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01.遭遇

「おはよう、グリゼルダ!」

 

 私は、鮮やかな赤髪の美女に向かって朝の挨拶をする。


 だけど、彼女から返事はこない。

 彼女はテーブルに置かれた小さな額縁の中で、私に向かって微笑んでいるだけ。

 私は頭の中で彼女の声を再生する。


『おはよう、リーリエ』


 これで充分。

 1人はさびしいけど、私はもう15歳だから。


「さて、今日も可愛い薬草たちのお世話をしますか」


 薬草畑には、ポーションなどの魔法薬や、風邪薬などの民間薬の原料となる薬草が何種類も植えられている。


 今日は、その薬草畑に《生命の水(アクア・ウィータ)》の魔法を使う。


 これは、最上級の回復魔法。

 一般的な回復魔法の《サナーレ》では癒しきれない、生命力すら回復させる奇跡の魔法。

 消費する魔力がえげつないけど、私の魔力量なら何の問題もない。


 こうすることで、より上質な薬草へと成長する。

 いろいろと試行錯誤した結果、わかったこと。

 水魔法が得意な、私ならではの栽培方法。


生命の水(アクア・ウィータ)


 白い魔法陣が薬草畑に広がって消える。

 魔法を受けて、夏の暑さに弱った薬草たちが、きらきらと輝く。

私は来たるべき収穫期を想像して、にまにまする。


 ――ヒュー……パーン


 音のした方を振り向く。

 空には、橙色の煙。


(……救難信号!)


 何で、こんな森の中で。


 ここ聖寵の国(グナーデ)の東部地方は、上質な薬草の産地。

 特に、私の住む黒い森(シュヴァルツヴァルト)は、珍しい薬草類が豊富に採れる、私にとっては有り難い森。


 ただ、瘴気溜まりができやすいから魔物も多い。

 森の中に立ち入る者は限られるはず。


(駆け出しの冒険者でも来たの?)


 考えても仕方がない。

 救難信号に気づいたのが運の尽き。

 なるべく人目には触れたくないけど、見捨てて死なれたら寝覚めが悪い。

 助けた後で口止めをしよう。


 私は、救難信号が上がった方角へと走り出した。



「……マンティコラ!?」


 私が常用している身体強化魔法。

 それをさらに重ねがけして森の中を駆けた先。


 さほど時間はかからずに木立の間に見つけた目的の光景。

 強く漂う血の匂い。鈍く不快な音。


 ――凄惨だった。


 横倒しになった荷馬車。転がる死体。

 檻の中の、手枷をつけられた子どもたち。


 死体を食らっているのは、間違いなくマンティコラ。

 ライオンに似た体、蝙蝠のような翼、鋭い歯を持つ人の顔、サソリに似た毒針を持つ尾。

 好んで人肉を食す魔物。


「オォ、新シイ獲物ガ来タカ。人間ハ、仲間ヲ呼ブ便利ナ物ヲ使ウ」


 魔物のしゃがれた声が、私の耳をざらりと撫でる。


 魔物は瘴気から生まれる。

 そして、マンティコラは瘴気から生まれた後、初めて襲った人間の声色を真似る。


 幼子なら憐れを誘う声を、若い娘なら鈴を転がすような声を。

 このマンティコラが初めて食ったのは、おそらく老人。

 

 襲った人間にわざと救難信号を上げさせたのか、それとも、あの救難信号を上げたのはこの魔物なのか。

 まんまとおびき出されたことに、舌打ちをしたくなる。


《アクア》


 私が繰り出す水魔法の斬撃。

 思いの外、素早い動きで避けられる。


 マンティコラの背中の翼はだてじゃない。

 こいつはちゃんと空も飛ぶ。


「人間ハ、小サキ者ヲ庇ウ」


 マンティコラが嗤う。

 私との直線上、自分の前に子どもたちが盾になるような位置取り。


(……めっちゃムカつく!)


 私が手を出せないと踏んだマンティコラの尾先がぐるりと高く引き上げられる。

 私を捉えた尾先から連続で撃ち出される猛毒の棘。


 幸い、倒れた檻の床がマンティコラの棘から子どもたちを守っている。

 防御魔法――魔法陣の盾で防ぎながら、マンティコラの足元に土魔法を発動させる。


《アビッスス》


 底なし沼の魔法。

 ずぶずぶと沈み始めるライオンに似た体。

 邪悪ささえ感じさせる顔に焦りを滲ませ、マンティコラが空へと飛び立つ。


《ウェントゥス》


 私が放った風の刃。

 その空気を切り裂く音が消えるとほぼ同時に、翼を失ったマンティコラが地面に叩きつけられる。


 未だ息絶えないマンティコラの、憎しみの籠もった赤い目。

 

 魔物はかくも、人間に悪意を向け襲ってくる。

 マンティコラの尾が最後の悪あがきを見せる前に。

 私の水魔法の斬撃がマンティコラにとどめを刺した。


 マンティコラの体が霧と化し、魔石を残して消える。

 魔物の最期を見届けて、檻へと近づく。


《サナーレ》


 檻の中の子どもたちに、まとめて回復魔法をかける。

 白い魔力の光に包まれて子どもたちから傷が消える。

 それなのに、子どもたちは怯えた顔で私を見ている。

 何でよ。


「檻の鍵はどこ?」

「……たぶん、あのひと」


 子どもたちの中で、年長の子が死体の1つを指し示す。

 それは、荷運びのリーダーと思われる男。


「人を指差しちゃ、駄目なのよ」

「……もう、しんじゃった」

「そうね」


 私は死体に近づくと、腰袋や懐を探る。

 ……あれ? ないなぁ。

 周りを見る。この死体全部を探るのは、ちょっと。

 よし。


 私は檻に近づくと、子どもたちに端に寄って身を伏せるように言う。水魔法の斬撃で檻を切断する。

 檻から出した子どもたちの手枷を、腕を切らずに外せるか考える。

 切断するにも、力加減を間違えたら大惨事。


「お手柄だな、お嬢ちゃん」


 男の声。


 油断した!

 周りを囲まれていることに気がつかないなんて。


「で、お嬢ちゃんは、何者かな?」


 失敗した。


 救難信号が上がったんだから、黒い森近くの詰所から騎士隊や、近くにいた冒険者たちが来るのは当たり前。


 マンティコラを倒したら、さっさと身を隠して子どもたちを見守るべきだった。

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