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33.急転

 カポカポと響く蹄、ガラガラと鳴る車輪。

 耳に心地よいリズミカルな音。


「仕事を抜けて、大丈夫なの?」

「発熱で倒れてからは、父上と仕事を調整しているからね。それに、父上は優秀な方だ。僕が抜けても問題ないよ」


 孤児院へと向かう馬車の中は、私とグートの2人きり。

 並んで座っていても、向き合う顔。


「僕のことよりも――」


 グートの手が私の顔に伸びる。

 そっと撫でられた目の下あたり。


(……バレてる)


 化粧で誤魔化していた、目の下のクマ。

 馬車の中は狭い。

 グートの青い目からは逃げられない。


「レルヒェ」

「……わかってる」


 観念して白旗を揚げる。


「帰ったら、ちゃんと休むわ」


 最近の私たちは、いつかの時と立場が逆転している。



 街なかの孤児院。


 実態を拾いきれていない遠方と違って、ここはきちんと運営が管理されている。


「「「あ、リーリエちゃん!」」」


 私を見つけた子どもたちが走り寄ってくる。

 もう何度も訪れているから、私はすっかり遊び相手として認識された。


 捨て子の多くは乳幼児だから、6、7歳過ぎの子は一人前の労働力として動かざるを得ない。

 だけど、私が来た時は、子どもらしく遊ばせてあげたい。


 特別なことをしなくても、こうして()()()を知ってもらうことで――


 白髪でも怖くないよ、

 忌み子なんて居ないんだよ、と伝わるはず。


 管理人には金銭や物品を寄付することで、許しを得ている。


「リーリエさん、いつもありがとうございます……何故、若君様とご一緒に?」

「あ」


 失敗した。

 グートは次期当主なんだから、顔が知られていて当たり前。

 これでは、リーリエが子爵令嬢(レルヒェ)だとバレてしまう。


「諸事情がある。詮索は控えるように」


 有無を言わせぬグートに、管理人が慌てて畏まる。


(レルヒェが白髪(はくはつ)ということは、どこまで知られているのかな?)



 その後はいつものように、子どもたちと鬼ごっこをしたり、おままごとをしたり。

 グートは離れた所で、木刀を使った剣術ごっこの相手。

「剣術の指南は受けている」と言っていた通り、片手に持った木刀で、向かってくる子どもたちを涼しい顔でいなしている。


「つぎは、結婚式ごっこだよ! わたし、司祭さま、リーリエちゃんは花よめさんね!」


 年長の女の子はそう言うや、私にばっさぁ、と布を被せる。

 手近にいた男の子が、強制的に花婿にされる。

 子ども特有の無邪気な強引さ。


「はい! では、誓いのキスを!」


 司祭役の女の子の高らかな宣言。


 ――ちゅっ


「!!」

 まさかの唇。


(え? これが私のファースト・キスなの? 前世でもしたことないのに?) 


 固まる私。

 子どもたちの遊びは既に次のものに移っている。


(……ノーカン。これは、ノーカンだから!!)


 花嫁役から謎の置物役に変わったまま――

 叫んだ声は心の中で響いていた。



 子爵邸への帰り道。


 私を気づかって走る馬車の揺れは眠気を誘う。

 冬の西陽が射し込んで、すべてが柔らかな橙色。


 黙って私の顔を見つめていたグートの手が、再び私の顔に伸びる。


(そんなに私のクマは目立っているかな?)

 

「帰ったら、ちゃんと――」

 休むってば、と続くはずだった私の言葉。


 柔らかいものに唇を塞がれて、行き場を失ったまま消えていく。

 熱を残してすぐに離れた、グートの唇。


「……な、な、な、っ」

「君の夫は、僕だからね」


 グートは、私と目を合わせない。

 いつもなら、年上らしく余裕のあるはずのグートの横顔。

 微かに、でも確かに――

 幼子に対抗した嫉妬とバツの悪さがあった。


 対して私の顔は、西陽のせいではなく真っ赤になっているはず。耳が熱い。


 冬の夕暮れは一瞬。


 既に馬車の中は、外にさがるランタンの光が、窓の隙間から僅かに射し込むのみ。


 この暗さの力を借りて、なんとか自分を落ち着けようとする。


(……なんで?)

 頭の中で、自問する。

 それは、グートに対してのものではなく。


(……なんで?)

 驚きはした。

 だけど――


(ちっとも、嫌じゃ、なかった……)


 眠気はとっくになくなっていた。



 順調に進んでいるはずの、特効薬開発。


 お母さんの製薬レシピはアインホルン公爵預かりとなり、増産体制が整えられた。

 問題は、原料の確保。


 万能薬の原料となるマンドラゴラ。

 何年も薬草畑で作り続けてきたから黒い森に在庫はある。

 貴重な薬草だけど、金に糸目をつけなければ入手できる。


 不足しているのは、ブルーポピーの方だった。


 ブルーポピーは、小さな群生地が高山の岩肌に点在し、そのうえ、一回結実性で開花まで数年を要する。


 絶対的に量が少ない幻の青い花。

 リンドヴルムの天上の妖精。


 運よく、次の開花を見込む群生地は最大規模。

 夏の開花を迎えれば、一気に特効薬が作られる。


 夏までは、対症療法薬を頼りになんとか乗り切る。

 開花すれば、この疫病は終息させられる。

 誰もが期待していた。



 ――北部地方で、大規模な崖崩れが起きるまでは。

お読みいただき、ありがとうございました!

次回は明日、【夜20時20分】に更新します。

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