32.希望
討伐完了後の高揚感をかき消す冷たい空気。
あえて、にっこりと笑いかける。
(私は、未来のために頑張る、って決めたのよ)
「治療を申し出づらいなら、皆まとめて《サナーレ》をかけるわ」
答えずに目を泳がせるカナーリエンの騎士たち。
「――赤い目が何だって?」
割り込んできた声の主は、あのフェアケールスの魔法使い。
「こんなウサギみたいな奴が怖いのかよ? カナーリエンの騎士隊は腰抜けだな」
見た目通りの、ガラの悪い口調。
だけど、不思議と嫌味は感じない。
「赤い目ってのは、俺の左目みたいなのを言うんじゃねぇのか?」
「!!」
遠目にはわかりづらかったけど、この魔法使いの目は青と紫のオッドアイ。
その紫の赤みが強くなっている。
「俺の左目は魔力を使いすぎると赤くなる。だが、ただの特異体質だぜ」
私の隣に並んだオッドアイが、カナーリエン騎士隊を見回す。
彼と目が合った騎士が目を逸らした。
「こいつの目が赤かったってのは、ただの光の加減だろ。白い髪だって歳取りゃ皆、同じだろうが」
(わざわざ、私を庇いに来てくれたの?)
この魔法使いの男は、見た目よりも優しいらしい。
カナーリエン騎士隊長がやってきて、私に向かって頭を下げる。
「リーリエ嬢。討伐へのご協力、感謝申し上げる」
「あ」
バレてる。
私が子爵令嬢、ってバレてる。
リーリエは、駆け出しの魔法使い。
ワイバーンを2匹瞬殺したからって、騎士隊長が頭を下げたりしない。
(――あああっ、紹介状!)
これは、アンベーテンの仕業。
白髪の忌み子といえど、私は領主の娘。
慇懃な対応にもなるというもの。
(こういうのを望んでいるわけではないのに!)
だけど、アンベーテンの冒険者ギルド長としての立場もある。仕方がない。
令嬢としての笑みを貼り付ける。
「……こちらこそ、微力ながらお役に立てたのならば嬉しいわ」
既に領地境からの撤収準備は終わっている。
私はカナーリエン騎士隊と共に帰る。
フェアケールスの魔法使いとは、これでお別れ。
「さっきは、ありがとう。また会えると嬉しいわ」
「……また、って。次に会う時もドラゴン討伐だろ。会いたくねぇよ」
「ドラゴン嫌いなの? わくわくしない?」
「……お前、見た目詐欺、って言われねぇ?」
心底呆れた顔を見せられて、素の私が出る。
「失礼ね。だいたい皆、騙されてくれるわよ」
「やっぱ詐欺じゃねぇか」
まぁいつか何処かでな、と私から離れていく後ろ姿。
彼を待つ、フェアケールスの騎士たち。
ごく自然にその輪に溶け込む様子に感じる、赤い目も刺青も関係ない仲間意識。
いつか私も、カナーリエンの騎士たちとそんな関係を築いてみせる。
(――あ、名前聞くの忘れちゃった)
その事に気がついたのは、帰りの馬車の中。
既にフェアケールス騎士隊の姿が見えなくなってからだった。
◇
冒険者ギルドの依頼と騎士隊の討伐。
休む間もなく受け続け、それなりに増えてきた顔見知り。
まだまだ打ち解けているとは言えない距離。
それでも、私が居ることに慣れてきた空気がある。
カナーリエン領を渡る秋の風は、とっくに冬の気配が強くなっている。
未だに、南部地方の疫病は終息していない。
そんな中、もたらされた朗報。
「ブルーポピーの薬が、重症者に効果を発揮した」
「おめでとう、お母さん!」
魔力通話装置越しに届け合う私とお母さんの声。
顔が見えなくたって、ちゃんとお互いの喜びが伝わる。
今まで救えなかった重症者たち。
未完成の万能薬にブルーポピーを加えた薬が、劇的な効果をみせたという。
「これから、アインホルン公爵の協力を受けて増産していくことになる。もう少しで、迎えに行ける」
「嬉しい!」
お母さんに会える! 黒い森に帰れる!
「もう少しだけ、良い子で待っておいで」
「うん!」
きっと、これからは全てが上手く回るはず。
私も、もっと頑張らなくちゃ。
通話を終えた私の隣にグートが立つ。
「レルヒェ。この後、孤児院へ行くのかい?」
「これから出るから、近い所よ」
私は依頼と討伐の合間に、領内の孤児院も回っている。
子どもたちに、白髪の忌み子の迷信が刷り込まれる前に。
大人たちに、迷信を語り継ぐ愚かさを気づいてもらうために。
――白髪の私自身を知ってもらうために。
「あまり頑張りすぎないように約束したはずだよ」
「善処する、って言ったの」
そう言ってうそぶく私を、青い目がじっと捉える。
しばらく沈黙した後、グートが口を開く。
「今回は、僕も行くよ」
お読みいただき、ありがとうございました!
次回は明日、【夜20時20分】に更新します。




