31.私は、頑張れる
「最近の君は、無理をしすぎだと思うよ」
雲雀の部屋でベッドに臥せる私の枕元。
椅子に座るグートの手が、私の額にそっと伸びる。
いたわる手つきを受け入れて、しばらく目を閉じる。
「……未来のために、頑張ろうと思って」
私は、冒険者ギルドでの依頼の受け方を変えた。
遠かったり、報酬が安かったり。
他の冒険者が見向きもしないようなものばかり。
「私が頑張ったら、未来の白髪の子が生きやすくなると思うの」
白髪というだけで私を忌避した人たち。
私を知ったら、受け入れてくれた人がいる。
だから、リーリエが白髪の魔法使いとして人助けで有名になったら、きっと――
「白髪の赤子は、滅多に生まれないのでしょ? それならば、魔力の強い私が、今、頑張らないと」
「君は迷信を変えたいんだね」
私の額に触れていた手が、枕の周りに広がる白髪へと優しく移る。
「だけど、君が倒れたのは疲労のせいだけではないね?」
依頼を受けて向かった先々。
白髪の私を見て、あからさまに眉をひそめる人たち。
用が済んだならさっさと去れと報酬を投げて寄越されたり、酷いときには門前払いされたり。
私が倒れたのは、心労によるものの方が大きい。
忌み子を忌避する感情を浴び続けて、私の心は疲弊している。
「……それでも、感謝してくれる人もいるの」
「領主命令を出すこともできるよ」
「それでは、意味がないわ」
上から抑えつけたって、迷信が禁忌になるだけ。
それでは何も変わらない。
「もっと草の根から変えていきたいの」
「……わかったよ。だが、あまり頑張りすぎないように」
「……善処するわ」
◇
お母さんは、南部地方のために頑張っている。
黒い森の庵にたった1人でこもり、特効薬の開発に心血を注いでいる。
(だから、私も頑張るの)
ブリュンヒルトたちを伴って訪れた冒険者ギルド。
アンベーテンは待ち構えていたかのように、私たちをギルド長室へと招き入れた。
向かい合って座ったローテーブルの上。
私の前に置かれた封書。
「そろそろ、騎士隊への紹介状をと思ったのでね」
「紹介状!」
騎士隊の討伐に一枚噛ませてもらえば、手っ取り早く名を上げられる。
「少し遠いが、ドラゴン討伐がある。領地境になるから、フェアケールス伯爵領の騎士隊との共闘だ」
封書に添えられていた討伐書を手に取る。
「ワイバーン?」
「その通りだ。数は十に満たない」
「とても愉快ね」
ワイバーンはドラゴンの亜種。
翼竜で、尻尾の先端には毒針付き。
その強さも大きさも、人に近いハルピュイアの比ではない。
「貴女の気晴らしには最適だろう、白い天使」
アンベーテンの笑顔は、一見爽やか。
第一の理解者といわんばかりに、ドヤっている。
私は戦闘狂ではないんだってば。
魔法が楽しいだけよ?
◇
領地境のワイバーン討伐地点。
山の険しい斜面に静かに群れる複数の黒い塊。
遠目にもわかる、その大きさ。
道中を共にするカナーリエン騎士隊の空気がぴりつき始める。
フェアケールス騎士隊と合流して始まった討伐戦。
岩肌で翼を休めていたワイバーンたちが、獲物に気づいて一斉に空へと飛び立つ。
辺りを覆う、翼を広げた巨体が落とす影。
空気を切る翼の音。
見上げると腹が丸見えだけど、投擲機で当てるのは至難の業。
当てたところでたかが知れている。
先陣を切って急降下してくるワイバーン。
一瞬で迫る猛禽類のような鉤爪――
《フルミナーレ》
私が最大火力で放つ雷魔法。
空気を引き裂き轟く雷鳴、強烈な閃光。
裁きの雷。
直撃を受けたワイバーンが1匹、霧と化した。
裁きの雷はそのまま後ろのもう1匹も貫き、片翼を奪う。
空からの落下物と化した、片翼を失った魔物の巨体。
凄まじい轟音、地面の揺れ、四方に吹き抜ける土混じりの突風。
鬨の声をあげて、身体強化魔法をかけた騎士たちがとどめを刺しに駆けて行く。
カナーリエンの魔法使いたちも、別の1匹の翼と毒針付きの尾を魔法で切り落として無力化させている。
(さすがに騎士隊は手際が良いわ)
《ウェントゥス》
私から離れた場所から立て続けに放たれた風魔法の強靭な刃。
ワイバーンが次々と飛行能力と尾を奪われて落下していく。
フェアケールスの魔法使い。
青みがかった黒髪は無造作に掻き上げられて、首元や腕先など、服から覗く肌には不思議な模様の刺青。
タレ目なのに目つきが悪い若い男。
車輪の紋章が入ったローブを纏っているから、私と違って正式な魔法使い。
自分でとどめを刺すよりも、いかに早くワイバーンを地上に引きずり下ろすかに重点を置いている。
ブレスを吐かないワイバーン相手の、騎士との連携を理解した戦い方。
(なるほど。ああいう戦い方もあるのね。だけど――)
真似をするのも癪だし、今は私のやり方で。
《フルミナーレ》
私は再び、最大火力で雷魔法を放つ。
狙い違わず、強襲を狙って急降下してくるワイバーンを正面から貫き、一瞬で霧と魔石に変える。
その向こうで、最後の1匹がフェアケールスの強靭な風魔法で飛行能力を奪われ落下していく。
地面に転がる、ただの大きな的へと成り下がったワイバーンたち。
騎士たちによって、とどめを刺されていく。
ある意味タコ殴り。
カナーリエン騎士隊と、フェアケールス騎士隊。
ちょうど4匹ずつの討伐。
(共闘としては、上手くいったのでは?)
「お疲れさま。怪我人がいたら、《サナーレ》をかけるわよ?」
私に話しかけられた、金糸雀の紋章が入った若い騎士。
その肩がびくりと跳ねるのを見て、私は内心で溜め息をつく。
「さっき、目が赤かったんだ……」
誰かの呟きに、別の誰かが「やっぱり」と漏らす。
この場にできあがっていく白髪の私を忌避する空気。
私の灰色の目は、光の加減でごく稀に、一瞬だけ赤く見えることがある。
きっと、さっきの雷魔法の閃光が原因。
塞がった瘡蓋を剥がされるような痛みに、私の手は左手の薬指を確かめる。
(……大丈夫。私は独りじゃないわ)
お読みいただき、ありがとうございました!
次回は明日、【夜20時20分】に更新します。




