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12.鈴蘭

 懐かしい気配を感じ取って、私の意識は急浮上する。


「リーリエ」


 お母さん!!

 来てくれた!

 私を迎えに来てくれた!


 そっと、手を握られる。

 握り返したいのに、私の手は指先ひとつ動かせない。


「暴走した魔力を自分の体内に無理矢理押し込めるとは、無茶をする」


 軽く咎める言葉とは裏腹に、私の頭を撫でる手は優しい。

 褒めてくれてる?

 私、周りを巻き込まないように頑張ったの。


「相変わらず、リーリエは、自分の命に頓着していない」


「黙ってたら、おうちに帰れないぞ」

 私とお母さんの世界に割り込む声。

「ほら、起きろ。本当は寝たふり、してるんだろ?」


 あ、ギルド長。

 ギルド長には、聞きたいことがあったの。

 まさか、私のお父さんに……なってないわよね?


「本当に、目を覚まさないんだな……」


「黒い森の魔女殿。……いや、グリゼルダ殿。此度の義妹の状態について、お詫び申し上げると共に、ご助力願いたい」


 グートの声が聞こえて、頭を下げる気配がした。

 え? あのグートが?

 信じられないものを見た気分。見えないけど。


「リーリエは、お母さんと一緒に帰りたいだろう?」

 帰りたい!

「ならば、頑張ろうか」


 私への薬の投与は、慎重に行われた。

 誤嚥を防ぐために限界まで濃縮された薬。

 ミニスプーンに、たったの一匙。

 匂い通りの凶悪な味に、私の開かない目から涙が一粒溢れる。


「レルヒェ!」

 慌てた声の主はグート。

「グリゼルダ殿! これは薬が効いているということか!?」

「判断が早すぎる。これは様子見。幼いリーリエが泣き喚いた、滋養強壮薬の1つ」

「とんでもないものを与えているな……」

「薬は何種類も用意してきた。リーリエは、私の薬と相性が良い。必ず、目覚める」



 私の意識が沈んでいる間も薬は投与されている。

 口の中に残る薬の味から、なんとなく想像できる。


 栄養補給・疲労回復の薬。

 自律神経を整える薬。

 魔力の巡りを改善する薬。

 意識の回復を促す薬。


 お母さんは生涯をかけて、全ての病気を治す万能薬と、肉体の時を戻す霊薬を研究している。

 その副産物として、様々な効能を持つ薬を生み出してきた。


「黒い森の魔女よ。まだ、レルヒェは目覚めないのか……?」


 弱々しい声の主は、カナーリエン子爵。

 子爵がここに来るのは、私の意識が浮上している時に限れば、お母さんが来て以来初めてのこと。


「カナーリエン卿。リーリエは、頑張っている」

「……頑張っている……」

「そうだ。私たちの娘は、頑張っている」

「……レルヒェを、救ってやってくれ」

「勿論。私の命に代えても」


 お母さんの決意に、子爵が静かに言葉を返す。

「それはならぬ、黒い森の魔女よ。私の妻は、自分自身の命よりも()()()()()()()()()()、その命を落とした」

 

 私は……守られて生まれてきたの?

 私が、命を奪ったのではなく?


「レルヒェも、私たちを魔力暴走から守るために、一度、心臓が止まっている」

 子爵の声は、どこまでも静か。

「自分の命を代償にしてはならぬ」

「……心得ておこう」


 黒い森での私の暴れっぷりを知ったら、子爵は卒倒しそう。



 お母さんが創薬に使う素材は、植物や鉱石など多岐にわたる。なかでも貴重なマンドラゴラは万能薬、アンブロシアは霊薬の素材。


 甘くて懐かしい匂いが鼻腔をくすぐる。

 天国って、きっとこんな匂い。


 この爽やかな甘い匂いは、マンドラゴラの実ともアンブロシアの花とも違う。

 でも、知ってる匂い。


「これは、鈴蘭の花から創った薬」


 鈴蘭! お母さんと出会った、鈴蘭の群生地。

 瞼の裏に釣鐘のような白い花が浮かび、甘い匂いに色がついていく。


「鈴蘭は毒草だが、毒は薬にもなる。未完成の霊薬(エリクサー)と調合したものだ」

「……それは、安全なのか?」

「無論。ここまでに投与した薬で、これを受け入れる下地は出来ている」

 

 皆が見守る視線を感じる中、鈴蘭の薬が私に投与される。


 私の中から直接感じる、まるで天国のような匂い。

 強く強く匂い立つ。

 そして私の内にある何かが繋がっていく。


 緑の葉と白く小さな釣鐘のような花。

 鈴蘭の緑の葉と白い花が連なる隙間から見える空の青。

 目に飛び込んできた鮮やかな赤。


 触れたくて、手を伸ばそうとする。


 私の指先が、ぴくりと動く。

「「リーリエ!」」

「「レルヒェ!」」

 それぞれが、叫ぶように私を呼ぶ。


 だけど、今の私にはそれが精一杯。

 酷く疲れて私の意識は沈んでいく。


 お母さんの顔を見たいのに――



 それから、何度も繰り返し、鈴蘭の薬が投与された。

 そのたびに、ばらばらだった私の心と体、魔力が繋がっていく。


「リーリエ。お薬の時間だ」 

「全く、寝坊助だな」

「レルヒェ、今日はどんな夢を見ているんだい?」

「寝顔も(ブルーメ)に、そっくりだ」

 

 ゆっくりと、まぶたを持ち上げる。

 目に飛び込んできたのは、鮮やかな赤。


「……おかあ、さん……」


 私を包み込むお母さんの体。

 どこよりも安心できる、あたたかい場所。


 鈴蘭の花言葉は「幸福の再来」。

 私は、この幸せな場所に戻ってきた。

お読みいただき、ありがとうございました!

次回は明日、【夜20時20分】に更新します。

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