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34.リンドヴルムへ

「おぉ、レルヒェ。よく似合っている」

「ありがとう、パパ。頑張ってくるわ」

 

 褒めつつも寂しそうに頷く、子爵の顔。

 私が身に纏うのは、一角獣(アインホルン)の紋章が入ったローブ。


(子爵家の金糸雀カナーリエンの紋章ではないからかな?) 


 私はこれから、北部地方へと向かう。

 アインホルン公爵の命を受け、《生命の水(アクア・ウィータ)》でブルーポピーの群生地を救うために。


 一刻を争う状況に、カナーリエンではなく公爵直属の騎士隊として動く。

 これで、東部地方内はフリーパス。


「カナーリエン卿。レルヒェ嬢のことは、我が命に代えてもお護りいたします」

「それはならぬ、騎士よ。自分の命を代償にすることは決して許さぬ」


 久々に会った銀髪碧眼の騎士。

 エルンストは、襟足で1本に結んでいた長い銀髪を切り落としていた。

 純粋に使命を貫く光だけが宿る、変わらない青さの目。


 騎士の誓いに返されたのは、圧倒的な信念。

 一瞬目を見開き、エルンストが深く礼をする。


(地上の茎や葉が潰れていても、希望はあるもの。根が残っていれば、ううん、生きている欠片さえあれば――)


 肩に置かれた手の重さに、隣に立つグートの顔を見上げる。


「レルヒェ。君のことだから、止めても無茶はするだろう?」

「う」


 図星。

 グートは、私のことをよくわかっている。


「だから、約束を1つだけ。君も自分の命を代償にしないこと。でないと――」 


「僕は君の後を追うことになる」

「!!」


 置かれた手に入る力。

 重い。重すぎる。

 私の肩には2人分の命。

 グートは、本当に私のことをよくわかっている。



 北部地方へは騎馬で駆ける。


「君には苛酷な道になる」


 エルンストの真剣な顔と声。

 既に私の覚悟は決まっている。

 冬の寒風に晒される全身。

 ただでさえ馬に慣れない私の体力は激しく消耗する。

 限界まで身体強化魔法をかける。


(大丈夫。身体強化魔法は得意だもの)


 馬上のエルンストに引き上げられ、腕の中にすっぽり収まる。


「北部地方の気候も、君の体には障りになる。だが、必ず無事に君に使命を果たさせ、ここに連れて戻る」


 私の背中越しに降るエルンストの声に、黙って頷く。


 わざわざ見送りに来てくれていた、アンベーテンとムーティヒ。

 収納魔法陣に入っている、お母さんから届いた様々な薬、フロイが用意してくれた甘味。


 左手の薬指にある指輪。

 いつの間にか馴染んでいた、その温度。


(――頑張ってみせる)



 騎士が本気で飛ばす騎馬。

 落馬しないようにしがみつくのに精一杯。

 目を開けるどころか口を開くこともできない。

 下手に喋ろうものなら、絶対に舌を噛む。


 北部地方へと最短ルートをひたすら走る。

 道中で魔物に襲われても止まることなく、途中で何度も何度も馬を替える。


「リーリエ。つらいところがあったら教えてくれ」

「大丈夫」


 馬を替えるたび、エルンストは「リーリエ」と呼んでくる。

 私がリーリエという名前を大切にしていることを、よくわかっている。


「君は体力も魔力も、温存しておいてくれ」


 私を包むエルンストの青い《サナーレ》。

 完璧な騎士ぶりに感心する。

 エルンストは、やはり優秀な騎士。



 強行軍の中でも取らざるを得ない仮眠。


 スボルとした夜営のようなワクワク感など微塵もない。

 本職の騎士たちの過酷さに比べると、私が受けている討伐依頼は児戯。

 まだまだ知るべきことがたくさんある。

 

(――未来のために頑張ると決めたのだから) 

 

 泥のように眠り、目覚めたあとは再びエルンストが駆る馬で走る。


 エルンストの腕の中、そびえる山々に思いを馳せる。

 リンドヴルムの青い花。

 目指す北部地方は、もうすぐだった。



 眼前にそびえる切り立った険しい高山。

 どこまでも高い青空を背景に、白い雪を頂いて神々しい。

 あの山に、ブルーポピーの群生地がある。


 吹き降りる凍てついた風が、私の日焼けひとつない肌を刺して通り過ぎていく。

 フードが煽られ、露わになる私の白髪(はくはつ)


 白い息を吐く私たちの前に現れたのは、熊のような壮年の大男。

 (たてがみ)のように逆立つ金髪、天の高さを感じさせる青い目。

 その片腕は、何故か幼女を抱えている。

 

 リンドヴルム公爵ベルンハルト閣下。


 私の灰眼は礼儀を忘れて、抱えられている幼女から離れない。


 幼女の灰眼も、私をじぃっと見つめている。

 その小さな体が身に纏うのは、白蛇(リンドヴルム)の紋章が入った修道服。その髪色は白い。



 ――自分以外に初めて見る、白髪の子どもだった。

お読みいただき、ありがとうございました!

次回は明日、【夜20時20分】に更新します。

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