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19.地底湖の洞窟(後)

 洞窟を進むスボルの猫背は、相変わらず迷いがない。


 視界に入れないようにしていた多足生物たち。

 白い体色で、目が退化したものが増えてきている。


 魔物の気配に注意する私の鼻先を掠めた、清純な香り。


 歩を進める内に徐々に強くなり、はっきりとわかる。

 柑橘類や薔薇のような心地よい華やかな香り。

 耳に届き始める、水面が水滴を受け止める澄んだ水音。


 ――やっと辿り着いた地底湖。


 スボルが黙って魔法の明かりを消す。


 光苔が放つ翠の光に照らされている白い幽霊蘭。

 その根は岩肌に張り付き、天井から垂れ下がる白い花は細い星型。

 翠の光を映す水面(みなも)と合わさって、とても幻想的な景色。


「……地底湖の水は飲めないからな。あと、ここでは魔法を放つ――」

 私は風魔法で高所の幽霊蘭を切り落とす。

「――なよ」

 私の腕の中には風魔法で切り落として集めた幽霊蘭。


「「え?」」


 私とスボルの間に落ちる沈黙。

 水滴が湖面を揺らす音がやけに大きく響く。

 

 それまで静謐だった空間に一瞬で満ちる魔物の気配。

 凪いでいた湖面が揺らいで透明なぷにぷにした物体が幾つも飛び出してくる。


「スライム!」


「……放った魔法に反応して、地底湖に沈んでる魔物が飛び出してくることがあるんだよな」

「先に言っといてくれる!?」


 魔法を放てないなら直接殺るしかないじゃないの。


 私は幽霊蘭を収納魔法陣に放り込み短剣を取り出す。

 身体強化魔法を重ね掛けして、無駄なくスライムの核だけを突き刺していく。


 スライムは最弱の代名詞。

 スボルはナイフでスライムの核を狙っている。

 ここでスボルを守る必要は無い。

 

 周囲を埋め尽くしていた全てのスライムが霧と化して、静寂が戻った地底湖。

 拾えるだけ魔石を拾って、私たちはその場を後にした。



 地底湖から充分に距離をとり、私は清浄魔法を使う。

 スライムの毒粘液でベタついたままの私とスボルの服が綺麗になって、2人で一息つく。


「鉱石は採って帰る?」

「……いや。今回の依頼には入ってないし、結構奥なんだよな。それに――」


 ドゴオォォッ……


 洞窟内に響く轟音。


 遠くで落盤でも起きたのかとスボルの顔を見上げる。

 そこに複数人の悲鳴と足音などが重なって響き近づいてくる。

 ぴりりと感じる不穏な気配。


「た、助けてくれっ……!」


 枝分かれした穴の1つから転がり出てくる男。


 息も絶え絶えの男の後ろから現れたのは、巨大な多足生物。

 黒色の平たく長い体、長い触角と波打つように動く数え切れない脚。

 頭と脚は鮮やかなオレンジ色をしていて、見るからに毒々しい。


「スボル、虫っ……!」

「……無茶振り過ぎんだろっ!」


 巨大なムカデは私たちを前に鎌首をもたげるように上半身を浮かす。

 その顎には、人間だったものが引っ掛かっている。


 人食いムカデ。

 カチカチと音を鳴らして後ろ足を高く持ち上げ左右に振って威嚇してくる。


 瞬時に本能が理解する。

 ――こいつの獲物は、私。

 

 即座に展開させた防御魔法。

 目の前で人食いムカデが激しく弾かれる。

 その勢いのまま黒い影がザザザザザ……と岩肌を高速で這い回る。


《ウェン――》


「胴体は切んなよ! 体液の臭いで仲間が来る! しかも凄く臭い!」

「!!」


 ぎりぎりで私の耳に届いた警告。

 さっさと岩陰に隠れているスボルが私に向かって張り上げた声。


 咄嗟に風魔法を中断した私の目の前に、人食いムカデの大顎が迫る。

 その上にある2本の触覚。

 狙いを変え防御魔法越しに風の刃を放つ。


 触覚を失った人食いムカデがパニックを起こし激しくのたうち回る。

 大小の石があちこちに弾き飛ばされ様々な音が反響する。

 

 スボルの方へ飛ぶ石を見逃さず防御魔法で防ぐ。

 人食いムカデには得意な水魔法の斬撃も使えない。

 打つ手を考える私の視界に入る人影。

 それならば――


「護衛さん、スボルを守ってて!」


 子爵家の護衛がいることを確認してスボルの安全を担保する。

 すぐさま、なおも激しく暴れる黒い巨体に連続で攻撃魔法を放つ。


《アクア》

《グラキエス》


 水に濡らされた人食いムカデの黒光りする体が氷魔法の冷気でビキビキと凍り付いていく。


 前世では、不快害虫駆除の凍結スプレーがあった。



 でんっ! と鎮座する人食いムカデの氷漬け。


「ねぇ、このままここに置いといたら迷惑よね?」

「……持って帰んのかよ?」


 呆れと引き攣りが混ざる声のスボルを振り返る。

 と、その足元には先程人食いムカデから逃げてきた男が捕縛されて転がっていた。


「……どういう状況?」

「……密猟者」


 スボルが親指で指し示す方向。

 禁猟期間の大ヘラジカの死体。

 捕縛された男の死んだ密猟仲間、その収納魔法陣から出てきてたらしい。


 人食いムカデの餌食となった密猟者の仲間。

 収納魔法陣に収められた物は、使用者が死ぬと放出される。あの世までは、持っていけない。


 予想外の大捕物。

 密猟ついでに、洞窟最奥部の希少な鉱石を盗掘しようとして、出くわした繁殖期の巨大ムカデに襲われた、と私とスボルは推測する。


「馬鹿ね」

「……バカだろ」


 密猟者の男は、何か言いたげにモゴモゴしている。

 だけど生憎、猿轡のせいで全くわからない。

 私が巨大ムカデの氷漬けを収納魔法陣にしまおうとするのを、恨めしそうに見ている。


「あれ? 入らない」


 収納魔法陣にぐいぐい押し込もうとしても、巨大ムカデの氷漬けが入っていかない。


「……まだ、生きてんじゃね?」


 そういえば、凍結スプレーの注意書きに「凍結不十分の場合、仮死状態から蘇生する」って書いてあった。

 じゃあ、いっそのこと。


「ここで燃や――」

「しても悪臭が出んだよな。茹で殺すのが一番だろ」


 こうして私とスボルは、依頼の植物とそこそこの魔石、人食いムカデのボイル、さらに密猟者、と大量の成果を手に入れた。

お読みいただき、ありがとうございました!

次回は明日、【夜20時20分】に更新します。

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