18.地底湖の洞窟(前)
「……何でこんなことに」
幻想的な青い月明かり。
静かな青い光と焚き火に照らされて伸びる2つの影。
私とスボルは2人で夜営の最中。
スボルの陰気臭い呟きを無視して、私はさっさと食事の支度をする。
「スボルは、トマトのスープ食べられる?」
「……夜営でそんな手の込んだもんを作んのか?」
「ふふーん、便利な物を作ってきたの!」
あらかじめ作ったスープを氷魔法と風魔法を駆使してフリーズドライした素。
収納魔法陣から取り出したそれを、お湯を沸かした小鍋にぽいっと放り込む。
あっという間に出来上がったミネストローネ。
焚き火に照らされるスボルが目を丸くする。
「……なんだこれ。……どうなってんだ?」
やっぱり、フリーズドライ製法はこの世界には無いかー。
これで商売できそうだけど、賞味期限の保証とかわからないし。あくまで自己消費用。
「これ食べたら、夜番の順番決めのジャンケンね!」
私は何だかわくわくしている。
夜営は初めて。これって、キャンプみたいじゃん。
カレーを作りたかったなぁ。
「……お前、元気だな」
「スボルが暗すぎるんだってば」
「……言っとくけど、オレ弱いからな」
私の算段通り、黒い森での採取依頼は順調そのもの。
そのうえでフォアムントさんに直談判した。
直球で、スボルと組ませてほしいと。
スボルは「オレは冒険者じゃなくて、ギルドの職員だ」って言っていたけど、しっかり冒険者登録証は持っていた。
さすがに泊まりがけになる依頼は、1人では無理。
スボルが駄目ならそのへんのオッサンと組む、と言ったら、フォアムントさんは怒った。
『自分の魔力を過信するな! 男は飢えた狼、って言葉を知らないのか!』
それで、今回の依頼をスボルと受ける許可を得た。
スボルは、結構、評価されているのかもしれない。
まぁ、子爵家の護衛もついてるし……っていうか、フォアムントさんが、すっかり父親ポジにいるんだけど。
◇
目の前の暗い口を開けた洞窟。
寒ささえ感じさせる風が漏れ出て私たちの体を冷やす。
目的地を前に広げる採取依頼書。
今回の依頼は、この洞窟内に自生する植物の採取。
まずは、光苔、光茸。それから地底湖付近に自生する幽霊蘭。最奥部まで行けば、希少な鉱石も採れる。
スボルは空間認識能力が高い。
入り組んだ洞窟内では、貴重な人材。
「魔物や獣は任せてね。スボルのことは私が守るから」
「……お前、男前だな」
「あ、虫はスボルに任せるわね!」
フード付きの外套、革手袋、ロングブーツ。
洞窟内の寒さと頭上からの雫対策だけど、もちろん虫も警戒している。
私はこの世界では森育ちだけど、やっぱり、虫はちょっと。
洞窟内のような特殊な環境。
希少植物はもちろん、そういう環境を好む虫や獣も存在する。
瘴気が発生しているなら魔物だっているはず。
私たちはゆっくりと、周囲に視線を走らせながら進んでいく。
地上の光が届く入り口から離れるほど、当然、中は暗くなる。足元は滑りやすいし、時折、視界の端で何かが動く。
たぶん、洞窟の壁に張り付く多足生物。
お願いだから、跳んでこないでよ。
「無いわね」
立ち止まった私の声が無機質に小さく反響する。
入り口付近のシダ植物が遠くに黒く見える。
すぐ近くの岩肌に苔が生えているけど、これは普通の苔。
「……光苔や光茸はもっと奥。翠色に光ってるからすぐ分かる。迷子になんなよ」
枝分かれした先を進むスボルの迷いのない足取り。
空間認識能力って便利。
いくつかの分かれ道を進む。
頼りは魔法の明かりとスボルの猫背。
途中の蝙蝠のコロニーは無駄な殺生を避けて気配を消して通り過ぎる。
さらに進み、滑る段差を乗り越えたところでスボルの猫背が止まる。
「……その岩棚の上が光苔の群落。ただ、魔物の気配がすんだよな」
私は頷いて、先に慎重に岩棚をのぼる。
「……綺麗……」
エメラルドグリーンに光る苔の絨毯。
ぽつぽつと生えている、ひょろっとした光茸。
目の前の光苔に前世の記憶が被る。
まだ元気だった頃。
家族旅行で光苔を見に行った。
時刻のせいか天候のせいか、光っている苔は見られなかった。
がっかりと肩を落とす私に両親がしてくれた約束。
『また見に来よう。次こそは見られるよ』
叶えられる時は来なかった。
両親の顔も名前も、私の中に残ってはいない。
だけど、微かに声を思い出した気がした。
切ない記憶が胸を締め付け、私の目に浮かんだ涙が、一粒、零れ落ちていく。
「……リーリエ?」
スボルの陰気な声に、慌てて涙を拭う。
天井を見上げれば、そこにも光苔の翠の光。
――その中の目玉と目が合う。
「スボル、隠れてて!」
臨戦態勢をとった私めがけて、バサバサと音を立てて飛び交う複数の目玉。
オクルス。
巨大な目玉に蝙蝠のような翼を生やし、毒粘液でぬるりとした多数の触手で攻撃をしてくる魔物。
弱いけど群れをなすから、厄介な奴。
蝙蝠のコロニーの真似でもしてたの?
《アクア》
瞬時に私の周りを覆う大量の水の弾丸。
無数の弾丸は瞬きの内にオクルスたちを貫き霧へと化していく。
それでも私に向かって飛び込んでくる残った数匹。
飛行系の魔物はもれなく動きが速い。
光苔と光茸を傷つけたら採取依頼は失敗確定。
(もうっ、面倒くさい!)
オクルスの触手を弾く防御魔法の向こう側。
私の魔力が生み出す巨大な水流。
水の龍の如くうねりその勢いのまま、飛び交うオクルスたちをまとめて水の中に呑み込み拘束する。
この魔物は溺死しなさそう。
それならば――
《フルミナーレ》
渦巻く水流の中に放った雷魔法。
空気を裂くような音と閃光。
水と雷の相乗効果は逃げ場なんて与えない。
全ての魔物が霧と化し、魔石を残す。
群落は傷ひとつついていない。
「……お前、マジで強いんだな」
岩陰から出てきたスボルがそろり、と寄ってくる。
(褒められた?)
私はにっこり笑って収納魔法陣から採取セットを取り出す。
その数は2つ。
「さっさと採って、次、行くわよ!」
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次回は明日、【夜20時20分】に更新します。




