16.婚約
昼下がりのサロン。
流れるようなダンス教師の演奏に合わせ、私よりも優雅に踊るお母さんと子爵。
私の眉間がきゅっとなる。
「2人の距離が近すぎると思うの」
「近づかなければ、踊れないよ」
「……もう。前はあんなに、お母さんのことを悪く言っていたのに」
私から漏れる溜め息。
お母さんに対する子爵の態度は様変わりした。
今だって、私へのお手本のためにお母さんと踊っている。
「グリゼルダ殿は、2度もレルヒェの命を救った恩人だからね。父上は本気でグリゼルダ殿も手元に置いておきたいんだ」
「えぇ? 浮気?」
「父上の最愛がマイブルーメン様なのは永遠に変わらないよ。グリゼルダ殿には、また違った執着をお持ちのようだ。一番は、君が理由だね」
グートの苦笑に含まれる、子爵を父と敬愛する情。
「黒い森では、フォアムントさんが待っているのに」
仮初とはいえ、お母さんがギルド長と婚約を結んでいなかったら、どうなっていたことか。
「さあ、次は僕たちの番だね。お手並み拝見といこうかな、僕のお姫様」
「ふふん、私の体幹を舐めないことね」
私が肌を日焼けから守るために常用している身体強化魔法。
元々は、重い物を持ったり、騎士や冒険者が戦闘を有利にするために使う魔法。
応用の幅を広げれば、ダンスやカーテシーに使う体幹の強化だって申し分ない。
基本に倣ってホールドを組み、息を合わせて踏み出すステップ。
近づく距離。
グートがリードする動きに素直に合わせる。
こうしたほうが、踊りやすい。
踊りながらグートが話しかけてくる。
「エルンスト・リッターだが」
体幹に自信はあるけど、ステップはちょっと。
油断するとドレスの裾を踏む。
今は、話しかけないでほしい。
「求婚状が止まらない」
「!?」
ドレスの裾を踏んだ私を、グートがすかさずフォローする。
「……何て?」
「断っても断っても、求婚状が送られてくる」
「なんで!?」
「僕が知りたいよ」
エルンストは、襟足で1本に結ばれた長い銀髪に神秘的な青い目の、イケメン騎士。
あの年齢で独身ならば、恋人や遊び相手の1人や2人、いそうなのに。
(もしかして、私をここから連れ出すために?)
エルンストには、あれ以来会っていない。
きっと、私の現在の状況を知らないんだ。
私は黒い森に帰れるのに。
「それで、いっそのこと」
私に触れるグートの手に、力が入る。
「君は、僕と婚約することになった」
「!!」
エルンストのフォローが、また、藪蛇になっている。
エルンストの、あんぽんたん!
◇
あの後、グートと子爵に抗議した。
だけど婚約が覆ることはなかった。
「虫除け」「お似合い」、最後は「決定だ」という言葉で、おさめられてしまった。
私は雲雀の部屋のソファーに沈み込む。
「……そんな、馬鹿なことって」
義兄妹の結婚は当主の一存で決められる。
そこに当事者の意思は必要ない。
いや、グートは何でそれを受け入れてるのよ?
当主の意向には逆らえない、ってこと?
「そうきたか、というところだ。あの子爵らしい」
お母さんは冷静だ。
「なんでよ、兄妹でしょ!」
手足をじたばたする勢いの私に、フロイはおろおろしっぱなし。
お母さんに促されて淹れてくれたお茶は……カップの中よりも外のほうが多い。
「義兄妹だ。グートは、元々はカナーリエン子爵の遠戚。教会法に抵触しない」
「だからって」
「貴族では、血統の維持の為によくある事。しかも、この場合。カナーリエン子爵は合法的に、リーリエをずっと手元に置いておける」
私は、ぎりぃっ、と歯を食いしばる。
今なら魔石も噛み砕けそう。
(なんてことなの)
たまに会ってパパと呼べば、子爵は満足すると思ったのに。
義兄との婚約の話までまとめられるとは。
「……お嬢様は、そんなにグート様とのご婚約がお嫌なんですか? 私は、お嬢様がお邸にいてくださるなら、こんなに嬉しいことはありません」
フロイが眉を下げている。
「……嫌、っていうか」
子爵とグートのことは、やっと、親戚のおじさん、お兄さんに思えてきたくらい。
グートとの結婚なんて想像できない。
それに、私はまだお母さんと一緒にいたい。
黒い森の魔女の娘でいたい。
結婚なんて早すぎる。
「リーリエが望まぬのなら、断る方法を探す。アインホルン公爵の沙汰では、リーリエを私の手元に置いておけるのは成人まで。問題は、その先か」
このまま何も手を打たなければ、確定してしまう未来。
2年後に成人したら、私はグートと結婚。
考えに詰まって、手慰みに水魔法を操る。
私の周りにふよふよと浮かぶ、幾つもの小さな水の球。
黒い森と違って、子爵邸では魔法を撃ちまくって気晴らしをすることはできない。
グートと結婚したらこの状態が一生続く。
そんな人生は、つまらない。
私は魔法が大好きだから。
「お嬢様は、魔法がお上手ですね! うらやましいです」
フロイは、こんな子供騙し程度の魔法に喜んでくれる。
「フロイはどんな魔法が得意?」
「私は魔力が弱いですから。生活魔法がやっとです。清浄魔法だって、身体強化魔法を使って自力で掃除した方が効率がいいくらいです」
フロイの残念そうな顔に見え隠れする、魔法への憧れ。
「貴族は平民と比べると、魔力が強い者が多い。だが、貴族の中でもリーリエの魔力は別格。王家から婚約の打診がきても、おかしくはないほどだ」
さらっと言われた内容が恐ろしい。
グートとの結婚の方が何倍もマシに思えてしまう。
「グートと婚約済なのは、今の段階ならば良いことかもしれないが」
「……だからって」
はい、そうですか、とは頷けない。
15歳まで、私の世界は黒い森でお母さんと2人きりだった。
ギルド長に見つかって、
エルンストに見つかって、
グートにカナーリエン子爵邸に連れて行かれて。
私を取り巻く世界は目まぐるしく変わってしまった。
――もう、元には戻らない。
お読みいただき、ありがとうございました!
次回は明日、【夜20時20分】に更新します。




