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25.わからない

 グートは2日の休養で快復した。


 邸内は安堵に包まれ、使用人たちの顔も明るい。

 養子であっても、子爵の後継としてグートは慕われている。


 同じ頃、やっときた待ち望んでいた連絡。

 私は作法も忘れて子爵の執務室まで一気に駆け、目の前の魔力通話装置に飛びつく。


「お母さん!!」


「リーリエ。特効薬の試作品ができた。試作品は2種類。未完成の万能薬(パナケア)霊薬(エリクサー)、それぞれにブルーロータスを加えたものだ」


 魔力通話装置越しに聴く、懐かしいお母さんの声。

 不思議と体温まで伝わってくる。


「非臨床試験と治験に入る。ここからは、アインホルン公爵と南部の協力を受けて進めていくことになる」

 

 いつも通りの落ち着いた口調。


「お母さんが無事でよかった……」

「私の心配は要らない。リーリエは変わりないか?」


「……お母さんの声を聞けたから、大丈夫」

「リーリエ。我慢強いのは美点だが、お熱が出る前に相談するように」


 ちらりと動かした視線が子爵とぶつかる。

 空気を読んで、子爵たちが席を外してくれる。


「……グートから、告白されたの」

「成程。初恋もまだのリーリエには、刺激が強すぎたか」

「エルンストさんに求婚された時は、少し怖かったの。でも、グートに告白された時は、どうしたらいいか、わからなくなったの」


 私の声はどんどん小さくなる。


「焦る必要は無い。恋は突然、訪れるもの」

「フォアムントさんみたいに?」


「……あれは1つの例。全てではない」


 前世と合わせれば、31年分の記憶があるのに。


 ――まだまだ、わからないことだらけ。



 試作品完成の朗報、その数日後。

 

 今度は子爵から東部地方の奇病について続報があった。


 子爵の執務室の応接セット。

 子爵の向かいに座った私の隣に、グートが腰を下ろしてくる。

 

「例の奇病は、呪いと判明した。魔力の巡りを狂わせ、自らの魔力に命を蝕まれる呪いだったと。魔力が強い者ほど早く消耗する。貴族の跡目争いからの、異母弟殺しということだ」


 子爵から語られた奇病の正体。

 呪いは魔法と対を成す、負の、奇跡。

 生贄を用いる事から、多くの国で禁忌とされている。


「もう、解決したの?」

「呪いに狙われた異母弟は、解呪が間に合わず死亡している。そして、呪いの範囲は1人ではなく、邸を中心に関係の無い者たちも巻き込んだようだ」

 

 放たれた呪いは、強過ぎたのか精度が大雑把だったのか。

 対象だけでなく、邸に居た者にも、邸の周囲に居た者にも降りかかった。


 呪いの範囲が広かったことと、南部地方の疫病のこともあり、当初は謎の奇病として対応されてしまった。

 その為、初動が遅れ、死者が出た。


「首謀者である異母兄は、既に捕まって刑が執行された」


 呪いを放った者が死ねば、全ての呪いは解呪される。

 

「それで全て解決ではないの?」


「解呪しても、生命力を失いすぎた者は目覚めぬ。跡継ぎとして遺された伯爵家の男児が、未だに昏睡状態だという。このままでは衰弱死だ。アインホルン公爵の命で、治療法が探られている」


 頭に浮かぶ、私を救った鈴蘭の薬。

 お母さんが私に合わせて調合したもの。

 万人に効果があるものではない。


 だけど――


「レルヒェ。《生命の水(アクア・ウィータ)》については聞いている」


 子爵の静かな声に、思考に沈みかけた意識がはっとする。


 私の身の回りのことは全て、ブリュンヒルトから子爵とグートに報告が上がっている。


 私を見つめる子爵の表情がくもる。


「公爵の命に従うならば、私はレルヒェの《生命の水(アクア・ウィータ)》で伯爵家を救うべきなのだ」


 当主としての顔が消え、父親の顔だけが残る。

 

「――冒険者ギルドの長と副長には、守秘義務を課している。私は、できれば、《生命の水(アクア・ウィータ)》をこれ以上知られぬままにしたいのだ。だが、私の知らぬところで、レルヒェの耳に入るよりは、と……」


 その後をグートが引き取る。


「君が懸念するように、君の《サナーレ》と《生命の水(アクア・ウィータ)》の効果は絶大だからね。噂が広まったら、本当に収拾がつかなくなる。救いを求める者たちが、大挙して押し寄せるかもしれない」


「むやみやたらに使う力ではないのだ。《生命の水(アクア・ウィータ)》が無くとも、レルヒェは、我が家よりも高位の貴族や王家に目を付けられる可能性がある」


 子爵の懸念を聞いて、以前、お母さんが言っていた言葉が耳によみがえる。


「伯爵家や王家が私を望んだら……パパは断れる?」


 子爵が目を閉じてゆっくりと頭を振る。


「婚約は教会法で厳格に守られる。件の伯爵家相手ならば、対処は出来得る。だが、今の王家は王子が多くて、婚約者探しに難儀している。レルヒェに白羽の矢が立つ可能性が高いのだ」


「レルヒェは、どうしたい?」


 すぐ隣から降ってくる優しい声。


「……私は、できるなら、助けてあげたい。だけど、わからないの」


 小さな子が苦しんでいる。

 私なら助けられる。

 助けられるのに見て見ぬふりをしたら、後悔する。


 だけど――


 それで私はどうなるの?

 家族から引き離されて閉じこめられる?

 顔も知らない王子との結婚を強制される?

 次に魔力暴走を起こしたら、今度こそ死ぬかもしれない。


 お母さんに会えないまま人生が終わるのは、絶対に嫌。


「……正解が、わからないの。後悔しない方を選びたいのに、どちらを選んでも、後悔、する」


 顔を上げていられずに俯いた視界。

 ぎゅっと力の入る私の拳。

 その拳に、グートの手がそっと重ねられる。


「君は、もっと我儘になっていいんだよ。僕の望みは、君が笑顔でいることだ」


 私の拳を包み込むグートの手。

 伝わる体温。

 グートの手は大きくて、私の拳がすっぽりとおさまる。


「君はデビュタント前の未婚の令嬢。婚約だけだと王命を出されたら逆らえない。だが、さすがに王家も君が欲しいからと離婚まではさせられない」


「だから、いっそのこと」


 あ、この流れは――


「君と僕の婚姻を、早めることになった」

「!!」


「エルンスト・リッターの事もあるからね」


 エルンストの行動が、またしても、藪蛇になっている。


 ――エルンストの、あんぽんたん!!

お読みいただき、ありがとうございました!

次回は明日、【夜20時20分】に更新します。

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