33.急転
カポカポと響く蹄、ガラガラと鳴る車輪。
耳に心地よいリズミカルな音。
「仕事を抜けて、大丈夫なの?」
「発熱で倒れてからは、父上と仕事を調整しているからね。それに、父上は優秀な方だ。僕が抜けても問題ないよ」
孤児院へと向かう馬車の中は、私とグートの2人きり。
並んで座っていても、向き合う顔。
「僕のことよりも――」
グートの手が私の顔に伸びる。
そっと撫でられた目の下あたり。
(……バレてる)
化粧で誤魔化していた、目の下のクマ。
馬車の中は狭い。
グートの青い目からは逃げられない。
「レルヒェ」
「……わかってる」
観念して白旗を揚げる。
「帰ったら、ちゃんと休むわ」
最近の私たちは、いつかの時と立場が逆転している。
◇
街なかの孤児院。
実態を拾いきれていない遠方と違って、ここはきちんと運営が管理されている。
「「「あ、リーリエちゃん!」」」
私を見つけた子どもたちが走り寄ってくる。
もう何度も訪れているから、私はすっかり遊び相手として認識された。
捨て子の多くは乳幼児だから、6、7歳過ぎの子は一人前の労働力として動かざるを得ない。
だけど、私が来た時は、子どもらしく遊ばせてあげたい。
特別なことをしなくても、こうして私自身を知ってもらうことで――
白髪でも怖くないよ、
忌み子なんて居ないんだよ、と伝わるはず。
管理人には金銭や物品を寄付することで、許しを得ている。
「リーリエさん、いつもありがとうございます……何故、若君様とご一緒に?」
「あ」
失敗した。
グートは次期当主なんだから、顔が知られていて当たり前。
これでは、リーリエが子爵令嬢だとバレてしまう。
「諸事情がある。詮索は控えるように」
有無を言わせぬグートに、管理人が慌てて畏まる。
(レルヒェが白髪ということは、どこまで知られているのかな?)
その後はいつものように、子どもたちと鬼ごっこをしたり、おままごとをしたり。
グートは離れた所で、木刀を使った剣術ごっこの相手。
「剣術の指南は受けている」と言っていた通り、片手に持った木刀で、向かってくる子どもたちを涼しい顔でいなしている。
「つぎは、結婚式ごっこだよ! わたし、司祭さま、リーリエちゃんは花よめさんね!」
年長の女の子はそう言うや、私にばっさぁ、と布を被せる。
手近にいた男の子が、強制的に花婿にされる。
子ども特有の無邪気な強引さ。
「はい! では、誓いのキスを!」
司祭役の女の子の高らかな宣言。
――ちゅっ
「!!」
まさかの唇。
(え? これが私のファースト・キスなの? 前世でもしたことないのに?)
固まる私。
子どもたちの遊びは既に次のものに移っている。
(……ノーカン。これは、ノーカンだから!!)
花嫁役から謎の置物役に変わったまま――
叫んだ声は心の中で響いていた。
◇
子爵邸への帰り道。
私を気づかって走る馬車の揺れは眠気を誘う。
冬の西陽が射し込んで、すべてが柔らかな橙色。
黙って私の顔を見つめていたグートの手が、再び私の顔に伸びる。
(そんなに私のクマは目立っているかな?)
「帰ったら、ちゃんと――」
休むってば、と続くはずだった私の言葉。
柔らかいものに唇を塞がれて、行き場を失ったまま消えていく。
熱を残してすぐに離れた、グートの唇。
「……な、な、な、っ」
「君の夫は、僕だからね」
グートは、私と目を合わせない。
いつもなら、年上らしく余裕のあるはずのグートの横顔。
微かに、でも確かに――
幼子に対抗した嫉妬とバツの悪さがあった。
対して私の顔は、西陽のせいではなく真っ赤になっているはず。耳が熱い。
冬の夕暮れは一瞬。
既に馬車の中は、外にさがるランタンの光が、窓の隙間から僅かに射し込むのみ。
この暗さの力を借りて、なんとか自分を落ち着けようとする。
(……なんで?)
頭の中で、自問する。
それは、グートに対してのものではなく。
(……なんで?)
驚きはした。
だけど――
(ちっとも、嫌じゃ、なかった……)
眠気はとっくになくなっていた。
◇
順調に進んでいるはずの、特効薬開発。
お母さんの製薬レシピはアインホルン公爵預かりとなり、増産体制が整えられた。
問題は、原料の確保。
万能薬の原料となるマンドラゴラ。
何年も薬草畑で作り続けてきたから黒い森に在庫はある。
貴重な薬草だけど、金に糸目をつけなければ入手できる。
不足しているのは、ブルーポピーの方だった。
ブルーポピーは、小さな群生地が高山の岩肌に点在し、そのうえ、一回結実性で開花まで数年を要する。
絶対的に量が少ない幻の青い花。
リンドヴルムの天上の妖精。
運よく、次の開花を見込む群生地は最大規模。
夏の開花を迎えれば、一気に特効薬が作られる。
夏までは、対症療法薬を頼りになんとか乗り切る。
開花すれば、この疫病は終息させられる。
誰もが期待していた。
――北部地方で、大規模な崖崩れが起きるまでは。
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次回は明日、【夜20時20分】に更新します。




