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11.後悔

 ふっ、と意識が浮上した。


(せっかく、大好きなお母さんに会っていたのに)


 近くで話し声がする。

 そのせいで意識が引っ張られたらしい。


 でも、目は開かないし、指先1つ動かせない。

 傍で聞こえる話し声に、耳を澄ます。


「レルヒェは、いつ目を覚ますんだ」

「お嬢様は、1度、心の臓が止まったのです。息を吹き返しただけでも、奇跡です」

「まさか、このまま目覚めないのか……?」

「父上、お気を確かに!」


 グートと子爵、あと1人は医者のようだった。

 

(そうか、あの時、私の心臓は止まったのか)

 

 私は後悔しない方を選んで、その中でやりたいように生きてきた。


 私が逃げると罰される人質(メイド)がいるから、子爵邸に大人しく軟禁されていた。

 魔力暴走で周囲を傷つけるくらいなら、自分1人が傷ついた方が何倍もよかった。


 そして何よりもグリゼルダが大好きだから。

 一緒にいられなくても、グリゼルダの安全は守りたかった。


 後悔しない方を選んで生きてきたはずなのに――


(お母さんに会えないままで死ぬのは、とても悲しい) 


 涙を一粒零した後、私の意識は再び沈んでいった。



 私の意識は、ほとんどの時間は沈んでいるらしい。


 たまに意識が浮上する。

 傍に誰かがいる時もあれば、誰の気配もないときもある。

 身体強化魔法でどうにかできないかと思ったけど、魔力の巡りが狂ったのか、簡単な魔法すら扱えない。


「父上、黒い森の魔女殿に使いを遣りましょう」

「……何を」

「このままでは、レルヒェが可哀想です」

「……レルヒェを、奪られてしまう」

「父上!」


 グートと子爵の声。揉めているの?


「アインホルン公爵から、レルヒェの幽閉と軟禁についての照会状がきています。この上、意識不明になったなど、どう申し開きをするおつもりですか!」

「……」


 エルンストだ。ちゃんと報告してくれた。

 グートは善人の顔と冷徹な貴族の顔を併せ持つ。

 きっと子爵よりも良い判断をしてくれる。



 浮上と沈み込みを繰り返す意識の中。

 私はいろいろな声を聞く。


「……レルヒェ、すまなかった。黒い森の魔女を貶める発言は、私の、弱さだ。黒い森の魔女を認めたら、レルヒェを奪われてしまうと……」

 子爵の声は、小さくて弱々しい。

「レルヒェ、1度でいい。パパ、と呼んでくれ」

 え!?  お父様ではなく?

「頼む。レルヒェ……」

 子爵は割と私の傍にいる。

 仕事しないの? と心配になる。



「……君が目覚めないと、僕の後悔が増えてしまうよ」

 酷く疲れたグートの声。

 子爵が仕事しないから。

「君が此処でレルヒェとして暮らし直すのが最善だと判断していたんだ。父上は愛娘を取り戻せる、君は子爵令嬢として豊かな生活を送れる」

 しばらく沈黙が落ちる。


「そして、僕の後悔も軽減される……筈だった」



 風を感じて、沈んでいた私の意識が浮上する。

 バルコニーへの硝子戸が、開いている?


「リーリエ」


 この声は、エルンスト。

 この騎士はまた、認識阻害魔法でここまできた。

 令嬢の寝室への不法侵入。

 見つかったらどうするの?


「我が主に、そんなに気になるなら攫って来い、と言われた時に従うべきだったな」

 気配を感じさせないまま私の近くに来て、白髪(はくはつ)を遊ばれる。

「君には危うさを感じていたのに」

 後悔と、甘さをはらむ空気。

 ……この男はロリコンだったの?


「何処へ逃げたい? 西部地方は排他的だから無しだ。私の母は北部地方出身だ。あそこは白蛇が守護神獣で、ここと違って白髪は尊重される」

 北部地方には行かない。おうちに帰る。

「……返事を聞かせてくれ」

 おうちに帰るってば。



 私が黒い森の庵に帰れるのは、夢の中だけ。

 夢の中でなら、私は幼子に戻ってお母さんに甘えられる。


 伸び放題だった髪を切り揃えてもらって、丁寧に梳いてもらう。

 布は上質だけどサイズの合わない夜着の代わりに、動きやすい服も仕立ててもらった。


 お母さんは体が弱っている私に合わせて、いくつも薬を創ってくれる。

 日焼けが火傷になる私のために、毎朝、日焼け止めを塗ってくれる。


《サナーレ》を教わった。

 身体強化魔法を教わり直した。

 いろいろな薬草を覚えた。

 文字を習って、魔法書を読めるようになった。


 黒い森で一緒に散歩している途中で見つけた、親とはぐれたキタリスの子ども。

 連れて帰ると言い張った私への約束は、たった1つ。


「最後まで愛すること」


 赤茶色だった毛が真っ白になるまで育てた子リス。

 傍でずっと見守って、森に返す別れの時にはぎゅうっと抱き締めてくれた。


 お母さんは、毎晩、同じベッドで寝てくれる。

 私の体は小さいからお母さんの体に包まれる。

 どこよりも安心できる場所。


 そこで私は、とっておきの秘密を告白する。

 信じてくれなくてもいいの。知っておいて欲しいだけ。


 私はお母さんの役に立てると、知って欲しいの。

 普通の幼子よりも、物分かりがいいのよ。


 だから、ずっと……一緒にいさせて。お母さん。

お読みいただき、ありがとうございました!

次回は明日、【夜20時20分】に更新します。

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