30.決意
領地境。
カナーリエン領とフェアケールス領の境近く。
山あいの村で、僅かな寄付と自給自足で運営されている小さな孤児院。
外観同様、小さな部屋の粗末なテーブルで依頼主の夫婦と向き合う。
「三つ股の鉤爪の足跡?」
「そうですわ。子どもたちが魚を捕りに行く渓流の辺りで、複数の足跡が見つかりましたの」
片田舎には不釣り合いな、育ちの良さを感じさせる妻。
「羽毛の1つでもあれば見当がつけやすいのだけど」
「それは、残念ながら……。ただ、足跡は鳥にしては不自然に大きくて、不快な臭いも残っていたそうですわ」
幼馴染だという元騎士の夫が頷いて、あとを引き取る。
「この辺りは、魔物といってもスライムがほとんどで。今までは、オレ1人がつけば子どもたちの安全は守れたんだが」
村外から移住し、孤児院を引き継いで数年経つという若夫婦。
子宝に恵まれない彼らは、ここで生涯、孤児たちと共に生きる決意を固めているという。
「正体がわからないうえに、数も、まだ近くにいるのかも不明で。これでは渓流に近づけない。もうずっと子どもたちの食事は質素なもので我慢させていて」
「それならばさっそく、その渓流とやらに向かうわ」
日々の糧に当てにしていた魚が捕れないのは、さぞ痛手なはず。
子どもたちのために自分たちの食事は後回しになっているのが、この夫婦の顔色からも見て取れる。
「今回は調査依頼だけど……魔物がいたら、討伐しちゃって構わないの?」
「そうしてもらえると有難いのですけれど……。その場合、報酬はどのくらいが適当ですの?」
妻の荒れた手が、不安そうに胸の前で組まれている。
(え、報酬? 別件扱いになるの? 私が金額を決めるの?)
相場なんてわからない。
「貴方を道案内に雇うわ。これで相殺で、どう?」
破格といえる私の提案。
彼らが拒む理由もなく、私たちはすぐに、夫の背中について渓流へと出発した。
◇
山の木々の息吹にのって、渓流の様々な水音が耳に届く。
深さによって色が変わる川面。
岩にあたる水流が飛沫をあげ、ひやりとした空気が肌を冷やす。
「この辺り?」
残されていた新しい痕跡。
一目でわかる、三つ股の鉤爪の足跡。
灰色や黒の、人間の手よりも大きな羽毛。
「ブリュンヒルト、どう思う?」
「この足跡の大きさ、羽毛からみるに、ハルピュイアかと」
女の上半身と鳥の翼、鳥の下半身を持つ魔物。
空を飛ぶだけでも厄介なのに、奴らは群れる。
私の護衛を務める私兵たち同様、周囲に警戒の視線を送りながら元騎士の夫が確認する。
「今から足跡を追うのか? 山の日暮れは早いが」
「ここで魔力探知するわ」
ハルピュイアの人狩りは残虐。
足跡を追ったところで途中で途絶えている。
そして、上空から鋭い鉤爪で襲いかかり、連れ去った獲物を高所で離して地面に叩きつける。
「ブリュンヒルト、私の魔力に合わせてくれる? 他の者は周囲への警戒を」
「承知しました」
はっきり言って、私は魔力探知が苦手。
気配にも鈍感。
ここは、優秀なブリュンヒルト頼み。
片膝をついて屈み、ぺたりと地面につけた右手。
その一瞬で、私を中心に白い魔法陣が地を這い広がる。
視界の果てまで伸びていく私の魔力。
私の耳に「すごい……」という驚嘆の声が届く。
私は目を閉じて意識を魔法陣に全集中させ、ハルピュイアの魔力反応を探す。
(――見つけた)
ここよりも山の奥。切り立った崖。
複数の魔力反応。その数、十数匹。
やはり、群れている。
「巣は、見つけたわ。明日の早朝、討伐に向かいましょう」
◇
孤児院に戻った私たちを、子どもたちが興奮した様子でわっと取り囲む。
「スゲェ、魚が浮いてら!」
私が魔法で出した水の球。
その中を泳ぐ、たくさんの魚。
頭上にふよふよ浮かぶ現実離れした光景。
見上げる子どもたちの目は、揃ってきらきらしている。
「白いお姉ちゃんが捕ったの?」
「ちがうよ、お姫さまだよ! こんなにキレイなひと、見たことないもん!」
「白姫さまだ!」
「こら、お前たち。きちんとお礼を言え」
子どもたちの屈託ない笑顔。
渓流の調査に出る前は遠巻きにしていたのに。
魚が嬉しくて、そんなことは忘れたみたい。
「これで全部移したわね。それじゃあ、消すわよ」
「「「うわー、ホントに消えた!」」」
大きな水の球が弾け消えただけで盛り上がる子どもたち。
井戸水を入れた桶やバケツに魚を移し終わり、子どもたちが歓声を上げながら運んでいく。
そのまま元騎士の夫に魚と子どもたちを任せる。
後ろ姿を見送りながら、ふとこぼれた問い。
「貴女たちは皆、私のことを怖がらないのね」
「私たちは他所から来た者ですから。元々、この地の迷信とは無縁でしたの。他所者の私がこんな事を言うのはおこがましいかと思いますけれど――」
みなまで言わずとも察した妻の、慈愛に満ちる目。
「白髪の忌み子など、私から見れば愚かな迷信。出産が命がけなのは赤子も同じ。そんなものを語り継いで、何になりますの?」
「愚かな、迷信……」
「そうですわ」
迷信を愚かと言い切る、優しさの中にある強さ。
妻のふんわりした雰囲気がかげる。
「どんな赤子でも、無事に生まれてくることは当たり前ではないのに……」
その声、眼差しから伝わってくる、我が子の産声を聞けなかった悲しみ。
私の胸も、きゅっとなる。
「さあ、リーリエさんたちもお入りになって。狭いですけれど、不躾な視線は防げますわ」
◇
《フルミナーレ》
空気を裂くような轟音と閃光。
崖に巣食う魔物の群れに炸裂した高速の雷魔法。
飛び散る岩に混ざり降る、ハルピュイアだった幾つもの魔石。
即死を免れた何匹かは、麻痺した翼を広げられずに崖下の地面や岩場に叩きつけられていく。
その崖下に散らばる骨や乾ききった肉片。
黒ずんだボロボロの布切れ。
周囲にこびりつく死の匂い。
(己が今まで殺してきた人間と同じ恐怖と苦痛を味わうといいわ)
魔物にも心があればだけど。
すぐに私兵たちが虫の息の魔物にとどめを刺していく。
目の端で魔物が霧と化すのを見ながら、崖を見上げて取り逃した個体がいないか確認する。
「お嬢様、討伐完了いたしました」
ブリュンヒルトの凛とした声が告げる、戦いの終了。
呆気ない幕切れ。
道案内をしていた元騎士の夫と共に孤児院に戻り、留守番をしていた妻と子どもたちに討伐完了を報告する。
「「「やったー! また魚捕りできるね!」」」
はしゃぐ子どもたちを優しく見つめる若夫婦にも、安堵の色が浮かぶ。
「冒険者が来ないなら、騎士隊に助けを求めることは考えなかったの?」
「……私たちには、騎士隊に頼る資格などありませんの」
私の問いに目を伏せる2人。
ハルピュイアの魔石を革袋ごとそっと手渡すと、驚いた視線とぶつかる。
「使い道は任せるわ」
孤児院の運営には、領主から何かしらの援助があってしかるべき。
だから、これは正当な行為。
この人たちなら、白髪の赤子も保護してくれる。
その未来への投資。
私がリーリエとして強い魔法使いを目指したのは、自分のためだった。
だけど、これからは――
未来のために、動くべきなのかもしれない。
お読みいただき、ありがとうございました!
次回は明日、【夜20時20分】に更新します。




