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27.真珠と菫青石

 フェアケールス伯爵領から帰って。


 東部地方の奇病が完全に解決した今。

 元通りに冒険者ギルドに行ってよい、と言われている。

 但し、護衛は増やすとも。


「お嬢様、今日もお部屋でお過ごしに?」


 フロイが眉を下げて尋ねてくる。


 グートとの婚約が婚姻に進化したことは、邸の者は皆、知っている。

 だけど、私への配慮なのか呼び方は「お嬢様」のまま。


「……ちょっと、気分が乗らなくて」


 雲雀の部屋の大きなぬいぐるみ。

 私に抱え込まれ、ソファーに一緒にごろんと倒れている。



 私を呼ぶ、エルンストの声。

 私を見ていた、強い視線。


 子爵が振り切ってしまったけど、私はきちんと自分の口から話すべきだったのでは?


 何を? グートと婚姻したことを。 

 何を? 婚姻しても黒い森にいられることを。

 何を? グートは私を尊重してくれていることを。

 何を? 婚姻は私を守るためのものだということを。


 それから?


 ――私は子爵を恨んではいないことを。


 私は黒い森でお母さんといられれば幸せだった。幸せの形を変えたくはなかった。

 悲しい記憶には、ずっと蓋をしていた。だから、恨みを抱えて生きてきたわけではなかった。

 それ以上の幸せをお母さんは与えてくれた。


 フォアムントさんに見つかって、

 エルンストに見つかって、

 グートにカナーリエン子爵邸に連れて行かれて。

 私の世界は広がって、大切な人も居場所も増えた。


 だから? 


 エルンストの手を取るつもりはない。



(……わかってくれるかな)


 入室のノックの音に、意識が雲雀の部屋に戻る。

 フロイが開けた扉から入ってきたのはグート。


「レルヒェ、具合はどうだい?」

「……だいじょーぶ」


 グートの問いにも、大きなぬいぐるみと一緒にソファーにごろんと倒れたまま。


 私の額にためらいなく当てられるグートの手。


「熱はないようだね」

「……」


 ぐるぐる考えすぎて、熱が出そうではある。

 初恋もまだなのに、目の前の男は、私の夫。


「君が塞ぎ込む原因は、エルンスト・リッターかい?」

「……なんで、わかるの?」

「君は優しいからね。傷つけずに納得してもらえないか、話し合いたいんだろう?」

「……なんで、そう思うの?」 

「父上から聞いているよ。伯爵邸で、彼に会ったんだろう?」

 

 グートが私の隣に腰を下ろす。

 ソファーが沈み、伝わってくるグートの体温。


「君は優しい。だが、不用意な情けは恥をかかせるし、下手な情けは残酷な希望を抱かせるだけだよ」

「そう、なの?」

「そうだよ。彼は大人だ。自分で感情に折り合いをつける」


(そういうものなの?) 


 どうやら私は、恋愛方面ではポンコツらしい。


「レルヒェ、手を出してくれるかい?」


 グートに言われるまま、私は体を起こして右手を差し出す。


「反対の手」


 右手を引っ込めて、左手を出す。

 何かくれるのかと手の平を上にして出した私を見て、グートが苦笑する。

 グートの手が私の左手をひっくり返して、薬指にはめられたのは――


「……これって」


「僕たちの結婚指輪だよ」

「……結婚指輪」


「納得のいく真珠がなかなか手に入らなくてね。婚約指輪を飛ばして、いきなり結婚指輪では不満かい?」


 華奢な指輪には、控えめな小さい真珠と菫青石が並んで伏せ込みされている。

 一目でわかる、私とグートの色。


「……ううん。ありがとう」

「僕には、君がはめてくれるかい?」


 手渡された、私のよりもサイズが大きな指輪。

 グートの左手をそっと取って、慎重にはめる。


「これでいい?」

「ありがとう、レルヒェ」


 見上げれば、グートの、嬉しさに弾む顔。

 こんな少年のような表情は初めて見る。

 年上なのになんだか可愛くて、思わずふわっとした笑いがこぼれる。


「貴方も、そんなふうに笑えたのね」


 笑った私を見つめて一瞬固まったグートの表情。

 私を映す瞳が傍に控えるフロイに動き、驚きと困惑に変わる。


「……そこの君、大丈夫かい?」

「え?」


 振り返ると、傍に控えるフロイが鼻血を流している。

 垂らしているではなく、流している。


「わ!? ちょっ、フロイ大丈夫!?」


 私が慌ててかけた《サナーレ》ですぐに止まったフロイの鼻血。


「何で急に――??」


「……申し訳ありませんっ! 今までは、なんとか堪えていたのですがっ、お二人の仲睦まじい様子が尊っ、いえ、何というかっ! 本当に申し訳ありませんっっ!」


 フロイは恐縮しつつも、いつものように、わたわたと両腕を振ったり両手を組んだり忙しない。

 本当に見ていて飽きない。


「それにしても、お嬢様は《サナーレ》もお上手ですね! 私の《サナーレ》では、繕い物の針で刺した傷程度しか癒せないので!」


 それくらいなら、自然治癒に任せて充分。

 私の魔力は、やはり別格。

 フェアケールス伯爵も、隙あらば私を取り込もうとしていた。


(グートが言う通り、この婚姻は私を守る盾)


 今はまだ慣れない、薬指にある指輪の温度。


 そう遠くないうちに、いつの間にか馴染むのかもしれない。

お読みいただき、ありがとうございました!

次回は明日、【夜20時20分】に更新します。

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