23.奇跡
「上に立つ者が髪色だけで全てを判断するのは、愚かだと思うわよ?」
私の反撃。
ギルド長の鉛色に沈んだ目が、冷たく光る。
「厄介事は御免なのでね」
取り付く島もない、とはこのことか。
2人の私兵に怒気が湧く。
ブリュンヒルトは殺気に近い。
この3人は、私のために怒ってくれている。
冷えた胸の奥が、温まる。
「それならば、貴方も依頼に同行する? その目で確かめてみればいいわ」
「……何だと?」
「その目で、私を判断したらどう?」
「俺の、この足を見て、言っているのか」
怒りで体を震わせ、男の顔が歪む。
唸るような低い声。
私を怒鳴りつけなくてもギルド内の空気を張り詰めさせ、居合わせた冒険者たちに緊張が走る。
妥協案を出したつもりが、火に油。
失敗した。
「いいじゃないか、アンベーテン。乗ってやろう。討伐依頼なら良いのがある。但し、オレも行く」
顔に大きな傷痕のある男。
ギルド長を名前で呼び捨てにして、当然のように私たちの会話に入ってくる。
「ムーティヒ! お前は――」
「そのかわり、判断の結果次第で、嬢ちゃんはギルドに出入禁止だ。公平だろ?」
(どこが)
まあ、いいか。
アンベーテンを見て、私には試したいことができたし。
ムーティヒも同行した方が、話が早いはず。
私は、にっこりと笑顔で答える。
「承知したわ。私はリーリエ。よろしくね、おじさんたち」
おじさん呼びにショックを受けた2人の顔。
私の溜飲が少し下がった。
◇
提示された討伐依頼。
駆け出しの冒険者の手には余るけど、上級者には造作もない魔物。
もし私の手に負えなくても、ムーティヒには朝飯前な相手を選んできた。
さほど遠くない、街道沿いの森の奥。
空気を震わす轟音、抉れた地面。立ちのぼる煙。
(私、冒険者としては駆け出しだけど、強いのよ?)
私が涼しい顔で放ったオーバーキルな魔法。
なすすべなく目の前で霧と化していく魔物。
目を見開いて固まる、おじさん2人。
「これでいい?」
「……君は、何者なんだ?」
「黒い森の魔女の娘」
ブリュンヒルトと私兵たちは、私とアンベーテンの会話に口を挟まない。
あくまでも私の護衛として立場を弁え、討伐にも手を出さずに控えている。
「私の強さは、わかってもらえたわよね? そのうえで、ついでのお願いがあるの」
私の《サナーレ》は、欠損した手足の再生も可能。
怪我をした動物の手当てで実証済み。
それならば、その動かない足を切断して再生させたら――
動くようになるのでは?
「……恐ろしい事を考えつくものだ」
「さすが白髪の忌み子だな。やはり嬢ちゃんは出入禁止だ」
ムーティヒの発言に、ブリュンヒルトと2人の私兵の空気が再び鋭さを増す。
「だが、試してみる価値はあるか」
「はぁ!? アンベーテン、お前正気か!?」
アンベーテンの鉛色の目に微かに灯った希望の光。
「正気だとも。俺は、この足が動くのならば……このお嬢さんに賭けてみたい」
「ちょっと痛いと思うけど」
「阿呆が! ちょっとで済むか!!」
ムーティヒが食って掛かる。
対照的に、アンベーテンにあるのは覚悟を決めた落ち着き。
「切るのは、ムーティヒ。お前がやってくれ。お嬢さん、頼む」
「替えのズボンがないなら、脱いでくれる?」
下半身下着姿の男と白髪の美少女。
絵面的にはギリギリアウト。
アンベーテンは革のベルトを噛んでいる。
悲鳴はともかく、麻酔無しでは奥歯が砕ける。
その体を2人の私兵が暴れぬように抑え込む。
渋っていたムーティヒもいよいよ覚悟を決め、剣を構える。
その剣が勢いよく振り下ろされ――
《サナーレ》
瞬時にかけた回復魔法。
(痛みと出血は最小限に)
白い魔力の光がふっとおさまる。
そこには、きちんと生えた足。
「どう? 動く?」
「……いや、無理なようだ」
アンベーテンの目から光が消える。
鬼の形相で私に掴みかかろうとするムーティヒ。
押さえ込む2人の私兵。
「じゃあ、こっちも試してみるわね」
返事は待たない。
《生命の水》
白い魔法陣がアンベーテンを中心に広がって消える。
「今度はどう? 動く?」
「……」
アンベーテンは答えない。
だけど、彼の足を見れば――
答えは一目瞭然。
呆気にとられているムーティヒの顔。
ブリュンヒルトは僅かに目を見張り、私兵たちの顔に浮かぶのは驚嘆の表情。
「動く。……貴女は天使か? 我が最大級の感謝と敬意を、貴女に、一生捧げよう」
アンベーテンが私の前に片膝をついて跪く。
下半身は下着姿のまま。
――あ、これ前にもあったやつ。
エルンストの求婚を思い出し、私はじり、と一歩下がる。
「そこまで。アンベーテン殿、お嬢様からお下がりを。それから、まずはズボンを履いていただきたい」
凛としたブリュンヒルトの声が響き、私はほっと息をつく。
アンベーテンは動じずに悠々とズボンを履いている。
ムーティヒは信じられない、といった顔のまま。
「……アンベーテン、お前、本当に」
「ああ、信じられないだろう? 奇跡だよ。……奇跡が起きたんだ!」
喜色に輝かんばかりのアンベーテンの顔。
沈んでいた鉛色の目に見え始める、私を崇めるような輝き。
「貴女の言う通りだ、白い天使。白髪が何だというのか。貴女自身を知れば拒絶する理由など存在しない」
「ギルドの出入りは――」
「どうして天使を拒めよう。数々の非礼を赦していただきたい」
私はギルドの出入りを勝ち取った。
これからの出入りはギルド長のお墨付き。
「……なぁ、アンベーテンの足、切る必要あったか?」
ムーティヒの傷痕のある強面が、遠慮がちに尋ねてくる。
「《サナーレ》で、どこまでできるか知りたかったの」
「そんな理由で!?」
ムーティヒの私を見る目に浮かぶ、驚愕と、ほんの微かな怯え。
失礼すぎる。ちゃんと当人の許可は取ったのに。
お読みいただき、ありがとうございました!
次回は明日、【夜20時20分】に更新します。




