12.鈴蘭
懐かしい気配を感じ取って、私の意識は急浮上する。
「リーリエ」
お母さん!!
来てくれた!
私を迎えに来てくれた!
そっと、手を握られる。
握り返したいのに、私の手は指先ひとつ動かせない。
「暴走した魔力を自分の体内に無理矢理押し込めるとは、無茶をする」
軽く咎める言葉とは裏腹に、私の頭を撫でる手は優しい。
褒めてくれてる?
私、周りを巻き込まないように頑張ったの。
「相変わらず、リーリエは、自分の命に頓着していない」
「黙ってたら、おうちに帰れないぞ」
私とお母さんの世界に割り込む声。
「ほら、起きろ。本当は寝たふり、してるんだろ?」
あ、ギルド長。
ギルド長には、聞きたいことがあったの。
まさか、私のお父さんに……なってないわよね?
「本当に、目を覚まさないんだな……」
「黒い森の魔女殿。……いや、グリゼルダ殿。此度の義妹の状態について、お詫び申し上げると共に、ご助力願いたい」
グートの声が聞こえて、頭を下げる気配がした。
え? あのグートが?
信じられないものを見た気分。見えないけど。
「リーリエは、お母さんと一緒に帰りたいだろう?」
帰りたい!
「ならば、頑張ろうか」
私への薬の投与は、慎重に行われた。
誤嚥を防ぐために限界まで濃縮された薬。
ミニスプーンに、たったの一匙。
匂い通りの凶悪な味に、私の開かない目から涙が一粒溢れる。
「レルヒェ!」
慌てた声の主はグート。
「グリゼルダ殿! これは薬が効いているということか!?」
「判断が早すぎる。これは様子見。幼いリーリエが泣き喚いた、滋養強壮薬の1つ」
「とんでもないものを与えているな……」
「薬は何種類も用意してきた。リーリエは、私の薬と相性が良い。必ず、目覚める」
◇
私の意識が沈んでいる間も薬は投与されている。
口の中に残る薬の味から、なんとなく想像できる。
栄養補給・疲労回復の薬。
自律神経を整える薬。
魔力の巡りを改善する薬。
意識の回復を促す薬。
お母さんは生涯をかけて、全ての病気を治す万能薬と、肉体の時を戻す霊薬を研究している。
その副産物として、様々な効能を持つ薬を生み出してきた。
「黒い森の魔女よ。まだ、レルヒェは目覚めないのか……?」
弱々しい声の主は、カナーリエン子爵。
子爵がここに来るのは、私の意識が浮上している時に限れば、お母さんが来て以来初めてのこと。
「カナーリエン卿。リーリエは、頑張っている」
「……頑張っている……」
「そうだ。私たちの娘は、頑張っている」
「……レルヒェを、救ってやってくれ」
「勿論。私の命に代えても」
お母さんの決意に、子爵が静かに言葉を返す。
「それはならぬ、黒い森の魔女よ。私の妻は、自分自身の命よりもレルヒェの命を守って、その命を落とした」
私は……守られて生まれてきたの?
私が、命を奪ったのではなく?
「レルヒェも、私たちを魔力暴走から守るために、一度、心臓が止まっている」
子爵の声は、どこまでも静か。
「自分の命を代償にしてはならぬ」
「……心得ておこう」
黒い森での私の暴れっぷりを知ったら、子爵は卒倒しそう。
◇
お母さんが創薬に使う素材は、植物や鉱石など多岐にわたる。なかでも貴重なマンドラゴラは万能薬、アンブロシアは霊薬の素材。
甘くて懐かしい匂いが鼻腔をくすぐる。
天国って、きっとこんな匂い。
この爽やかな甘い匂いは、マンドラゴラの実ともアンブロシアの花とも違う。
でも、知ってる匂い。
「これは、鈴蘭の花から創った薬」
鈴蘭! お母さんと出会った、鈴蘭の群生地。
瞼の裏に釣鐘のような白い花が浮かび、甘い匂いに色がついていく。
「鈴蘭は毒草だが、毒は薬にもなる。未完成の霊薬と調合したものだ」
「……それは、安全なのか?」
「無論。ここまでに投与した薬で、これを受け入れる下地は出来ている」
皆が見守る視線を感じる中、鈴蘭の薬が私に投与される。
私の中から直接感じる、まるで天国のような匂い。
強く強く匂い立つ。
そして私の内にある何かが繋がっていく。
緑の葉と白く小さな釣鐘のような花。
鈴蘭の緑の葉と白い花が連なる隙間から見える空の青。
目に飛び込んできた鮮やかな赤。
触れたくて、手を伸ばそうとする。
私の指先が、ぴくりと動く。
「「リーリエ!」」
「「レルヒェ!」」
それぞれが、叫ぶように私を呼ぶ。
だけど、今の私にはそれが精一杯。
酷く疲れて私の意識は沈んでいく。
お母さんの顔を見たいのに――
それから、何度も繰り返し、鈴蘭の薬が投与された。
そのたびに、ばらばらだった私の心と体、魔力が繋がっていく。
「リーリエ。お薬の時間だ」
「全く、寝坊助だな」
「レルヒェ、今日はどんな夢を見ているんだい?」
「寝顔も妻に、そっくりだ」
ゆっくりと、まぶたを持ち上げる。
目に飛び込んできたのは、鮮やかな赤。
「……おかあ、さん……」
私を包み込むお母さんの体。
どこよりも安心できる、あたたかい場所。
鈴蘭の花言葉は「幸福の再来」。
私は、この幸せな場所に戻ってきた。
お読みいただき、ありがとうございました!
次回は明日、【夜20時20分】に更新します。




