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13.父と母

「これ、美味しい」

「これは、ロゼリソウのシロップ。男爵家の商会で取り扱っている」

「お父さんの?」

「お、お父さん!? 俺のことか!?」


 私にお父さんと呼ばれ、ギルド長の挙動がおかしくなる。


「お母さんと結婚したんじゃないの?」

「い、いや、それはまだ」

「リーリエは、お父さんが欲しいのか?」

「絶対、いらない」



 目覚めてから数日。

 私は未だ、雲雀の部屋のベッドの上。


 心と体、魔力の繋がりが戻ったとはいえ、弱った体は急には元に戻らない。

 魔法もしばらくは使用禁止。


 身体強化魔法が使えないと、日焼けが火傷になる私は外に出ることもままならない。

 徐々に機能回復をさせて――


 黒い森に帰るのは、それから。



 私は黒い森に帰れる。

 アインホルン公爵から下された沙汰。


 私をお母さんの養子にする事は認められなかったけど、子爵は私とは暮らせない。

 前世に合わせた言い方をするなら、親権は子爵、監護権はお母さん。


「レルヒェ」


 グートと子爵が共に部屋に入ってくる。

 子爵は沙汰を聞いた時には寝込んでしまったらしい。

 だけど、覚悟はしていたのだろう。

 酷く取り乱すことは無かったそう。


「もう少し体調が良くなったら、一緒に庭を散歩しよう。まだ、庭を案内していなかったね」

「中庭にある(ブルーメ)の墓も、まだ行っていなかったな」

 

 私がまだ行っていない場所は、他にもある。

 私が幽閉されていた部屋。



 あの部屋が封鎖されている理由。


 子爵が、魔力暴走を起こしたからだった。

 私の存在が消え、金目の物も消え、管理は行き届かずに薄汚れている部屋。

 グートの報告で初めて目の当たりにした、長年の幽閉の結果。


 妻の命を犠牲にした娘を赦せない。

 愛せない。

 姿を見たくない。


 だけど、失って初めて気づいた本心は――


 それでも娘を愛している。

 だからつらくて姿を見られなかった。

 本当に赦せなかったのは妻を守れなかった自分自身。


 やっと娘を愛していると気づけたのに。

 妻が命をかけて守り産んだ娘は既にいない。


 受け入れられない現実。



 その結果の、魔力暴走だった。



 私は目の前の鮮やかな紅玉色の液体を見る。

 甘い花の香りがして、ベリー系の甘酸っぱさがある。

 それから、子爵を見る。


「パパも飲む?」


 時が止まったようだった。

 子爵の目は驚愕に見開かれ、絞り出された声は震えている。


「……今、何と」

「ロゼリソウのシロップ、飲む?」

「そうではない、今、パパと――」

「1回でいい、って言った」

「……聞こえていたのか?」


 私は可愛らしく小首を傾げる。


「たまに? ほとんどは意識がなかったと思うわ。あとは、夢を見ていたの」


 夢を思い出して、自然と笑みが浮かぶ。


「とても幸せな夢よ。私は幼子に戻って、お母さんに甘えているの」


「君は……そんなに可愛らしく笑えたんだね」


 グートの表情は、驚きと、後悔、それから何か別の感情が混ざった複雑なもの。


「僕の判断は間違えていたよ。君の笑顔を、奪っていた」


 すまなかった、と謝罪するグートの声にある真摯な響き。


 グートは、お母さんが来た時にも詫びて頭を下げていた。

 子爵の後継として冷徹な顔も見せるけど、やはり基本的には善人。

 貴族社会では気苦労が絶えないに違いない。



 私が目覚めなかった間。


 グートと子爵はいろいろな事を話しかけてきていた。

 浮上と沈み込みを幾度も繰り返す意識の中。

 私の心に届いた、2人の胸の内。


 私を幽閉していた事も軟禁したことも赦せない。

 だけど、それぞれの苦しみと後悔を知ってしまったから。


 ――もう、いい、と思う。



 邸の中庭。

 寒さの厳しい季節に、一番長く陽の当たる場所。


 そこに、産みの母の墓はあった。

 季節の花に溢れ、近くに置かれているのは子爵がよく座るのであろうガーデンチェア。


「レルヒェにとっては、母とは黒い森の魔女なのだろうが――」


 子爵の視線は静かに、愛しい妻の墓に注がれている。


「レルヒェを産んだマイブルーメンのことも、忘れないでくれ」

「わかってる」


 マイブルーメン。

 鈴蘭の名を持つ、私の産みの母。

 私を救ってくれたのは、薬を創ってくれたお母さん。

 だけど、もしかしたら――


 私を救ったのが鈴蘭の薬というのには、意味があるのかもしれない。

 私がお母さんと出会った鈴蘭の群生地。

 その場所にも、意味があるのかもしれない。


「私のお母さんは、2人」

「有難う、レルヒェ……」



 墓前に流れる、穏やかで静かな時間。

 口を開いたのは、子爵だった。


「フォアムント・ヴァルトバーデンは、レルヒェの義父になるのか?」


 ギルド長。

 お母さんは、ギルド長と仮初の婚約を結んで、ヴァルトバーデンの庇護下に入った。


 ヴァルトバーデン男爵家は、美容や健康方面に力を持つ商会を抱えている。

 このまま2人が本当に結婚しても、お母さんの研究に問題はない。

 

「それは、わからないけど」

「父と呼ぶのは、私1人にしてくれないか」


 こんなところにも見せてくる、私への執着。

 本当に厄介な父親だわ――


「パパと呼ぶのは、子爵だけだから」

「レルヒェ!」


 さっきまで潤んでいた目が輝いている。


「パパ、そろそろ仕事して。グートが疲れてるわ」


 グートは、20歳。

 私を探し始めた時からずっと、窶れてしまった子爵の補佐をしている。


「グートに頼りすぎたら、だめよ」

「ああ、ああ、わかっているとも!」


 気力の漲る目を見せて、子爵は頼もしい返事をした。

お読みいただき、ありがとうございました!

次回は明日、【夜20時20分】に更新します。

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