14.誕生日
清浄で、どこかあたたかくなった子爵邸の空気。
使用人たちの表情も明るい。
目覚めない私の付き添いを拒否したり、放棄したメイドたちは全て解雇され入れ替わっていた。
グートは少しでも私が過ごしやすいように、邸を整えてくれている。
「お嬢様! よくお似合いです!」
デビュタント前の令嬢らしい、清楚で控えめな水色のドレス。編み込みを交えたハーフアップの髪には、同色のリボン。
やりきった感満載の弾ける声をあげる、ヘアメイクを担当した若いメイド。
この子は私が軟禁されていたときの、あの人質。
名前は、フロインディン。
ブルネットの髪に、黒に近い焦げ茶の目。顔に散るそばかすが健康的な子。
最初の頃のような怯えた様子は今では見られない。
むしろ好意的。
(――なんで?)
「……ねぇ、フロインディン」
「フロイとお呼びくださいお嬢様!」
食い気味に呼び方を訂正してくる。
「えっと、フロイ」
「はい!」
私に向けられる、輝くような満面の笑顔。
私はずっと、黒い森でお母さんに隠されて暮らしていた。
それに軟禁中だって、私と話してくれるメイドは誰もいなかった。
同年代のメイドとの距離の取り方がよくわからない。
「あなた、私に怯えていなかった?」
私の問いかけに、あわあわと動くフロイの両腕。
責めた訳じゃないのに。
「あの時は申し訳ありません! お婆ちゃんの昔話が、その……」
今度はくりっとした目をきょろきょろさせて、両手の指はもじもじしている。
「白髪の忌み子の話?」
「お嬢様は昔話とは違います! 私はお嬢様をお慕いしております!」
私の踏み込みに、ばっと向き直った力強い視線。
ころころ変わる表情と熱量が相まって忙しない。
こんな子だったの。
「それは……ありがとう? できれば、その昔話を教えてくれる?」
「え、でも」
私の耳には入れたくない内容だと察せられる躊躇い。
それでも構わないというと、フロイは教えてくれた。
「白髪の赤子は、母親の腹を食い破って生まれてくるのだと。母親の血を吸って、その目は赤く見えるのだと」
確かに、私の灰色の目は赤く見えることがある。
光の加減で、極稀に、一瞬だけ。
人間で赤い目の者はいない。
赤い目は、魔物の目。
(私は母親の腹を食い破ってはいないけど――)
私を産んだことで、産みの母は命を落としている。
白髪の赤子が産まれた結果、1つの家族の幸福が消えた。
「お婆ちゃんは、白髪の忌み子は不幸を運ぶ、とよく言っていたんです」
白髪の赤子が生まれる度に不幸が撒き散らされる。
繰り返し語られ続ける迷信。
「でも、お嬢様は御自身の命をかけて、私たちを魔力暴走から守ってくださった。あれだけ強い魔力をお持ちなら、いつでも逃げることができたのに……私が罰を受けないように残ってくださった」
フロイがそっと私の手を取って跪く。
「お嬢様のお側にいて、怖いことなんて何もありません」
私を見つめる真っ直ぐな焦げ茶の目。
「お嬢様は誰よりもお優しいです。だから、ずっとお側でお仕えさせてください。お嬢様」
手から伝わるフロイの体温。
フロイの願いが衝撃となって駆け抜ける。
だって、それは。
幼い私が唯一抱いた、お母さんへの願いとよく似ている。
まさか、自分が言われることになるなんて。
私の手を握ったまま見上げ、フロイが返答を待つ。
「それじゃあ……まずは、お友だちから始めましょう?」
貴族令嬢がメイドにするものとしては不適当な、私の返答。
フロイの熱量に、長らく同年代の友だちがいなかった私の距離感もバグったらしい。
案の定――
フロイは「恐れ多いです」と両手を振り回して慌てていたけど。
令嬢と使用人としての立場なんて、この際関係ない。
最終的に、私たちは友だちになった。
フロイが感動の涙を流していたのは、見なかったことにする。
◇
「おぉ、レルヒェ。よく似合っている」
私の身を包む水色のドレスは、子爵が自ら見立てたもの。
目の前で私をくるんと回らせて、目尻を下げ口角を上げ満足そうに頷いている。
子爵邸で迎えた16歳の誕生日。
お母さんと出会ったのは5月だったから、リーリエの誕生日は5月で祝われてきた。
だけど、レルヒェが生まれたのは3月だったそう。
今日、子爵邸で祝われたのは3月の誕生日。
といっても、パーティーを開いたわけではない。
私はまだ療養中。
おめかしと祝いの言葉、誕生日プレゼント。
子爵から贈られたのは、白い仔馬。
名前は私が付けていい、と言われたので、リリーと名付けた。人懐こくて、とても可愛い。
いつか、リリーに乗って駆けてみたい。
「レルヒェ、パパのお膝においで。絵本を読んであげよう」
「え!?」
「父上、レルヒェは16歳になったのですよ」
グートの少し呆れた顔と、子爵の残念そうな顔。
「せっかく親子揃って誕生日を祝えるのに、もう、そんなに大きいのか……」
「もう、ぬいぐるみで遊ぶ年齢ではないのよ?」
雲雀の部屋の大きなぬいぐるみたちは、今までの誕生日プレゼント。
「ならば、せめてケーキは食べさせてあげよう。レルヒェに、あーんをする父親は私だけだ」
この父親はめげない。
相変わらず変なところで私への執着を見せてくる。
私とグートの顔が見合う。
私たちは揃って溜め息をついた。
お読みいただき、ありがとうございました!
次回は明日、【夜20時20分】に更新します。




