24.告白
せっかく治したアンベーテンの足。
だけど、アンベーテンにはしばらく杖のままでいてもらうことにした。
頃合いを見て、自然と治ったことにしてもらう。
私の《サナーレ》と《生命の水》の効果は絶大。
噂が広まったら、収拾がつかなくなる。
私が目指す強い魔法使いは、あくまでも魔物討伐での話。
どこかに閉じ込められて、ひたすら回復魔法を使い続けるなんて、絶対に嫌!
「お安い御用だ、白百合の天使。俺とて、貴女が無駄に騒がれるのは良い気分ではないのでね」
初対面からガラリと態度を軟化させた男に、こうも崇められると居心地が悪い。
一瞬ぞわっとした。
ムーティヒも、完全に気持ち悪いものを見るような目でアンベーテンを見ている。
しかも、一歩離れた。
フォアムントさんと同じ年代、同じギルド長という立場。
なのに、親しみやすさのベクトルが明後日の方向を向いている。
「ここで討伐実績を積んだら、騎士隊への紹介状を書いてもらえる?」
「それは構わないが……偽名のままでいいのか?」
バレている。
さすがギルド長。
情報はきちんと掴んでいる。
「リーリエで、強い魔法使いになりたいの」
私にとって、リーリエは偽名じゃない。
お母さんがつけてくれた、大切な名前。
「心得た。俺の天使のためなら、一肌どころか全裸になっても構わない。フォアムントよりも役に立つことを約束しよう」
もう言っていることが気持ち悪い。
私の頬が引き攣る。
(――ん? フォアムント?)
「フォアムント・ヴァルトバーデン? 黒い森の冒険者ギルド長」
「そうだ。フォアムントとは、かつて同じ騎士隊にいた。俺は怪我で除隊になったが、奴は性に合わないと自ら除隊した」
知らなかった。
確かに、フォアムントさんは男爵家の三男。
騎士だったとしても、おかしくはない。
「お詫びしよう、俺の天使。奴から貴女への口添えはあったのだが、俺の視野が狭かった」
「もう、いいわ」
大人の世界には色々ある。
何よりも、知らされていなかった優しさが嬉しい。
「エルンスト・リッターさんは知っている? アインホルン公爵直属の騎士」
「ああ、知っているとも。見目麗しい堅物だ。彼に懸想するのはお勧めしないが」
「そういう話ではなくて。……それはなんで?」
「エルンスト・リッターは、婚約者に駆け落ちされてから随分な女性不信らしく。一時は男色に転向したとの噂まで出ていたのでね」
男色。……アレよね、前世のBL。
私の前世は15歳で終わっているから、中身は知らないけど。
ちょっとした世間話のつもりが、重い。
(――聞くんじゃなかった)
◇
カナーリエン領での毎日。
子爵邸で過ごすか、冒険者ギルドで依頼を受けて過ぎていく。
相変わらず、お母さんから連絡はこない。
(フォアムントさんなら、何か知っているかな?)
黒い森の冒険者ギルドに連絡しようと、子爵の執務室へと向かう。
魔力通話装置と転送装置があるのは、子爵の執務室。
ちゃんとお茶とお菓子の差し入れも用意した。
「……あれ?」
入室の許可を得て開けられた重い扉。
子爵の執務机前には、グートもいた。
2人ともにこやかに迎え入れてくれたけど、明らかに、深刻そうな話をしていた空気が残っている。
――嫌な予感がする。
「2人揃って、どうしたの?」
「おお、レルヒェ。心配ない。お茶にしよう」
「父上、レルヒェは幼児ではないのですよ。話せばわかります」
「……東部地方でも、奇病が出たらしいのだ」
「それって」
「南部地方の疫病とは、まるで別物のようだ。だが、やはり薬が効かないという」
「だから、レルヒェ。暫くは、邸で大人しくしていてくれるかい?」
私が冒険者ギルドに出入りすることも、討伐依頼を受けることも止めないグートがこう言うのならば――
(仕方がない)
私は素直に頷いた。
◇
数日後、グートが倒れた。
すわ、例の奇病かと邸内が騒ぎになった。
だけど、医者の見立ては疲労からくる突然の高熱。
グートは、無理をしすぎる。
成人する前からずっと、後継教育を受けつつ、窶れてしまった子爵の補佐をしてきた。
子爵には、「グートに頼りすぎたらだめ」って言ったのに。
「一番の特効薬はよく寝てよく休むこと! 今は仕事のことを考えたらだめよ」
ベッドに臥せるグートの枕元。
私は、熱を出したグートの付き添いを買って出た。
風邪ではないから伝染る心配はないし、お熱の時には誰かに側にいてほしいもの。
「貴方は、いつも無理をしすぎだと思うわ」
「……君が成人するまでに、仕事や人脈を整えておきたいんだよ。そうすれば、社交は最低限で済む。君は、腹の探り合いよりも、魔力での殴り合いの方が得意のようだからね」
グートが無理をしているのは、私のため?
「……貴方は、本当に私と結婚するつもりなの?」
当主の意向には逆らえない、といっても。
養子だからって、何でも受け入れる必要はないはず。
「……君との婚約は、僕から父上に進言したものだよ」
「え」
青天の霹靂。
思わずグートの青い目を直視する。
てっきり、子爵が決めたものだと思っていたのに。
私がお熱の時にお母さんがしてくれるように、私はグートの手を握っている。
熱のせいで、ダンスの時よりも熱いグートの手。
その熱い手に力が入る。
熱で潤むグートの青い目の中に、私が映っている。
「僕は、君が好きなんだ」
はっきりと私に告げられた想い。
発熱で掠れた声、苦しそうな息遣い。
私の心臓が、どくん、と脈打つ。
「……あ、えっと」
視線を彷徨わせ言葉を探す私を見つめて、グートが微笑う。
「……君が僕に恋をしていないことくらい、わかっているよ」
「グート……」
「……君が名前を呼んでくれたのは、初めてだね」
「……そう、だった?」
「そうだよ。……少し、眠る……」
ようやく睡魔に逆らうことをやめたグートの寝顔。
(……グートが私を好き? え、私を?)
私の思考はぐるぐると回り続ける。
私たちの手は、繋がったままだった。
お読みいただき、ありがとうございました!
次回は明日、【夜20時20分】に更新します。




