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21.進むべき道

 冒険者ギルドの受付カウンター。

 今日も座っているのは、下っ端のスボル。


 お馴染みの光景になった私とスボルが話す姿。


「あと、どのくらい討伐依頼を達成したら、騎士隊への紹介状を書いてくれる?」

「……オレが書けると思ってんのか? それはギルド長の仕事だろ」


 スボルと組めない時の私はソロ冒険者。

 駆け出しの私が名を上げるのは骨が折れる。

 それならば、騎士隊の討伐に一枚噛ませてもらう方が手っ取り早い。

 そのためにもまずは冒険者ギルドで討伐実績を積んでいる。



「相変わらず色気のねぇ会話してんなぁ?」


 話しかけてきたのは顔見知りになった冒険者。


 この男は、「今日もデートの相談かぁ?」「どこまでいってんだぁ?」と毎度毎度、私とスボルを冷やかしてくる。

 私に助けられたことがある、と言っていたけど、正直覚えていない。


 呼ばれざる客の登場に、私とスボルは揃って身構える。

 だけど、この男が放った言葉はそんなものではなかった。


「南部地方で、薬の効かない疫病が流行っているらしいぜ」


 冷やかしとは違う抑えられた低い声。


 南部地方は、お母さんの故郷。

 大きな港町を幾つも抱える、交易の盛んな地方。

 過去にも何度か風土病が持ち込まれ、大きな流行を引き起こしている。

 その度に防疫は強化されているのに。


「そろそろ、南部への出入りが封鎖されるって話だぜ」

「「……そこまで!?」」


 ――パンデミック。


 私の頭に浮かんだ、前世の単語。

 魔法は病気に対しては無力。

 病気には薬しか対処法は無い。


 そこまで考えて私の心臓が跳ね上がる。


(お母さん!)

 

 この話を知ったら、お母さんは南部地方に行ってしまう。

 身の安全が確約されなくても、疫病の渦中に身を投じてしまう。

 私の心臓は胸を突き破りそうな音を立てる。


 噂話ではなく、正確な情報を!


「スボル、フォアムントさんは!?」

「……ギルド長なら、会合に。戻りはわからないと言ってたぜ」


 ここで帰りを待つだけなのは、時間の無駄。

 それならば――


 私は冒険者ギルドを出て、黒い森へと走り出す。


 その前に、フォアムントさんが帰る頃には終えられるだろう依頼はしっかり受けた。



「南部地方で薬が効かない疫病が流行っているのは、本当だ。そろそろ封鎖されるってのもな」


 冒険者ギルドのギルド長室。

 無情にも、フォアムントさんがパンデミックを肯定する。


「南部も、ここまで疫病が広がるのを手をこまねいて見ていたわけじゃない。備蓄している薬がどれも特効薬にならないとわかってからは、未知の疫病として出所から洗い出した。既に、大体の目星がついているんだがな。問題は――」


 無精髭に手をやり、吐かれた溜め息。


「その出所にも特効薬が無いってことだ」


 黒い森で、ブリュンヒルトに確認したのと同じ内容。

 それを聞いて、私はお母さんをフォアムントさんの元に連れてきた。


 これは、お母さんに隠しておける話ではない。

 だったら私とフォアムントさんがいる場で、お母さんには聞いてほしかった。

 お母さんが落ち着いて、最善の考えをまとめられるように。


 お母さんの緑の目に宿る、いつも通りの冷静な光。

 問いを重ねる声には落ち着きがある。


「今現在は、対症療法で乗り切ろうとしているところか」

「そうだな。ただ、やはり弱い者から命を落としている」 

「特効薬が無いとは、在庫が無いのか? それとも、開発されていないということか?」

「残念ながら、後者だな」


 ギルドの喧騒と打って変わって、ギルド長室の中は静か。

 顎に手を当て考え込むお母さんを、私とギルド長は黙って見つめる。

 お母さんが口を開く。


「南部が封鎖されるということは、余程、感染力が強い疫病。私が乗り込んでも、共倒れか」


 よかった……!

 お母さんは、南部地方に行かない。


「ならば、此処で薬の研究をすべきか。アインホルン公爵から、各ギルドへ沙汰が出たのだろう?」

「ああ。東部と南部の往来封鎖。物資の保管命令。薬学に精通する者への協力命令。それから――」


 フォアムントさんの説明が、私の耳にはそれ以上入ってこない。

「薬学に精通する者への協力命令」って、お母さんは、どうなるの?


「リーリエ。暫く、カナーリエン子爵邸へ行くように」


「なんでっ!? お母さん!」

「話を聞いていただろう? 私はこれから、未知の疫病を取り扱うことになる。黒い森の庵は、私以外の立ち入りを禁ずる」

「……そんなの、いや」


「検体を取り扱う危険は教えたはず。聞き分けるように」

「……お母さんひとりじゃ、あぶないもん」


 1人きりで何かあったら。


「魔力通話装置と転送装置が融通される。心配ない」


 魔力通話装置は、前世の電話。

 転送装置は、見た目はアンティークな電子レンジ。

 物が届くとチン、と音が鳴る。

 どちらも、平民が家に気軽に持つものではない。


「私は生涯をかけて、万能薬(パナケア)霊薬(エリクサー)を研究してきた。協力命令が出ずともこの疫病と戦う定め」


 お母さんは優秀な研究者。

 万能薬と霊薬の研究の副産物として、化粧水や美容液、日焼け止めなどを生み出している。

 効能が高くて、高値でも需要がある。

 それに、目覚めぬ私に鈴蘭の薬を創ったのもお母さん。


「リーリエ。離れるのは一時のこと。離れても、私の可愛い娘であることに変わりはない。カナーリエン子爵邸には、フロインディンもいる」


 私の初めての、女の子の友だち。


「リリーも待っている」


 3月の誕生日に子爵から貰った、白い仔馬。


「良い子で待っておいで」


 そう言ったお母さんの優しい顔。


 鈴蘭の群生地で初めて出会った時と、何一つ変わっていなかった。

お読みいただき、ありがとうございました!

次回は明日、【夜20時20分】に更新します。

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