地に留まる気はないか?」
「――むぐっ」
私の口にお菓子を突っ込むココンを、目を細めて見ている公爵。
その提案は、政治的なものも勿論、含まれている。
だけど、ココンに向ける眼差しは優しい。
ココンは、白蛇の御使いだから尊重されるのではなく、1人の子どもとして愛されている。
「んんっ――恐れながら、私には待ってくれている人たちがおります」
左手の薬指にある結婚指輪。
そこに嵌まる2つの石は、真珠と菫青石。
私とグートの色。
「ああ、そなたは婚姻済みだったな。だが、それは夫がいればこそ。寡婦ともなれば、話は別だ」
「グートに手を出したら許さないわ!」
グートは、「この結婚は君を守るためだ」と言った。
だけど、私を守るためにグートが傷つくことは許さない。
「そなたは存外、激しい気性だな。夫への愛の重さか? さすがカナーリエンの血を引くだけのことはある」
きゅっ、と私の服を掴む小さな手に、我に返る。
「あ」
失敗した……!
他領の公爵相手にとる態度ではなかった。
「そういうこともあるという話に過ぎぬ。そなたの夫でいるのは命懸けだ」
公爵の大きな手が、ココンの小さな手が持つお菓子を要求する。
素直に置かれたお菓子は一口で消える。
「カナーリエンの血を引く者は、愛が重い。白髪の忌み子を知っているな?」
知っているも何も――
私がそのもの。
「かの迷信は、カナーリエンの愛の重さが生み出したもの。昔、白髪の赤子を産んだ妻が命を落とし、己の悲しみと憎しみ全てをその赤子に向けた男がいた」
これは――
かつてグートに尋ねた時に濁された、白髪の忌み子の由来。
「男の悲しみと憎しみは、我が子を自ら殺めただけでは終わらなかった。男は、領内に生まれた全ての白髪の赤子を殺すように命じた。男にはその権力があったからな」
権力者が狂えば、その悲劇は大きくなる。
「白髪の赤子など、そうそういるものではない。被害は小さいと思うだろう。当時殺されたのは白髪だけではない。灰色も、銀髪もだ。その狂気が形を変えながら残った迷信が、白髪の忌み子だ」
残っているのは迷信だけではない。
「愛の重さに、覚えがあるだろう?」
私を産んで死んだ産みの母。
パパは、妻の命と引き換えに生まれてきた私を赦せず、幽閉した。
グートも――
私を見送る時の言葉は、重かった。
「ココンの為にそなたを手元に置いておきたいのは山々だが。ヒルデガルトのお気に入りを力尽くで奪うほど、我は愚かではない」
アインホルン公爵ヒルデガルト閣下。
豪奢な金髪に真実を見抜くような青い目を持ち、自ら剣を取る女傑。
閣下は私に目をかけてくださっている。
「そなたは、野に咲く白百合のように、天高く囀る雲雀のように。自由でいるがよい。万が一、王家がそなたを望んだ時には、我の力を貸そう」
「!!」
リンドヴルム公爵の言葉は、私の後ろ盾になってくださるということ。
《生命の水》でブルーポピーを救った私へ、最大の感謝を示してくれている。
「みんな、りーりえに、ありがとしてるの」
「ココン――むぐっ」
私を見上げるココンの、舌足らずな可愛い声。
私の口に押し込まれるお菓子。
ココンは、喋れないのでも喋らないのでもなく、じっと言葉を蓄えていただけ。
何年もかけて栄養を溜め込み、時期が来たその時に開花するブルーポピーのように。
今まさに、言葉の花を咲かせ始めたココン。
これこそが天上の妖精と思える、最高に可愛らしい笑顔が輝いていた。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!
これにて、【第2部】『愛が重いです!』は完結です。
明日からの【第3部】『カナーリエンの愛し子』では、フィナーレに向かってラブコメ要素がぐんぐん上がって駆け抜けます!
「白髪の忌み子」と呼ばれた少女が掴み取る、本当の幸せの結末とは――? 最後までどうぞお付き合いください!
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本作は既に完結まで完成しております。
それでは、明日の第37話『訪れ』もよろしくお願いいたします。
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