17.帰還
「ただいま、フォアムントさん! わ、硬っ!」
「おおっ!?」
私は馬車の扉が開くや、エスコートを無視してギルド長に飛びつく。
私の不意打ち。
ギルド長は驚きつつも、しっかりと受け止めてくれる。
その胸板は、厚く硬い。
「お母さんの胸は、ふわふわしてるのに……」
「昼間からそういう話はやめろ。……おかえり、リーリエ」
私を軽く抱きしめてから、馬車を降りたお母さんへと向けられるギルド長の視線。
「グリゼルダ、貴女も。2人揃って無事に戻れて何よりだな」
「心配をかけたが、この通りだ。ありがとう、フォアムント」
私の目いっぱいに映る黒い森の庵。
大切な、私とお母さんのおうち。
ここから離れていた私の時間は半年近く。
目に映る全てが懐かしい。
それだけじゃない。
鳥のさえずり、葉が揺れる音、木々の間を渡る風――
黒い森の匂いをこんなに強く感じるなんて。
季節は、秋から春へ。
私が目覚めなくても、黒い森を離れていても。
季節の移ろいは止まることなく進んでいく。
「スボルも! 久しぶりね!」
少し離れた所に立っている、くすんだ緑がかった茶髪。
スボルは、そこそこ顔立ちも整っているのに、長い前髪と、その猫背のせいで少し陰気臭い。
「……お前、ホントに死にかけたのかよ? むしろ太っ……何でもない」
言いかけた不穏な言葉を飲み込んで、これで留守宅の番もお役御免だ、と誤魔化す。
私とお母さんが不在の間。
庵の風通しなどをしてくれていたのは、スボル。
(……なんか、聞き捨てならない言葉があったけど)
揃って庵に入る私たち。
ここにも、懐かしい匂い。
空気とともに胸いっぱいに吸い込む。
鼻腔をくすぐる慣れ親しんだ薬草の匂いに、心の底からほっとした。
◇
「お母さん、見てて!」
《生命の水》
魔法を受けて、きらきらと輝く薬草たち。
うん、私の魔力の巡りは元通り。
昨日は帰ったばかりだから、ちゃんと我慢した。
今日は好きなだけ魔法の試し撃ち。
やっとよ! やっと思い切り撃てる!
「お母さん、見てて!」
《アクア》
水魔法で作る大きな水の球。
頭上にふよふよと浮かび、反射する陽の光。
灰眼を眇め、手を翳す。
「お母さん、これでお魚飼いたい!」
「永続的に発動できるか? 突然、魔法が切れたら、放り出される魚が苦しむ」
それも、そうか。魚を苦しませるつもりはない。
私は水の球を弾けさせて消す。
きらきらと消えていく水に見える虹。
「お母さん! 見えた? 虹!」
(魔法って楽しい!)
私は次々と魔法を試し撃ちしていく。
魔力喰らいと単身で渡り合える私の魔力量。
目覚めてから、より一層、増えた気がする。
これまで以上に魔法をばんばん使えると思うと、にまにまが止まらない。
(ああ、魔法って楽しい!)
「リーリエは、はしゃぎ過ぎだな……」
「それだけ、子爵邸で我慢をしていたということだ」
呆れた様子で無精髭を触るギルド長と、言葉を返すお母さん。
私が手を振ると振り返してくれる。
それだけのことがすごく嬉しい。
「リーリエは目覚めてからずっと、貴女のことをお母さんと呼んでいるな」
「あの子は私の役に立てるのだと、一生懸命、大人であろうとしていた。今は甘えたい気分なのだろう」
「……思春期の娘は、難しいな」
「お母さん! マンドラゴラとアンブロシアの薬草畑を見に行ってもいい?」
「無茶はしないように」
「念の為、スボルを連れて行け」
スボルは今日も、ギルド長に同行している。
どうやら私のお目付け役。
「スボル、身体強化魔法は使える?」
「……ナメんな」
◇
森の奥の薬草畑まで一直線。
身体強化魔法を使って森の中を駆けるのは、やっぱり気持ちがいい。
「ゴンちゃん、レムちゃん!」
薬草畑を守る2体のゴーレム。
名前は、今、決めた。
どっちがどっちかは……えっと、保留?
マンドラゴラもアンブロシアも、すくすく育っている。
薬草泥棒も魔物も、ゴーレムが2体いれば、まず心配ない。
屈んで雑草をぶちぶち抜く。
背後に追いついた、ゼェゼェとした息遣い。
陰気臭い声が降ってくる。
「……おまっ、速えんだよ」
「スボルが遅いんだってば」
「……なっ!? ……そんでどうすんだよ」
「え、何が?」
「……婚約」
「あー……」
グートとの婚約がなくなったら――
もしかしたら、王家が出てくるかもしれない。
あくまで可能性の話。
だけど、これ以上悪い方向に行くのは避けたい。
「……リッターさんも、お前みたいなガキの、どこがいいんだか」
あ、そっち?
「エルンストさんのは、そういうのじゃないわよ」
「……だから、お前はガキなんだよ」
スボルは溜め息まで陰気臭い。
何なの、いったい。
「……そういや、名前はリーリエのままでいいんだって?」
「ここではね」
お母さんとの養子縁組も、改名も、認められていない。
2年後には、レルヒェとしてグートとの婚姻が進む。
だけど、私はリーリエ。
これまでも、これからも。
リーリエとして黒い森で生きていく。
そのために、やるべきことは――
無意識にポケットの冒険者登録証を触る。
「あ!」
ぴこん! と閃く。
突然、声を上げた私に向けられる、スボルの訝しげな視線。
「この冒険者登録証で、リーリエとして実績を積んで! 有名になったら、改名とか、いけるわよね!?」
いわゆる、既成事実。
強い魔法使いとなって、私の存在をリーリエとして確立する!
お金もかからないし、むしろ稼げるし!
今までは見つからないように隠れて生きてきたけど、もう意味ないし!
「……お前、バカだろ。子爵家から監視ついてんのに、そんなんできるかよ」
「え、どこ!?」
「……あっち。わざわざ、オレにわかるように気配出してんだぜ? 監視、っていうより、護衛なんだろな」
未婚の男女が森の奥で2人きり。
子爵家の護衛ならスボルを牽制して当たり前。
(グートも子爵も、過保護なんだから!)
そこでまた、ぴこん! と閃く。
「私ね、子爵邸で、初めて女の子の友だちができたの」
私の灰眼はギラリと光っていたかもしれない。
「スボルも、私の友だちよね?」
「……なんだよ、急に」
「2人で! 依頼を受けまくるの! 大丈夫、いざとなったら、子爵家の護衛が助けてくれるわよ!」
「……ギルド長の許可が下りると思ってんのかよ? オレは冒険者じゃなくて、ギルドの職員だぜ」
私とスボルの温度差。
「……お前、バカだろ」
スボルの陰気臭い溜め息。
「溜め息の数だけ、幸せは逃げていくんですって」
「……誰のせいだと」
陰気臭い呟きは無視して、依頼を受ける算段をつける。
(やっぱり、まずは駆け出しの定番、採取依頼からかな?)
私を取り巻く世界は目まぐるしく変わってしまった。
成人するまであと2年。
やりたいことは全部やる。
無数にある未来の分岐。
私は後悔しない方を選んで生きる、と決めている。
次に死ぬときは、後悔なんて無かった、と笑って逝くの。
それが――
この世界に生まれた意味だと思うから。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!
これにて、【第1部】『今更、構わないでください!』は完結です。
明日からの【第2部】『愛が重いです!』では物語がさらに広がり、いよいよ新しい出会いと、「重すぎる愛(!?)」が動き出します!
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本作は既に完結まで完成しております。
それでは、明日の第18話『地底湖の洞窟(前)』もよろしくお願いいたします!
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