25.わからない
グートは2日の休養で快復した。
邸内は安堵に包まれ、使用人たちの顔も明るい。
養子であっても、子爵の後継としてグートは慕われている。
同じ頃、やっときた待ち望んでいた連絡。
私は作法も忘れて子爵の執務室まで一気に駆け、目の前の魔力通話装置に飛びつく。
「お母さん!!」
「リーリエ。特効薬の試作品ができた。試作品は2種類。未完成の万能薬と霊薬、それぞれにブルーロータスを加えたものだ」
魔力通話装置越しに聴く、懐かしいお母さんの声。
不思議と体温まで伝わってくる。
「非臨床試験と治験に入る。ここからは、アインホルン公爵と南部の協力を受けて進めていくことになる」
いつも通りの落ち着いた口調。
「お母さんが無事でよかった……」
「私の心配は要らない。リーリエは変わりないか?」
「……お母さんの声を聞けたから、大丈夫」
「リーリエ。我慢強いのは美点だが、お熱が出る前に相談するように」
ちらりと動かした視線が子爵とぶつかる。
空気を読んで、子爵たちが席を外してくれる。
「……グートから、告白されたの」
「成程。初恋もまだのリーリエには、刺激が強すぎたか」
「エルンストさんに求婚された時は、少し怖かったの。でも、グートに告白された時は、どうしたらいいか、わからなくなったの」
私の声はどんどん小さくなる。
「焦る必要は無い。恋は突然、訪れるもの」
「フォアムントさんみたいに?」
「……あれは1つの例。全てではない」
前世と合わせれば、31年分の記憶があるのに。
――まだまだ、わからないことだらけ。
◇
試作品完成の朗報、その数日後。
今度は子爵から東部地方の奇病について続報があった。
子爵の執務室の応接セット。
子爵の向かいに座った私の隣に、グートが腰を下ろしてくる。
「例の奇病は、呪いと判明した。魔力の巡りを狂わせ、自らの魔力に命を蝕まれる呪いだったと。魔力が強い者ほど早く消耗する。貴族の跡目争いからの、異母弟殺しということだ」
子爵から語られた奇病の正体。
呪いは魔法と対を成す、負の、奇跡。
生贄を用いる事から、多くの国で禁忌とされている。
「もう、解決したの?」
「呪いに狙われた異母弟は、解呪が間に合わず死亡している。そして、呪いの範囲は1人ではなく、邸を中心に関係の無い者たちも巻き込んだようだ」
放たれた呪いは、強過ぎたのか精度が大雑把だったのか。
対象だけでなく、邸に居た者にも、邸の周囲に居た者にも降りかかった。
呪いの範囲が広かったことと、南部地方の疫病のこともあり、当初は謎の奇病として対応されてしまった。
その為、初動が遅れ、死者が出た。
「首謀者である異母兄は、既に捕まって刑が執行された」
呪いを放った者が死ねば、全ての呪いは解呪される。
「それで全て解決ではないの?」
「解呪しても、生命力を失いすぎた者は目覚めぬ。跡継ぎとして遺された伯爵家の男児が、未だに昏睡状態だという。このままでは衰弱死だ。アインホルン公爵の命で、治療法が探られている」
頭に浮かぶ、私を救った鈴蘭の薬。
お母さんが私に合わせて調合したもの。
万人に効果があるものではない。
だけど――
「レルヒェ。《生命の水》については聞いている」
子爵の静かな声に、思考に沈みかけた意識がはっとする。
私の身の回りのことは全て、ブリュンヒルトから子爵とグートに報告が上がっている。
私を見つめる子爵の表情がくもる。
「公爵の命に従うならば、私はレルヒェの《生命の水》で伯爵家を救うべきなのだ」
当主としての顔が消え、父親の顔だけが残る。
「――冒険者ギルドの長と副長には、守秘義務を課している。私は、できれば、《生命の水》をこれ以上知られぬままにしたいのだ。だが、私の知らぬところで、レルヒェの耳に入るよりは、と……」
その後をグートが引き取る。
「君が懸念するように、君の《サナーレ》と《生命の水》の効果は絶大だからね。噂が広まったら、本当に収拾がつかなくなる。救いを求める者たちが、大挙して押し寄せるかもしれない」
「むやみやたらに使う力ではないのだ。《生命の水》が無くとも、レルヒェは、我が家よりも高位の貴族や王家に目を付けられる可能性がある」
子爵の懸念を聞いて、以前、お母さんが言っていた言葉が耳によみがえる。
「伯爵家や王家が私を望んだら……パパは断れる?」
子爵が目を閉じてゆっくりと頭を振る。
「婚約は教会法で厳格に守られる。件の伯爵家相手ならば、対処は出来得る。だが、今の王家は王子が多くて、婚約者探しに難儀している。レルヒェに白羽の矢が立つ可能性が高いのだ」
「レルヒェは、どうしたい?」
すぐ隣から降ってくる優しい声。
「……私は、できるなら、助けてあげたい。だけど、わからないの」
小さな子が苦しんでいる。
私なら助けられる。
助けられるのに見て見ぬふりをしたら、後悔する。
だけど――
それで私はどうなるの?
家族から引き離されて閉じこめられる?
顔も知らない王子との結婚を強制される?
次に魔力暴走を起こしたら、今度こそ死ぬかもしれない。
お母さんに会えないまま人生が終わるのは、絶対に嫌。
「……正解が、わからないの。後悔しない方を選びたいのに、どちらを選んでも、後悔、する」
顔を上げていられずに俯いた視界。
ぎゅっと力の入る私の拳。
その拳に、グートの手がそっと重ねられる。
「君は、もっと我儘になっていいんだよ。僕の望みは、君が笑顔でいることだ」
私の拳を包み込むグートの手。
伝わる体温。
グートの手は大きくて、私の拳がすっぽりとおさまる。
「君はデビュタント前の未婚の令嬢。婚約だけだと王命を出されたら逆らえない。だが、さすがに王家も君が欲しいからと離婚まではさせられない」
「だから、いっそのこと」
あ、この流れは――
「君と僕の婚姻を、早めることになった」
「!!」
「エルンスト・リッターの事もあるからね」
エルンストの行動が、またしても、藪蛇になっている。
――エルンストの、あんぽんたん!!
お読みいただき、ありがとうございました!
次回は明日、【夜20時20分】に更新します。




