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28.面会

 特効薬の試作品。


 お母さんをはじめ他の者たちも、少しでも早く有用なものをと、骨身を削って模索している。

 まずは既存薬の転用・改良などから。

 

 その非臨床試験と治験は、未だ道半ば。



「ブルーロータスが決定打にならなかった場合に備え、ブルーポピーを手に入れたい」

「ブルーポピーか……。リンドヴルムの()()()()()といわれる花だな」


 久々の、お母さんからの連絡。

 魔力通話装置でお母さんと話しているのは、子爵。


 子爵の眉間にしわが寄る。


「開花時期は既に終わっている。今、手に入るものは――乾燥させたものになるが」


「それで構わない。量はどの程度、確保できるだろうか」


「……うむ。ブルーポピーは、その希少性と栽培の難しさから、北部地方の秘蔵植物。リンドヴルム公爵が厳重に管理している」


 北部地方は、高山が多く寒冷な地方。


 そういえば、エルンストが言っていた。

『私の母は北部地方出身だ。あそこは白蛇が守護神獣で、ここと違って白髪(はくはつ)は尊重される』と。


「北部地方でも、物資の保管命令などの沙汰は出されている筈。――だが、何とかしよう」


 話が終わった子爵から、すかさず魔力通話装置を受け取る。

 

「お母さん!」

「リーリエ。カナーリエン子爵から、手紙で知らされている。……すまない」

「あ」

 

 ちらりと動かした視線が、真っ直ぐに子爵とぶつかる。

 空気を読んで席を外す子爵たちの背中。


「お母さん。婚姻のことだったら、謝らないで」

「リーリエ」

「お母さんも言っていたでしょう? リーリエの魔力は別格。王家から婚約の打診がきても、おかしくはないほどだって」

「しかし」

「グートは、約束してくれたの」


 夏の強い日差しを遮るガゼボで。

 心地よい風が吹く中のティータイムで。

 

「信じて、みる」



 通常のルートでは難しいブルーポピーの入手。

 量を揃えるには、アインホルン公爵の伝手を頼る他はない。

 子爵の決断は早かった。


 貴族社会では恩恵と奉仕の交換が原則。

 借りを作ることは家門にリスクを負うこと。


 それでも子爵はお母さんの要望に応えてくれた。

 お母さんへの評価の他に、私とグートの婚姻を強引に進めてしまったことの後ろめたさもあるのかもしれない。



 ――そして今。


 私と子爵が参じている邸。

 私たちを呼び出した張本人が待ち構える場所。


 アインホルン公爵の城。


 邸ではなかった。城。

 公爵という地位の持つ権力の象徴。

 見上げる体に力が入る。


 子爵とともに通されたのは、プライベートな応接室。


(てっきり、謁見室に通されると思っていたのに)

 


「成程、美しくも可愛らしい令嬢じゃ。エルンストが心奪われるのも、理解出来るのう」


 アインホルン公爵ヒルデガルト閣下。 

 楽しそうな笑みを浮かべて私を見つめてくる。

 豪奢な金髪に真実を見抜くような青い目。


 武芸に秀で、自ら剣を取る女傑。

 銀髪碧眼の騎士を従える姿が放つ、辺境を守り抜いてきた自負と威厳。


(エルンストがこの場にいるのは護衛として――?)

 


「ブルーポピーじゃな。よい。力になろうぞ」


 妾は忙しい、と、堅苦しい挨拶は抜きにされる。


「国王陛下からも、支援は惜しまぬよう沙汰が出されているのじゃ。聖寵の国(グナーデ)の危機ゆえに」


 南部地方の詳細な状況を、私は知らされていない。

 それは民草も同じ。

 この言い方から察するに、疫病の蔓延と被害は相当なもの。


「時に、カナーリエン卿。レルヒェ嬢は、既に令息と婚姻したとな?」


 私は、ちらっと子爵を見る。

 ノーリアクション。

 表情から読み取れるものは、何も無い。


「レルヒェ嬢は、成人するまで、黒い森の養い親に任せるように沙汰を出したはずじゃが」


「養い親は、今まさに特効薬の開発を進めております。その間、レルヒェを頼むと申し出がありましてな。諸事情があり、レルヒェの婚姻は進めましたが――」


 子爵はちゃんと貴族らしく振る舞える。

 ……普段の親馬鹿さえしまえば。


「薬の開発が終わり次第、レルヒェは黒い森の養い親の元へ戻りましょう。そして婚姻していても、レルヒェが望まぬならば、邸へ連れて行くことは致しませぬ」


 子爵の断言。

 エルンストの表情が僅かに変わる。


「そうか、つまらんのう。妾の沙汰に逆らうならば、レルヒェ嬢を取り上げるつもりだったのじゃがな」


 この女傑は、恐ろしい事を楽しそうに言い放つ。


「エルンストは、妾の息子の乳兄弟。どうしても、エルンストに肩入れしてしまうゆえ」


 なるほど、そういうこと。

 そういえば、「そんなに気になるなら攫って来い」とエルンストを焚き付けたのはこの人だった。


「さて、レルヒェ嬢。そなたは――」


 そこから先を止め、私を射抜く。

 力強い青い目は、私が目を逸らすことを許さない。

 薬指の指輪へと無意識に伸びる、私の右手。


「まあ、よい。さて、カナーリエン卿。妾に少し付き合え」


 ヒルデガルト閣下が子爵を連れて、応接室を出て行く。

 

(え? パパが私と離れることに抵抗しないなんて)


 2人きりではないけど、エルンストと同じ空間にいるのは気まずい。

 あんなに、どうやって話そうか考えていたのに。


()()()()嬢。――カナーリエン子爵令息との婚姻は、あの場限りの欺瞞ではなかったのだな」


 いつもより他人行儀なエルンストの話し方。

 ここはアインホルン公爵の城。

 応接室には他にも使用人がいるから、当然のこと。


「伯爵邸で、きちんと伝えられなくて、ごめんなさい」

お読みいただき、ありがとうございました!

次回は明日、【夜20時20分】に更新します。

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