34.リンドヴルムへ
「おぉ、レルヒェ。よく似合っている」
「ありがとう、パパ。頑張ってくるわ」
褒めつつも寂しそうに頷く、子爵の顔。
私が身に纏うのは、一角獣の紋章が入ったローブ。
(子爵家の金糸雀の紋章ではないからかな?)
私はこれから、北部地方へと向かう。
アインホルン公爵の命を受け、《生命の水》でブルーポピーの群生地を救うために。
一刻を争う状況に、カナーリエンではなく公爵直属の騎士隊として動く。
これで、東部地方内はフリーパス。
「カナーリエン卿。レルヒェ嬢のことは、我が命に代えてもお護りいたします」
「それはならぬ、騎士よ。自分の命を代償にすることは決して許さぬ」
久々に会った銀髪碧眼の騎士。
エルンストは、襟足で1本に結んでいた長い銀髪を切り落としていた。
純粋に使命を貫く光だけが宿る、変わらない青さの目。
騎士の誓いに返されたのは、圧倒的な信念。
一瞬目を見開き、エルンストが深く礼をする。
(地上の茎や葉が潰れていても、希望はあるもの。根が残っていれば、ううん、生きている欠片さえあれば――)
肩に置かれた手の重さに、隣に立つグートの顔を見上げる。
「レルヒェ。君のことだから、止めても無茶はするだろう?」
「う」
図星。
グートは、私のことをよくわかっている。
「だから、約束を1つだけ。君も自分の命を代償にしないこと。でないと――」
「僕は君の後を追うことになる」
「!!」
置かれた手に入る力。
重い。重すぎる。
私の肩には2人分の命。
グートは、本当に私のことをよくわかっている。
◇
北部地方へは騎馬で駆ける。
「君には苛酷な道になる」
エルンストの真剣な顔と声。
既に私の覚悟は決まっている。
冬の寒風に晒される全身。
ただでさえ馬に慣れない私の体力は激しく消耗する。
限界まで身体強化魔法をかける。
(大丈夫。身体強化魔法は得意だもの)
馬上のエルンストに引き上げられ、腕の中にすっぽり収まる。
「北部地方の気候も、君の体には障りになる。だが、必ず無事に君に使命を果たさせ、ここに連れて戻る」
私の背中越しに降るエルンストの声に、黙って頷く。
わざわざ見送りに来てくれていた、アンベーテンとムーティヒ。
収納魔法陣に入っている、お母さんから届いた様々な薬、フロイが用意してくれた甘味。
左手の薬指にある指輪。
いつの間にか馴染んでいた、その温度。
(――頑張ってみせる)
騎士が本気で飛ばす騎馬。
落馬しないようにしがみつくのに精一杯。
目を開けるどころか口を開くこともできない。
下手に喋ろうものなら、絶対に舌を噛む。
北部地方へと最短ルートをひたすら走る。
道中で魔物に襲われても止まることなく、途中で何度も何度も馬を替える。
「リーリエ。つらいところがあったら教えてくれ」
「大丈夫」
馬を替えるたび、エルンストは「リーリエ」と呼んでくる。
私がリーリエという名前を大切にしていることを、よくわかっている。
「君は体力も魔力も、温存しておいてくれ」
私を包むエルンストの青い《サナーレ》。
完璧な騎士ぶりに感心する。
エルンストは、やはり優秀な騎士。
強行軍の中でも取らざるを得ない仮眠。
スボルとした夜営のようなワクワク感など微塵もない。
本職の騎士たちの過酷さに比べると、私が受けている討伐依頼は児戯。
まだまだ知るべきことがたくさんある。
(――未来のために頑張ると決めたのだから)
泥のように眠り、目覚めたあとは再びエルンストが駆る馬で走る。
エルンストの腕の中、そびえる山々に思いを馳せる。
リンドヴルムの青い花。
目指す北部地方は、もうすぐだった。
◇
眼前にそびえる切り立った険しい高山。
どこまでも高い青空を背景に、白い雪を頂いて神々しい。
あの山に、ブルーポピーの群生地がある。
吹き降りる凍てついた風が、私の日焼けひとつない肌を刺して通り過ぎていく。
フードが煽られ、露わになる私の白髪。
白い息を吐く私たちの前に現れたのは、熊のような壮年の大男。
鬣のように逆立つ金髪、天の高さを感じさせる青い目。
その片腕は、何故か幼女を抱えている。
リンドヴルム公爵ベルンハルト閣下。
私の灰眼は礼儀を忘れて、抱えられている幼女から離れない。
幼女の灰眼も、私をじぃっと見つめている。
その小さな体が身に纏うのは、白蛇の紋章が入った修道服。その髪色は白い。
――自分以外に初めて見る、白髪の子どもだった。
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次回は明日、【夜20時20分】に更新します。




