26.婚姻
「……何でこんなことに」
私が誰かさんのように陰気臭く呟くのは、もう何度目か。
「君を守るためだよ。これなら、君らしくありながら好きなだけ魔法を使える」
庭のガゼボでのティータイム。
夏の強い日差しを遮り落ちる日陰。
通り抜ける、心地よい風。
給仕に控えるのは、いつも通りフロイ。
「私が成人するまで待つ、って言ったわ」
「待つよ」
「言ってることと、やってることが違うと思うの」
「婚姻の手続きはする。君は僕の妻になる。だが――」
「白い結婚だよ」
一拍置いて続けられたのは、聞き慣れない言葉。
「結婚に色があるの?」
「夜を共にしないと言えば、わかるかい?」
私の頬が、かぁっと熱くなる。
そうか、結婚するって、夫婦になるって、普通は。
「さすがに、父上も今日の明日で、そこまでは受け入れられない。父上の中では、君はまだ子どもだからね」
「え?」
そこは、子爵のメンタルではなく、私に配慮するべきなのでは。
「君の気持ちが僕に向くまで、待つよ」
この際、それは置いておいて。
「――私はもう、黒い森に帰れないの?」
私が、リーリエとして強い魔法使いを目指す理由。
黒い森でお母さんと一緒にいたい。
リーリエとして、生きていきたい。
大好きな魔法を好きなだけ使いたい。
結婚なんて早すぎる。
一番の願いは、黒い森でお母さんと一緒にいることなのに。
これでは――
「まさか。黒い森にいていいし、魔法使いとしてリーリエを名乗って構わない。たまに邸に来て共に過ごしてくれたら、それで充分だよ」
「……グートは、前にも、約束を破った」
『会うのは一度だけ。すぐに帰ると約束したわ』
『当主の意向には逆らえない』
「……あの時のことかい? 参ったな」
恨みがましい私の視線を受け止めて、グートが苦笑する。
「僕はもう、君の笑顔を奪わない。君に信じてもらえるように、精進するよ」
確かに、グートは変わった。
今のグートは私を尊重してくれている。
家庭教師のスケジュールはゆとりがあるし、冒険者ギルドに行くことも止めない。
子爵邸はとても過ごしやすい。
『僕は、君が好きなんだ』
グートの告白が耳によみがえる。
グートを信じるならば――
婚姻手続きをしても、私の生活は今まで通り。
グートとの婚姻は私を守る盾。
(……だからって)
はい、そうですか、とは素直に頷けない。
2年後まで、猶予があったはずなのに。
頭の中がぐるぐるする。
回って回って回り続ける――……
私は思考を放棄した。
◇
私とグートの婚姻。
滞りなく、子爵邸での書類作成だけで済まされた。
教会法での正当性をもたせるために、司祭が同席しての手続き。
これで私たちは夫婦。
「君は、今まで他家と交流をもったことがない。デビュタントもしていない。社交界では、カナーリエン子爵令嬢は体が弱く療養中として通っている。すぐに結婚式を挙げなくても、問題にはならないよ」
「私、存在が薄いのね」
「正式にデビュタントしていたら、釣書はたくさん来たと思うよ。君は美しいし、カナーリエン子爵家はそれなりに豊かな領地だ」
カナーリエン子爵家は裕福な部類に入る。
落ちぶれた貴族でなくとも縁を繋ぎたい相手。
「それに、君はフェアケールス伯爵家の跡継ぎを救う。悠長なことをしている場合ではないからね」
私が伯爵領へと向かう手筈は既に整っている。
「フェアケールス伯爵領は、昨今、不安定でね。隣の領地が乱れれば、我が領にも影響が避けられない。それを防いだ上で、伯爵家のお家騒動にも恩を売れる。一石二鳥、いや、君との婚姻が進んだことをいれると、一石三鳥だね」
件の伯爵領は、かつては交通の要衝。
領の運営は主に通行税。寂れた後に借金が嵩んだ代には、領地を一部、手放したこともあるという。
そこにきて、この跡目争い。
そして領内では他にも、禁制品の取り扱いによって廃村が出るなど、不祥事続き。
家格ではフェアケールス伯爵家が上でも、カナーリエン子爵家の方が力はあった。
それでも、相手は伯爵家。
どんな無理難題を押し付けてくるかわからない。
(さくっと行って、速攻で帰ろう)
◇
フェアケールス伯爵邸。
日当たりの良い子供部屋。
目の前の寝台には、人形のように眠るまだ幼い男児。
子どもは生命力の塊であるべきなのに。
《生命の水》
男児の周りに私の魔力を乗せた白い魔法陣が広がり、そして静かに消えていく。
これは、最上級の回復魔法。
《サナーレ》では癒しきれない、生命力すら回復させる奇跡の魔法。
とても古い魔法らしいし、消費する魔力がえげつない。
魔法を終えた後の静寂。
ここにいる全ての視線は男児に注がれている。
柔らかそうな睫毛が震えて、ゆっくりとまぶたが持ち上がる。
「おお、奇跡だ!!」
張り詰めた空気が一瞬で、歓喜の声に塗り替わる。
(間に合って良かった)
皆が男児に注目する中、私に向けられる強い視線。
その視線の主は、一角獣の紋章が入った騎士服を着ている、銀髪碧眼の騎士。
アインホルン公爵が差し向けた見届人。
エルンストに会うのは、黒い森で求婚されて以来。
(……気まずい)
「カナーリエン卿。孫を救ってくれた事、心から感謝する。これで、我が伯爵家の希望が……護られた」
ぜひ感謝の宴を、という老伯爵に、子爵が即座に断りを述べる。
「生憎、我が娘は丈夫ではなく。これ以上の無理はさせられぬ」
普段の親馬鹿をしまった子爵は、とても貴族らしい。
伯爵邸へは、子爵自ら同行している。
グートは優秀だけど後継の養子に過ぎない。
万が一にも、老獪な伯爵に押し切られないように。
「なんと! 確かにカナーリエン子爵令嬢は、生まれてからずっと療養しているという話があった。それを、我が孫のために……」
老伯爵の目がギラリと光る。
「ならば、まだデビュタントは済んでいない筈。我が伯爵家縁の者と、縁を繋ぐというのは如何かな」
「我が娘は諸事情で既に婚姻が済んでおりましてな」
子爵がにべもなく断る。
「それは……無理を言ったようだ」
老伯爵は、どうやら私の余命が僅かだと勘違いしたらしかった。
念の為、フロインディンに施してもらった病人メイクが効いている。
機を逃さず、私は子爵に寄りかかるように俯いて声を震わせる。
「パ……お父様、目眩がするの……」
「何ということだ! すぐに邸に帰って主治医に診せなくては!」
挨拶もそこそこに、私たちは伯爵邸を辞する。
とんだ茶番だけど長居は無用。
馬車に乗り込む私たちを引き止めたのは、銀髪碧眼の騎士の声。
「カナーリエン卿! 令嬢と話す時間を頂きたい!」
「断る。馬車を出せ」
私が返事をするよりも早く、子爵が振り向きもせずに切り捨てる。
「リーリエ!」
風に散らされる、私を呼ぶエルンストの声。
馬車が止まることは、なかった。
お読みいただき、ありがとうございました!
次回は明日、【夜20時20分】に更新します。




