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23.奇跡

「上に立つ者が髪色だけで全てを判断するのは、愚かだと思うわよ?」


 私の反撃。

 ギルド長の鉛色に沈んだ目が、冷たく光る。


「厄介事は御免なのでね」


 取り付く島もない、とはこのことか。


 2人の私兵に怒気が湧く。

 ブリュンヒルトは殺気に近い。

 この3人は、私のために怒ってくれている。


 冷えた胸の奥が、温まる。


「それならば、貴方も依頼に同行する? その目で確かめてみればいいわ」

「……何だと?」

「その目で、私を判断したらどう?」

「俺の、この足を見て、言っているのか」


 怒りで体を震わせ、男の顔が歪む。

 唸るような低い声。

 私を怒鳴りつけなくてもギルド内の空気を張り詰めさせ、居合わせた冒険者たちに緊張が走る。


 妥協案を出したつもりが、火に油。

 失敗した。


「いいじゃないか、アンベーテン。乗ってやろう。討伐依頼なら良いのがある。但し、オレも行く」


 顔に大きな傷痕のある男。

 ギルド長を名前で呼び捨てにして、当然のように私たちの会話に入ってくる。


「ムーティヒ! お前は――」

「そのかわり、判断の結果次第で、嬢ちゃんはギルドに出入禁止だ。公平だろ?」


(どこが)


 まあ、いいか。

 アンベーテンを見て、私には試したいことができたし。

 ムーティヒも同行した方が、話が早いはず。

 私は、にっこりと笑顔で答える。


「承知したわ。私はリーリエ。よろしくね、おじさんたち」


 おじさん呼びにショックを受けた2人の顔。

 私の溜飲が少し下がった。



 提示された討伐依頼。

 駆け出しの冒険者の手には余るけど、上級者には造作もない魔物。

 もし私の手に負えなくても、ムーティヒには朝飯前な相手を選んできた。



 さほど遠くない、街道沿いの森の奥。

 空気を震わす轟音、抉れた地面。立ちのぼる煙。


(私、冒険者としては駆け出しだけど、強いのよ?) 


 私が涼しい顔で放ったオーバーキルな魔法。

 なすすべなく目の前で霧と化していく魔物。

 目を見開いて固まる、おじさん2人。


「これでいい?」

「……君は、何者なんだ?」

「黒い森の魔女の娘」


 ブリュンヒルトと私兵たちは、私とアンベーテンの会話に口を挟まない。

 あくまでも私の護衛として立場を弁え、討伐にも手を出さずに控えている。


「私の強さは、わかってもらえたわよね? そのうえで、ついでのお願いがあるの」


 私の《サナーレ》は、欠損した手足の再生も可能。

 怪我をした動物の手当てで実証済み。

 それならば、その動かない足を切断して再生させたら――


 動くようになるのでは?


「……恐ろしい事を考えつくものだ」

「さすが白髪(はくはつ)の忌み子だな。やはり嬢ちゃんは出入禁止だ」


 ムーティヒの発言に、ブリュンヒルトと2人の私兵の空気が再び鋭さを増す。


「だが、試してみる価値はあるか」

「はぁ!? アンベーテン、お前正気か!?」


 アンベーテンの鉛色の目に微かに灯った希望の光。


「正気だとも。俺は、この足が動くのならば……このお嬢さんに賭けてみたい」

「ちょっと痛いと思うけど」

「阿呆が! ちょっとで済むか!!」


 ムーティヒが食って掛かる。

 対照的に、アンベーテンにあるのは覚悟を決めた落ち着き。


「切るのは、ムーティヒ。お前がやってくれ。お嬢さん、頼む」

「替えのズボンがないなら、脱いでくれる?」


 下半身下着姿の男と白髪の美少女。

 絵面的にはギリギリアウト。 


 アンベーテンは革のベルトを噛んでいる。

 悲鳴はともかく、麻酔無しでは奥歯が砕ける。

 その体を2人の私兵が暴れぬように抑え込む。


 渋っていたムーティヒもいよいよ覚悟を決め、剣を構える。

 その剣が勢いよく振り下ろされ――

 

《サナーレ》

 瞬時にかけた回復魔法。

(痛みと出血は最小限に)


 白い魔力の光がふっとおさまる。

 そこには、きちんと生えた足。


「どう? 動く?」

「……いや、無理なようだ」

 

 アンベーテンの目から光が消える。


 鬼の形相で私に掴みかかろうとするムーティヒ。

 押さえ込む2人の私兵。


「じゃあ、こっちも試してみるわね」

 返事は待たない。


生命の水(アクア・ウィータ)


 白い魔法陣がアンベーテンを中心に広がって消える。


「今度はどう? 動く?」

「……」


 アンベーテンは答えない。

 だけど、彼の足を見れば――


 答えは一目瞭然。


 呆気にとられているムーティヒの顔。

 ブリュンヒルトは僅かに目を見張り、私兵たちの顔に浮かぶのは驚嘆の表情。


「動く。……貴女は天使か? 我が最大級の感謝と敬意を、貴女に、一生捧げよう」


 アンベーテンが私の前に片膝をついて跪く。

 下半身は下着姿のまま。


 ――あ、これ前にもあったやつ。


 エルンストの求婚を思い出し、私はじり、と一歩下がる。


「そこまで。アンベーテン殿、お嬢様からお下がりを。それから、まずはズボンを履いていただきたい」


 凛としたブリュンヒルトの声が響き、私はほっと息をつく。

 アンベーテンは動じずに悠々とズボンを履いている。

 ムーティヒは信じられない、といった顔のまま。


「……アンベーテン、お前、本当に」

「ああ、信じられないだろう? 奇跡だよ。……奇跡が起きたんだ!」


 喜色に輝かんばかりのアンベーテンの顔。

 沈んでいた鉛色の目に見え始める、私を崇めるような輝き。


「貴女の言う通りだ、白い天使。白髪が何だというのか。貴女自身を知れば拒絶する理由など存在しない」

「ギルドの出入りは――」

「どうして天使を拒めよう。数々の非礼を赦していただきたい」


 私はギルドの出入りを勝ち取った。

 これからの出入りはギルド長のお墨付き。


「……なぁ、アンベーテンの足、切る必要あったか?」


 ムーティヒの傷痕のある強面が、遠慮がちに尋ねてくる。


「《サナーレ》で、どこまでできるか知りたかったの」

「そんな理由で!?」


 ムーティヒの私を見る目に浮かぶ、驚愕と、ほんの微かな怯え。

 失礼すぎる。ちゃんと当人の許可は取ったのに。

お読みいただき、ありがとうございました!

次回は明日、【夜20時20分】に更新します。

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