22.カナーリエン子爵領
「おお、レルヒェ! おかえり。ますます可愛くなったようだ!」
「……ただいま、パパ」
子爵邸の玄関ホール。
満面の笑みで私を出迎える、カナーリエン子爵。
その両腕は飛び込んでこいと言わんばかりに大きく広げられている。
(――まったく、この父親は)
私は諦めて、ぽふ、と抱きつく。
すかさず子爵の腕がぎゅうぎゅうと閉じ込めてくる。
いつもはしないシガレットの匂い。
「おお、レルヒェはまだまだ子どもだな。妻はもっと大きかった」
身長の話よね?
「父上、レルヒェを離してあげてください。まずは、旅の疲れを癒やしてあげねば」
私の後ろから邸に入ったグートが、やんわりと子爵に促す。
グートは今回も、わざわざ黒い森の庵まで私を迎えに来ていた。
グートはその時に、子爵家の持つ研究施設や人員の利用をお母さんに勧めている。
たけど、お母さんはそれを固辞した。
そのかわり、お母さんはブルーロータスなどの提供を求めて、グートは了承している。
◇
雲雀の部屋。
整えられた清浄な室内に満ちる、心が落ち着く匂い。
足を踏み入れた私を出迎える大きなぬいぐるみたち。
お母さんが黒い森の庵で疫病と戦う間の、私の居場所。
旅装から着替えたら、雲雀の部屋でティータイム。
グートは私の隣に腰を下ろし、ソファーは2人分の重さに沈む。
給仕をしてくれているのは、フロイ。
「カナーリエン領内でも、南部の疫病の特効薬は創るの?」
「我が領は、エディブルフラワーや花の希少種の研究が主でね。グリゼルダ殿のように、自在に薬を生み出す有能な者はいないかな」
お母さんは、やっぱりすごいんだ。
誇らしいけど、少し寂しい。早く会いたい。
私に何ができるかな?
「さて、僕もそろそろ仕事を片付けねば。出かける時には、声をかけてくれるかい?」
「外に出ていいの?」
「勿論だよ。君らしく過ごしてくれていい。君は笑顔が一番だからね」
私を見ていたグートの視線が、ローテーブルの上へとちらりと動く。
そこには色取り取りのお菓子。
グートの目に悪戯っぽい色が浮かぶ。
「好きなだけ食べて、構わないよ」
「さすがにこの量は、ちょっと」
これではまた肥えてしまう。
黒い森の庵に帰った時に、スボルに何と言われるか。
(――白百合から白豚への進化は勘弁!)
グートを見送ったら、ここには私とフロイの女子2人。
「フロイ、一緒に食べましょ」
「そんな、恐れ多いです!」
フロイの両手が、私の視界でぶんぶん回る。
ころころ変わる表情とあいまって、相変わらず忙しない。
「いいの。友だちでしょ?」
「お嬢様!」
フロイは感動屋。
流れる涙も組まれた両手も大袈裟すぎる。
エルンストは、「リーリエは子爵家にいるべきではない」と言っていたけど。
ここはもう、私の――
もうひとつの大切な居場所。
◇
昼間は、フロイがいつも一緒にいる。
仔馬のリリーにおやつをあげたり、家庭教師の授業を受けたり。2人きりの時は、女子トークに花を咲かせている。
夜間は、ブリュンヒルトが雲雀の部屋で寝ずの護衛。
これはやっぱり、エルンストの事が報告されている。
グートの執務室にお茶とお菓子を持っていく。
お母さんの様子を尋ねに来た私を、グートは快く迎え入れてくれる。
「お母さんから、連絡はきている?」
「特には。毎日、定刻にブルーロータスを送っている以外、遣り取りはないよ」
研究の邪魔をしないように、私からは連絡を控えている。
万が一にでも疫病を漏らさぬように、お母さんから手紙が来ることもない。
「便りがないのは良い便りだからね。信じて待っているといいよ」
待つ、って難しい。
それならば――
「ギルドに行きたいわ」
「冒険者ギルドかい? ブリュンヒルトを連れて行くのならば、構わないよ」
あっさり許可が下りた。
(本当に、私らしく過ごしていいんだ)
黒い森の冒険者ギルドで依頼を受けまくっていることは、とっくにブリュンヒルトを通して把握済み。
「依頼を受けるのかい? 僕が同行できたらいいんだが」
「貴方、戦えるの?」
「これでも次期当主だからね。魔法も剣術の指南も受けているよ」
「当主なのに戦場に出るの?」
「上に立つ者の責務だよ」
貴族もいろいろ大変らしい。
ちょっと見直した。
「いつか、一緒に行ってくれる?」
「勿論、喜んで同行させてもらうよ」
その時には、グートの実力をしっかりと見極めてやるわ。
◇
子爵邸に一番近い冒険者ギルド。
黒い森の冒険者ギルドよりも大きいけど、街なかでもそれとわかる外観。
ブリュンヒルトの他に同行してきた、私兵2人。
以前、雲雀の部屋前で見張りをしていた男たち。
この私兵たちの、白髪の私に対する態度は至って普通。
軟禁されていたあの頃も今も変わらない。
異郷出身なのか、迷信など信じない質なのか。
冒険者ギルドの扉を開けて足を踏み入れる。
その一歩で、中にいた冒険者たちの視線が一斉に向けられる。
(――うん、この白髪は目立つわよね)
一瞬で喧騒が去ったギルド内。
酒や煙草に混じって、武器や防具の金属や革のにおい。
さりげ無く、2人の私兵が周囲から遮るように壁になる。
「今、討伐依頼はある?」
受付嬢の肩がびくりとはねる。
(あ、この反応)
グートのおかげで、子爵邸の中では穏やかに過ごせているから忘れていた。
胸の奥が、すっと冷える。
「お嬢さんがお遊びで受けるなら、採取依頼が無難だと思うが?」
固く無機質な声。
鋭い眼光の男が、私につく護衛を刺激しない位置から声をかけてくる。
杖を持ち、片足を引いている。
「ギルド長!」
受付嬢がカウンターに身を乗り出し、縋るような声で男を呼ぶ。
この男は、ここのギルド長。
あの足では、冒険者としては引退済み。
まだ男盛りに見えるのに。
「それか、今すぐ回れ右して帰ることだ」
彼らの目には、私の白髪しか映っていない。
やっぱりこの地では、白髪の忌み子は歓迎されないらしかった。
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次回は明日、【夜20時20分】に更新します。




