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02.黒い森の魔女

 ――ヒュー……パーン


 私に話しかけてきた男の仲間が、救助完了の信号弾を上げる。

 これで、ここに必要以上に人が集まってくることはなくなった。


「で、お嬢ちゃんは、何者かな?」


 同じ質問を重ねられる。

 目の前にいるのは、何の変哲もない焦げ茶の髪と目の男。

 なのに、その目には確実に私を射抜いてくる強さがある。


 ――ここは、私の第2の武器を使うところか。


 私の容姿は、佳人薄命を体現したような、儚げな印象の美少女。

 さらさらの長い白髪(はくはつ)はまるで絹糸、日焼けしていない肌は透き通るよう、そして目は潤んだような灰色。

 ロリコンでなくても、大体の男はこの容姿に騙されてくれる。


 私は見知らぬ男に怯えたように俯いて、声を震わせて答える。


「……()()()()近くで薬草を採ってたら」

「マンティコラを細切れか?」

「……チッ」


 思わず舌打ちが出た。

 ()()から見てたのよ。

 

「ほら、身分証。冒険者登録証とか、あるだろ?」


 男が差し出す手を、睨みつける。


「……ない」


 男が片眉を上げる。


「あれだけ強力な魔法を連発しといて、冒険者登録をしていないのか?」


 私は、だんまりを決め込む。

 ――だから、人目にはつきたくなかった。



 黒い森近くの冒険者ギルドに、手枷のついた子どもたち共々連行された。

 あの男たちは冒険者ギルドの者だった。

 詰所の騎士隊よりはマシか。


「黙ってたら、おうちに帰れないぞ」


 目の前に座る焦げ茶の髪と目の男。

 よく見ると、焦げ茶の髪は艶があるし、その目は宝石のような輝きをもっている。

 もしかしたら、平民ではないのかも。


 この男は、ギルド長。

 年の頃は、30代後半かな?

 その無精髭を剃れば、もう少し若く見えるかもしれない。


「お嬢ちゃんが人身売買とは無関係、ってのはあの子らがちゃんと証言してる。あとは、お嬢ちゃんの身元さえわかればいいだけなんだぞ」


 それが、問題なんだってば。


 私は、戸籍がない。

 たぶんあったけど、捨てて逃げてきた。

 グリゼルダに拾われてから、黒い森でずっと隠れて暮らしてきた。

 私の存在を知るのは、グリゼルダだけだったのに。


「俺の知る水魔法は、水流や水の塊を当てるものだったはずなんだがな」


 ギルド長が方向性を変えて探ってくる。


 確かに、《アクア》はそういう攻撃が多い。

 でも、ウォーターカッター、ってあるじゃん。

 ()()()()の人が知らないだけで。

 ちょっとした魔法の応用。


 私たちの間に、沈黙が落ちる。

 そこに、ノックの音がして扉が開かれる。


 入ってきたのは、救助完了の信号弾を上げた、年若い部下の青年……と、鮮やかな赤髪の美女。


「リーリエを、返してもらおうか」

「グリゼルダ!」

「先生か、お母さんと呼べ」


 私は椅子から立つと、グリゼルダへと駆け寄って抱きつく。豊満な胸の感触に安心する。

 そんな私を止めもせずに、ギルド長はグリゼルダを見つめて固まっている。


 ――人が恋に落ちる瞬間を初めて見た。


 それも、無精髭のおじさんが、自分の養母(ははおや)相手に落ちる瞬間を。


「あ、貴女が、こいつ、いや、この子の保護者なんですか?」

「……ギルド長?」


 部下の青年も、明らかに戸惑っている。


「コホン、私は新しく着任したギルド長の、フォアムント・ヴァルトバーデンです」


 ギルド長は、急に背筋を伸ばして、しゃんとする。


「成程、お初にお目にかかる。男爵家の三男が来ると聞いている。私はグリゼルダ。()()()()()()だ。引き継ぎはされているか?」

「貴女が……」



 グリゼルダの本来の生業は、()薬。

 製薬は、生活費を稼ぐ手段。そのためには上質な薬草が不可欠。

 だから、この黒い森に住んでいる。


「何故、これがテーブルの上に置かれている?」


 黒い森の庵に帰ってきて、グリゼルダが指さすのはテーブルの上の小さな額縁。

 中には、私が幼い頃に描いたグリゼルダの似顔絵が収まっている。


「1人で留守番はさびしいから」

「リーリエは、()()と合わせれば、30歳だろうに」

「違うもん、15歳だもん」


 前世。

 私は、異世界転生をしている。

 今年やっと、私の精神年齢に肉体が追いついたところ。

 

 前世の私は、恐らく15歳で死んでいる。

 だから、私の記憶は前世15歳+今世15歳の30年分。



 前世の私が人生を終えたのは病院だった。

 長い入院生活でゲームやラノベにハマった私は、「生まれ変わるなら剣と魔法の世界がいい」と神様に強く願っていた。


 念願叶って、生まれた異世界。

 ――最悪だった。


 前世の日本人としての記憶が戻ったのは、この体の本来の心が限界を迎えた時。


 どうやら、この世界の私が生まれるのと引き換えに、母親が命を落としたようだった。

 妻を溺愛していた父親は、妻の命を奪った娘を受け入れられなかった。


 更に、私の生まれた地では、白髪(はくはつ)の赤子は忌み子だった。

 その場で殺されなかっただけ、父親には感謝すべきかもしれない。


 邸の奥に幽閉され、死なない程度の世話をされる。

 誰からも話しかけられず、抱きしめられることもなかった本来の心は、3歳までに壊れてしまった。


 それからは、()がこの体の主となり生きている。

 

「でも、グリゼルダだって、その似顔絵、気に入ってるでしょ?」


 私の拙い似顔絵を、わざわざ額縁に入れて自室に飾っているんだから。


「先生か、お母さんと呼べ」


 優しい口調ではないけど、優しい人。

 私を拾ったのは治験に使うためだった、と言ってるけど。


 グリゼルダは生涯をかけて、全ての病気を治す万能薬(パナケア)と、肉体の時を戻す霊薬(エリクサー)を研究している。


 その素材は植物、鉱石など多岐にわたる。

 水1つとっても、植物水、蒸留水など様々に使い分ける。

 その研究過程で発生した暗黒水は、強力な毒で解毒薬は未完成、という恐怖物質。

 一歩間違ったら、メルゼブルクの住人になる。


 メルゼブルクは、魔法に取り憑かれたり、欲に負けて人の道を外した魔法使いたちが行き着く、砂漠の地。


 ただ、研究の副産物として、化粧水や美容液、日焼け止めなどを生み出して、一番近い冒険者ギルド経由で卸している。それなりに、ギルドに人脈はある。


 だから、このまま、私は元のように生活できる――はずだった。

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