02.黒い森の魔女
――ヒュー……パーン
私に話しかけてきた男の仲間が、救助完了の信号弾を上げる。
これで、ここに必要以上に人が集まってくることはなくなった。
「で、お嬢ちゃんは、何者かな?」
同じ質問を重ねられる。
目の前にいるのは、何の変哲もない焦げ茶の髪と目の男。
なのに、その目には確実に私を射抜いてくる強さがある。
――ここは、私の第2の武器を使うところか。
私の容姿は、佳人薄命を体現したような、儚げな印象の美少女。
さらさらの長い白髪はまるで絹糸、日焼けしていない肌は透き通るよう、そして目は潤んだような灰色。
ロリコンでなくても、大体の男はこの容姿に騙されてくれる。
私は見知らぬ男に怯えたように俯いて、声を震わせて答える。
「……たまたま近くで薬草を採ってたら」
「マンティコラを細切れか?」
「……チッ」
思わず舌打ちが出た。
どこから見てたのよ。
「ほら、身分証。冒険者登録証とか、あるだろ?」
男が差し出す手を、睨みつける。
「……ない」
男が片眉を上げる。
「あれだけ強力な魔法を連発しといて、冒険者登録をしていないのか?」
私は、だんまりを決め込む。
――だから、人目にはつきたくなかった。
◇
黒い森近くの冒険者ギルドに、手枷のついた子どもたち共々連行された。
あの男たちは冒険者ギルドの者だった。
詰所の騎士隊よりはマシか。
「黙ってたら、おうちに帰れないぞ」
目の前に座る焦げ茶の髪と目の男。
よく見ると、焦げ茶の髪は艶があるし、その目は宝石のような輝きをもっている。
もしかしたら、平民ではないのかも。
この男は、ギルド長。
年の頃は、30代後半かな?
その無精髭を剃れば、もう少し若く見えるかもしれない。
「お嬢ちゃんが人身売買とは無関係、ってのはあの子らがちゃんと証言してる。あとは、お嬢ちゃんの身元さえわかればいいだけなんだぞ」
それが、問題なんだってば。
私は、戸籍がない。
たぶんあったけど、捨てて逃げてきた。
グリゼルダに拾われてから、黒い森でずっと隠れて暮らしてきた。
私の存在を知るのは、グリゼルダだけだったのに。
「俺の知る水魔法は、水流や水の塊を当てるものだったはずなんだがな」
ギルド長が方向性を変えて探ってくる。
確かに、《アクア》はそういう攻撃が多い。
でも、ウォーターカッター、ってあるじゃん。
この世界の人が知らないだけで。
ちょっとした魔法の応用。
私たちの間に、沈黙が落ちる。
そこに、ノックの音がして扉が開かれる。
入ってきたのは、救助完了の信号弾を上げた、年若い部下の青年……と、鮮やかな赤髪の美女。
「リーリエを、返してもらおうか」
「グリゼルダ!」
「先生か、お母さんと呼べ」
私は椅子から立つと、グリゼルダへと駆け寄って抱きつく。豊満な胸の感触に安心する。
そんな私を止めもせずに、ギルド長はグリゼルダを見つめて固まっている。
――人が恋に落ちる瞬間を初めて見た。
それも、無精髭のおじさんが、自分の養母相手に落ちる瞬間を。
「あ、貴女が、こいつ、いや、この子の保護者なんですか?」
「……ギルド長?」
部下の青年も、明らかに戸惑っている。
「コホン、私は新しく着任したギルド長の、フォアムント・ヴァルトバーデンです」
ギルド長は、急に背筋を伸ばして、しゃんとする。
「成程、お初にお目にかかる。男爵家の三男が来ると聞いている。私はグリゼルダ。黒い森の魔女だ。引き継ぎはされているか?」
「貴女が……」
◇
グリゼルダの本来の生業は、創薬。
製薬は、生活費を稼ぐ手段。そのためには上質な薬草が不可欠。
だから、この黒い森に住んでいる。
「何故、これがテーブルの上に置かれている?」
黒い森の庵に帰ってきて、グリゼルダが指さすのはテーブルの上の小さな額縁。
中には、私が幼い頃に描いたグリゼルダの似顔絵が収まっている。
「1人で留守番はさびしいから」
「リーリエは、前世と合わせれば、30歳だろうに」
「違うもん、15歳だもん」
前世。
私は、異世界転生をしている。
今年やっと、私の精神年齢に肉体が追いついたところ。
前世の私は、恐らく15歳で死んでいる。
だから、私の記憶は前世15歳+今世15歳の30年分。
前世の私が人生を終えたのは病院だった。
長い入院生活でゲームやラノベにハマった私は、「生まれ変わるなら剣と魔法の世界がいい」と神様に強く願っていた。
念願叶って、生まれた異世界。
――最悪だった。
前世の日本人としての記憶が戻ったのは、この体の本来の心が限界を迎えた時。
どうやら、この世界の私が生まれるのと引き換えに、母親が命を落としたようだった。
妻を溺愛していた父親は、妻の命を奪った娘を受け入れられなかった。
更に、私の生まれた地では、白髪の赤子は忌み子だった。
その場で殺されなかっただけ、父親には感謝すべきかもしれない。
邸の奥に幽閉され、死なない程度の世話をされる。
誰からも話しかけられず、抱きしめられることもなかった本来の心は、3歳までに壊れてしまった。
それからは、私がこの体の主となり生きている。
「でも、グリゼルダだって、その似顔絵、気に入ってるでしょ?」
私の拙い似顔絵を、わざわざ額縁に入れて自室に飾っているんだから。
「先生か、お母さんと呼べ」
優しい口調ではないけど、優しい人。
私を拾ったのは治験に使うためだった、と言ってるけど。
グリゼルダは生涯をかけて、全ての病気を治す万能薬と、肉体の時を戻す霊薬を研究している。
その素材は植物、鉱石など多岐にわたる。
水1つとっても、植物水、蒸留水など様々に使い分ける。
その研究過程で発生した暗黒水は、強力な毒で解毒薬は未完成、という恐怖物質。
一歩間違ったら、メルゼブルクの住人になる。
メルゼブルクは、魔法に取り憑かれたり、欲に負けて人の道を外した魔法使いたちが行き着く、砂漠の地。
ただ、研究の副産物として、化粧水や美容液、日焼け止めなどを生み出して、一番近い冒険者ギルド経由で卸している。それなりに、ギルドに人脈はある。
だから、このまま、私は元のように生活できる――はずだった。




